エピローグ
久しぶりの休日に友人とオールカラオケに行きまして、朝方に帰宅して風呂に入って死んだように眠った結果、目を覚ますと夜の八時だった。
「うわあ……」
睡眠時間約十三時間。十代の頃はそのまま寝ずにバイトに行っても元気だったのに、二十代になってからは寝ても元気にならないことが多い。寄る年波に勝てる気がしない。
もぞもぞとベッドから這い出して、いつのまにやら充電器に差し込んでおいたらしいスマホを開く。目をこすりながら眩しく光るディスプレイを見て、思わず「ふあ!?」と声をあげた。見慣れない番号からの不在着信がずらっと三十件。だれやねん。会社でも担当さんでも友人でもなさそうな番号にびびりつつ、吹き込まれていた伝言を聞くべくスマホを耳に当てる。
「朝日が、喘息の発作で救急車で運ばれた。瑞希、お母さんどうしたら、どうしたら」
母の泣き声で始まる三十件の留守電は、今年で二十四歳になった弟が久しぶりの喘息の発作で倒れたという話のダイジェストだった。まあ最終的に二、三日入院する羽目になりそうだが大事には至らなかったらしい。命があるなら大丈夫だろ。
すべての留守電を聞き終え、暗闇の中、光るディスプレイを裏返した。
朝日が家のリビングで苦しみ悶えているあいだ、わたしは友人とカラオケに行ってお気に入りのアーティストの歌をこれでもかと歌っていたことになる。笑える。
結局十月十日腹の中でいっしょだった双子だろうと、彼が今どこで苦しんでいて彼が今何を苦しんでいて彼が今どこが苦しいのか、わたしには何もわからない。同じく、朝日にもわたしのことなど何もわからないのだろう。
十八歳の頃、親から嫌われていることを知って半狂乱になったわたしは、一時期弟をかみさまの代わりにしていたことがある。まあその狂乱の日々も長くは保たず、就職先が決まって一人暮らしを始めて以来、二年ほど朝日には会っていない。
朝日はあの家でまだ両親と暮らしている。あの子はいつか、あの家の生ぬるい暗闇に飲み込まれてしまうのかもしれない。
「それでも生きてる」
真っ暗な部屋の中で、自分の手を天井にかざすようにして見つめる。
愛してほしいとばかり思っていたけれど、最近になって本物の愛は見返りを求めないことだと習ったので、近頃は愛してほしいとか考えないようになった。本物の愛は愛した分だけ愛してほしいだとか、好きな人の特別になりたいだとか期待とか、しないのだそうだ。それらとすべてに絶望していることの違いがまだよくわからないけれど。聖人君子のこころは死んでるみたいに何も感じてないから笑っていられるんじゃないの、なんて思ったりする。まあその話は置いといて。
大人になった今でもばかみたいに乗り越えられないで、いろんなものを引きずって、相変わらずおどけたふりをしている。受けた傷がまだ痛い。
それでも思春期をボロボロになりつつ生き抜いたみたいに、暗闇を抱えたまま、これから先もたゆたう。どこかに。
アンフィクション・レポート 祈岡青 @butter_knife4
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