第八話 ぱらいそ


「いらっしゃいませー、ゲームショップ・ぱらいそへようこそん♪」


 一回目の選考会が行われた次の日。

 俺は実家近くにある、高校時代からの友人・晴笠美織が店長を勤めるゲームショップ『ぱらいそ』を訪れた。


 高校生の頃はほとんど毎日通った店だが、プロゲーマーになって世界中で転戦するようになると、さすがにそういうわけにもいかない。

 東京で試合がある時は出来るだけ立ち寄るようにしていたものの、最近はまぁ色々と思うところもあって実に一年ぶりの来訪だ。


「あれー、九尾君だー。久しぶりー」


 にもかかわらず、店の入り口で出迎えてくれた奈保さんはいつものように、とても嬉しそうな表情で話しかけてきた。


「どうも。お久しぶりっす、奈保さん」


「えー、久しぶりに会ったと思ったら、なんで奈保さんなんて堅苦しい呼び方するのー? 前みたいに『なっちゃんさん』でいいってばー」


 そう言って奈保さん、いや、なっちゃんさんはぷぅと頬を膨らませる。

 と、同時に腰に両手を当てると、怒ってますとばかりに胸を張り上げた。


 ぼよん♪


 ただでさえ胸元を強調する制服を着ているのに、そんなことをされたらおっぱいが飛び出てしまうのではないかと目のやり場に困ってしまう。

 相変わらずセクシーサービス過剰な人だ。

 これで人妻どころか、二才になる子供がいるのだから恐れ入る。


「あはは。じゃあ、改めて。どもっす、なっちゃんさん」


「うんうん。それでいいのだー」


 たちまち太陽のようにはじける、なっちゃんさんの笑顔。

 ホント、この人にはかなわないな。


「あ、九尾君やん。久しぶりやなー」


 そこへ新たに声をかけてくれる人がいた。

 久乃さんだ。

 店長のくせに店頭で遊んでばかりの美織に代わり『ぱらいそ』を実質的に運営している。


「あ、ご無沙汰してます、久乃さん」


「そやなぁ、一年ぶりぐらいとちゃう? その間に何度もこっちには戻ってきてるくせに、なんで私に挨拶に来ないのよ、って美織ちゃんカンカンやでぇ」


 うっ、やっぱり怒ってやがるのか、あいつは。


「『どうせプロゲーマーになった今、昔みたく無様に負けるわけにはいかない。確実に勝てると自信がつくまで、美織には会わない。とか思ってやがるのよ、きっと』とか言ってたで?」


「なっ!? は、はは……なにを馬鹿なことを。この疾風怒濤のナインテイルこと九尾様がそんなちっぽけなことにこだわるわけ……」


 あるんだよなぁ、これが。

 くそっ。あー、その通りだよ!

 もう学生の頃とは違う。こっちがプロゲーマーを名乗る以上、いくらあいつが馬鹿強いからって簡単に負けるわけにはいかないんだっ!


「はぁ。その様子やと美織ちゃんの予想通りだったみたいやね。まぁ、九尾君の立場も分からんでもないけど、そんなん、気にせんでもええのに。だって美織ちゃんは九尾君の師匠みたいなもんやろ?」


「ち、違いますよ! あいつは師匠なんかじゃない! ライバルっす!」


 そう。プロゲーマー宣言をしてから散々シゴかれ、色々教わったのは感謝している。

 だけどかと言って師匠と慕うつもりはさらさらなかった。

 それはきっとあいつだって同じだろう。

 あいつなら師弟関係よりも、ライバル関係の方が喜ぶはずだ。


「って、そんなことよりも美織……店長はどこに」


 いるんですか、と聞こうとしたら、店の片隅から「おーーーーー!」と歓声が上がって、思わずそちらに視線を移した。

 レジカウンターの横、ずらりと試遊台が並べられたその一角にやたらと客が集まり、モニターを食い入るように見つめている。


 ああ、と思った。


 ぱらいそはちょっと変わった店だ。

 元は普通のゲームショップだった。

 が、オーナーの孫娘である美織が店長に就任するやいなや、いきなり店員が女の子だらけのメイドゲームショップに変わったりと好き放題やり始めたのだ。


 その中のひとつに「店長とゲーム対決に勝ったら買取金額倍増キャンペーン」がある。

 限られたお小遣いでやりくりしなければいけない学生にとって、勝てば本来の二倍の金額が支払われるこのイベントは見逃せない。


 もちろん、俺も高校生の頃は何度も挑戦したさ。

 ……一度も勝てなかったけどな。


 それでも店長――美織との対戦は面白かった。

 こんなイベントを堂々と打ち立てるだけの圧倒的な実力を誇る彼女は、ただ勝負に勝つだけではなく、魅せる勝負にとことんこだわった。

 だから対戦はいつも白熱し、プレイヤーだけでなく、ギャラリーたちもおおいに盛り上がった。


 そう、今みたいに。


「美織がどこにいるかなんて訊くまでもなかったッスね」


 俺は苦笑しながら、対戦コーナーへと歩を進める。

 群るお客さんたちに遮られて美織に近づくことは出来なかったが、彼女は今対戦の真っ最中。試合が終わるまで話しかけるわけにはいかないから、お客さんたちの頭越しに見えるモニターを俺も観戦することにした。


 映し出されているのは、運がいいことに『AOA』。

 VRゲームだが、マシンをモニタに繋げて対戦状況をお客さんたちにも見えるようにしているのだろう。

 こいつは好都合だ。美織がどれだけの腕前か、ひとつ拝見させてもらおうじゃないか。


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