第七話 裏切りの代償

「おい、QB。お前、あの事にいつ気付いたんだ?」


 予選敗退にがっかりして今すぐこの場から立ち去りたいところだけど、さすがに海原アキラが選考会総評を話しているのに離れるわけにもいかない。

 ぼーと話を聞いていたら、いそいそと人波をかきわけて近付いてきたカームが小声で話しかけてきた。


「ん? あの事ってなんだ?」


「アキラさんたちも実は選考会に参加していた、って奴だよ」


「ああ、アレか……んー、今更いつだっていいだろ」


「いいわけあるか。お前、最初から気付いてたんだろ」


「さぁなぁ」


「でもいきなりアキラさんたちの方に向かったら周りにバレると思って、俺たちが全滅するまで一緒に行動していた。違うか?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


 俺は適当に返事をはぐらかした。

 まったく面倒臭いやつだなぁ。成功したのならばともかく、失敗した今となっては話したって何の意味もないだろうに。


「ふん。真面目に答えるつもりはないってことは、つまりは俺の言っている通りってことか?」


「お前がそう思うんなら、それでいいんじゃない?」


 てか、だからどうしたって話ですよ?

 プロゲーマーなら勝利に貪欲なのは当たり前。普段からチームを組んでいる仲ならばいざ知らず、即席の、しかもそのチームの中からふたりしか代表に選ばれないような今回の選考会で、周りに知られないよう切り札を持っていても非難される謂われなんてないぞ。


 だと言うのに。


「聞いたぞ、今の言葉。お前、絶対後で後悔するからな」


 カームがニヤニヤとそんなことを言ってくるので、なんか気になった。


「へぇ。何をどう後悔するんだ?」


「具体的に言ってやろう。俺は、いや、俺たちはもう裏切り者であるお前とチームなんか組まない」


「そりゃそうだろうな。てか、俺にチームプレイが合わないのは自分だって知ってる。今回はゴリンピックの大会がチーム対戦だから、その練習も踏まえてお前たちと手を組んだだけだ。普段はこれからもソロプレーヤーでやっていくさ」


 もっとも今回みたいなバトルロイヤル形式は、これからも大会で増えていくことだろう。そう考えるとちょっと面倒と言えば面倒ではあるが、まぁ仕方ない。しばらくそちらは欠場することになるが、そのうち気の合う仲間も出来るだろ、きっと。


「普段は、か。なるほど、つまりお前はもう今回のゴリンピックの出場は諦めたわけだ」


「は?」


 カームの奴がおかしなことを言ってきた。

 諦めるもなにも、選考会はたった今、終わっちまったじゃないか。

 諦めたくはないが、諦めざるを得ない状況に、気でもおかしくなって――。


『では、最後に緊急発表をする』


 そこに海原アキラの生真面目な声が聞こえてきた。


『今回の東京ゴリンピックだが、我が日本からは急遽もう一チームの参加が認められた。よって近日、二回目の選考会を行う。今度は各自五人一組のパーティで組み、生き残った一チームが代表権を獲得するので皆、力を尽くしてくれ』


「はぁぁぁぁぁぁ!?」


 突然の発表に俺は驚きのあまり、大声をあげた。

 周りもざわついている。


「そういうことだ。残念だったな、QB。俺たちのチームに入れさえすれば、東京ゴリンピックがぐっと近付いたのにな」


 カームがくっくっくと含み笑いをしながら「まぁせいぜい雑魚ノーランカーどもとチームを組んで頑張ってくれ」と俺の肩を叩く。


 どうやらカームのヤツは今回のことを知っていたらしい。

 いや、よく周りを観察してみれば、驚いている奴と、驚いていない奴がいるのが分かった。

 驚いている奴等は、申し訳ないが、どれも見たことがない連中ばかり。

 対して冷静に受け止めている奴等は、普段から対戦する事が多い連中……つまりはランク持ちのプロゲーマーたちばかりだった。


 これも後で知ったのだが、どこからかこの情報を耳にしたカームは選考会終了後、実力のあるプロゲーマーたちに話し回ったらしい。

 そしてその会話の中で俺のあることないことを捲し立て「あいつとチームを組んだらろくなことにならない」と言いまくったそうな。


 おかげでこの後、知り合いのプロゲーマー連中に片っ端から声をかけたが、皆一様に「もうチームを組んでしまったから」と断わられてしまった。


 やられた。

 せっかくの敗者復活戦なのに、参加すら出来ないぞ、このままじゃ。


 どうする?

 どうすればいい?

 この逆境をどうやって乗り越えるんだ、疾風怒濤のナインテールよ!?


 ……って言いながらも、実は伝手がまったくないわけでもない。

 だけどなー、に頼るのはちょっとなーと、主に俺のプロゲーマーとしてのプライド的な問題でしばし悩む。


「あー(きっと恩着せがましいことを言ってくるよなー)」


「うー(ただでさえいまだに俺のことを下に見ているような奴だし)」


「んんー(しかも絶対チームのリーダーをやりたがるだろうし)」


 ああっ! 俺はどうするべきなんだっ!?


 と、渋い顔で思案していると、不意に視線を感じた。

 そちらを見やると、カームの奴がニヤニヤといやらしい表情を浮かべて、こっちを見てやがる。


 どうやら組んでいる仲間が見つからなくて困っていると勘違いしているようだ。

 

「……よし!」


 決めた。

 カームのにやけた顔を見たら、プライドなんてどーでもよくなった。

 いや、それどころかゴリンピックで活躍して大手スポンサーを獲得するという目的すらも一瞬忘れた。

 

 カームの思い通りになんてさせるもんかっ!


 そんな気持ちが俺を突き動かす。

 プロゲーマー百カ条に『負けず嫌いは最大の美徳』って言葉は……ない。

 が、今後もし俺が編纂に関わることになったら、絶対この言葉を入れたいと思う。


(お前なんかに負けるかよっ!)


 俺はジロリとカームを睨み返すと、会場を後にした。

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