第4話もしかしてここは

 「とりあえず、あそこに行くか」


 歩きながらそう呟く。

 不幸中の幸いと言うべきか、いや、もう不幸中の不幸中なんだけどさ、数キロ先に、なにかはわからないが、建物のような影が見える。

 恐らくこの距離だと、日が暮れるまでにはつけると、思う。いや、願いたい。

 

 まだ、数時間も先の事だが、歩くぐらいしかやることがないので、着いたらどう、自分の状況を説明するか考える

 一番の問題は言葉だろう。

 ここは明らかに日本ではない。

 日本語が通じるとは思えない。

 じゃあどうするか、それは簡単だ。


 英語だ。


 もちろん、必ずしも英語が通じるとは限らない。

 だが!違くとも、英語を喋っているというのは、わかるはず……

 それなら、誰か英語がわかる人のところに連れて行ってくれるか、連れて来てくれるはずだ。


 だが問題がある。とても大きな問題だ。

 それは……

 俺がほんとんど、いや、全くと言っていいほど、英語を喋れないのだ。

 授業を適当に受けていた結果だ。

 後悔しても遅いだろうが後悔してしまう。

 

 「どうしよ……ジャパン連呼しまくれば、どうにかなるか……?」

 「クゥーン?」


 アセナがこちらを振り返り首をかしげる。


 「大丈夫だ。気にするな」


 そうだ、大丈夫だ。

 きっとどうにかなるさ。

 そう自分に言い聞かせながら前へと進んで行く。



――――――――――――――――――



 特に面白い発見もなく進んでいくと、遠くに見えていた建物のような影の全貌が見えてきた。


 あれは城壁だ。何かを囲っている。

 きっと街だろう。

 やっと人間に会える。

 その安心からか、急に脚が痛くなってきた。


 「よし、アセナ。半分くらい進んだし、ここで休憩をしないか?」


 余裕がある顔で、アセナに休憩を提案するが、俺の脚は素直だ。生まれたての小鹿のように震えている。


 「ワン!」


 どうやら了承してくれたようだ。


 「ふぅ〜」


 近くの石に腰掛け、カバンから見るからに危険そうな果実を二つ取り出す。

 

 「アセナ」


 一言かけ、アセナに向かって、軽く投げる。

 すると、アセナはジャンプし、その果実をキャッチした。器用なものだ。

 果実を口へ運びながら空を見る。

 清々しいほどの快晴だ。

 

 二口、三口目と食べていく。

 そして、半分まで食べ終わり、城壁の方を見たその時――


 「ガルルルゥゥ」


 と、アセナが何かに対して威嚇をするような声をあげた。


 「アセナ?」


 立ち上がり周りを見渡す。

 すると、ガサガサッ、と音を立て、生い茂った草の中から五人の緑色の小人が俺たちを囲むように出てきた。

 緑の小人は一人一人棍棒を持っており、薄汚い布を身体に巻いている。

 一人だけ、小さなポーチのようなものを持っている者がいるが、あれがリーダーなのだろうか?

 

 まて……小人……?

 いや違う……こいつは――


 「ゴ、ゴブリンだと……?」


 実物を見るのは初めてだ。

 ずっと架空の生物だと思っていた……


 「じ、実在していたのか……」


 いや違う。頭の中で即座に否定する。

 すると同時に、頭の中にあった疑問が、パズルのピースのようにハマっていく。

 見知らぬ土地に、見たことのない植物、暖房いらずの水晶、山の上にある謎の塔。

 そして、目の前にいるゴブリン。


 そんな……嘘だろ……

 もしかしてここは――


 「ギッギッギョギョ!」

 「ギャギャギャッ!」


 耳障りな鳴き声と共にゴブリンたちがこちらに襲いかかってくる。


 「――ッ! アセナ! 弱そうではあるが、侮るなよ!」

 「ウォン!」


 脚が限界で、恐らく逃げ切る事は恐らく、不可能だと思う、だからといって勝てるか?

 最悪状況が頭をよぎる。


 ――ダッ!


 「ギェ!?」

 

 アセナが凄いスピードで跳び出し、ゴブリンの首を噛みちぎった。


 「ギィギョギョォオオ!」


 仲間をやられて激昂したのか、俺の目の前まできていたゴブリンがアセナの方に向かって走り出した。

 いや、そこで背を向けちゃあかんだろ。と、心の中で呟きながら、思いっきり蹴りを入れる。

 

 「ギャッ」


 ゴブリンは棍棒を落とし、転がる。

 急いで、落ちた棍棒を拾い、先ほどの蹴り飛ばしたゴブリンの頭へと叩きつける。

 生々しい感触が棍棒を伝わってくる。

 

 「ギャギャギョ」


 たった数秒で、仲間を二人……いや二匹削られたゴブリンたちが、後ずさんでいる。

 俺は棍棒を構え、ゴブリンたちを睨みつける。

 正直逃げて欲しい。

 

 「ガルゥッ!」


 アセナが再び跳び、ポーチを持っているゴブリンに飛びついた。

 すると、残りのゴブリンたちは仲間を助けようはせず、別々の方向に逃げてようと走る。

 飛びついたゴブリンの息の根を止めたアセナがこちらを見てくる。


 「追わなくていい」


 ここで逃した事で、誰かが襲われてしまうかもしれない。考えればすぐわかることだ。

 だが、初めての戦闘で疲れていて、それどころではなかった。


 吐きそう……



――――――――――――――――――



 「あまり休憩にならなかったな」

 そう呟きながら、ゴブリンの死体に近づき、ポーチを取る。

 なかなか重い。なにが入っているのかワクワクしながら開けてみる。


 ――大量の石が入っていた。


 「はあ、初めての戦闘報酬が石と疲労か……」


 ゴブリンの死体を眺める。


 「これ、漫画や小説だと、ゴブリンの耳をギルドへ持っていくとお金貰えたりするんだっけか」


 暇な時に読んでいたネット小説を思い出す。

 右耳か左耳、どちらかが討伐証明部位だったはずだ。


 「……今回はやめとくか」


 ここは小説の世界じゃなく現実だ。ゴブリンの耳が討伐証明部位とは限らない。

 合ってたらいいのだが、違ったらイカれた男だと思われてしまう。

 そんなのはごめんだ。

 てかまず、切る物がないしな。


 「ワン!」

 「ん? あぁ……出発するか」

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