すもう
無謀庵
すもう
セルリアン問題も片付いて、平和なゆうえんちにて。
「ねぇかばんちゃんさぁ、また勝負のやり方教えてよぉ」
ヘラジカを連れたライオンが、かばんに話を持ってきた。
「風船を叩くやつとか、足だけで蹴るやつじゃダメですか?」
「もっと私のパワーを活かせるのがいいな。少々消化不良だ」
どうもこうも血の気の多いヘラジカが、もっと荒っぽい戦いを求める。
「でもケガしちゃうのいやじゃない? 力いっぱい使って、でも大ケガしないやつ、なんかないかなぁ」
「そうですねぇ……」
かばんの提案したルールはこうだ。
一つ、地面に書いた丸の中で勝負する。丸の外に足をついたら負け。
一つ、丸の中でも、足の裏以外をついたら負け。
一つ、武器は使わない。爪でひっかいたり、ぐーで叩くのもだめ。
一つ、足や膝で蹴るのはだめ。相手の足を、自分の足で引っ掛けるのはよし。
一つ、髪の毛を掴むのはだめ。
つまり、相撲だ。
「鳥のフレンズさんが参加できないですけど」
「いいよいいよー。鳥の子は力自慢じゃないしさあ」
「面白そうだな。力いっぱい戦えそうだ」
ヘラジカは乗り気、ライオンはまだ臨戦態勢な感じではなく、少しふにゃっとしている。
ラッキービーストがきれいに描いた五メートルほどの円の中で、ヘラジカとライオンが向かい合う。
そして間に立った審判のかばんが、手を上げて、下ろした。
「はじめ」
「うおおおお!」
「おっ、と、っとっと」
立ち合いからまっすぐ突っ込んだヘラジカを、ライオンがまともに受け止めた。が、ひっくり返らないのがやっとで、どんどん押される。
ネコ科にしては大きいライオンでも、ヘラジカには体格は敵わない。ずるずる後退して、ライオンの足が丸から出た。
「ヘラジカさんが押し出して勝ちです」
かばんが宣告する。
「おおお! ライオンに勝ったぞおおお!」
一対一での勝利に歓声を上げるヘラジカ。
「ふむ……。なるほどねぇ。でもこれ、力任せに押すだけのゲームじゃないねぇ」
ライオンの目つきが変わる。
「はじめ」
「うおおああああぁぁっ!」
次の勝負は、ライオンは突進するヘラジカを受け止めず、身をかわして足をかけた。前のめりに転ぶヘラジカ。
「ヘラジカさんがころんだので、ライオンさんの勝ちです」
「うぬぬぬ。ちゃんと捕まえてから押さないと……」
ヘラジカにもまた、気付きがある。
程なく、力自慢の大型フレンズたちの間で、この遊びが流行っていった。
単純な押し・突き・体当たり、それを避けて転ばせる。腰のあたりで服を掴んで、そのまま押したり引っ張ったり。いろいろな手が開発されていく。
そして催された大会。
その決勝の土俵には、今までのイメージからは、ちょっと意外なふたりが立っている。
ライオンでもヘラジカでもない。ヒグマでも、オーロックスでも、サーバルやジャガーでもない。
カバと、シロサイだ。
「さあ、この私の力の前にひれ伏しなさーい!」
「ふふ。力だけで勝てると思いますの?」
シロサイは闘志あらわ。カバは、大きく背中をそらして体を伸ばす。
「はじめ」
直後、どぉん、と、体をぶつけ合っただけとは思えない、重く大きな音が響く。
すぐお互いに、相手の服の腰あたりを掴む。一秒ほど息を整えあった。
シロサイが前に押し進む。すぐカバも押し返す。シロサイはそれを予想していたように、左足を引いて体を開く。カバの前に出る勢いを流し、腰を掴んだ右手の力を加えて、一気につんのめらせようと仕掛けた。
だが、カバも素早く反応し、右足を前に出して踏ん張る。低くなった姿勢から、掴んだ腰を引きつけ、下から上に押し上げるようにシロサイに体を寄せる。押し上げられて踏ん張りがきかないシロサイは、ずるずる下がっていく。
「シロサイさんが出ました。カバさんの勝ちです」
観客のフレンズたちが「すごーい!」と唱和する。
オーロックス曰く、
「いくらオレが力自慢といっても、敵わねえぜ。あいつ、すごく重いんだ」
ライオン曰く、
「いやー、重すぎて技も何もなかったねぇ。足かけてもこっちが吹っ飛んじゃうんだよぉ」
ヘラジカ曰く、
「全力で突進したら、正面から跳ね返されてしまったぞ。あまりにも重いな」
ヒグマ曰く、
「私ならいけると思ったが甘かった。やはり重さが足りないか……」
そんな賞賛の声を、カバは微笑した顔を一切崩さず、黙って聞いていた。
ステージの上、プリンセスが相手を務める優勝者インタビュー。
「カバさん優勝おめでとう。強さの秘訣は何かな? やっぱり重さが大事だといわれてるけど」
「あー……秘訣はともかく、わたし、これでこの遊びは引退して、普通のフレンズに戻りますわ。もうチャンピオンって呼ぶのはやめてくれまして?」
えー、と客席がどよめく。
見た目や物腰通りに女性らしいカバの心は、重すぎるという賞賛を素直には受け止められなかった。勝つたびに「重い」と言われ続けることが、心にちくちくする。
シロサイのリベンジを頑なに断るカバ。チャンピオン不在の遊びは、急速に廃れていった。
元チャンピオンは、その後も決して、自らの戦いと体重について語ることはなかった。
すもう 無謀庵 @mubouan
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