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小学三年生くらいのときアニメに目覚め、ファンタジーとか非日常とかに憧れだした一時期、わたしは自分の名前の表記をみづきにしていたことがある。瑞希のつづりは通常みずきなのだけれど。
まあ簡単な話が弟の名前が朝日だからで、太陽の対は月であると決まっているわけで、辞書で検索したりして、わたしはわたしにぴったりの月っぽい名前を探した。それで一時期こっそりと自分のことを“観月”と呼んでいたことがある。
「前世で心中した男女は生まれ変わって双子になるんだって」
弟の部屋で、床に腰を下ろしながら弟のベッドにもたれて、わたしはぼんやりと宙を見ていた。
「朝日」
名を呼ぶと、机の上で文庫本を読んでいた朝日がそのままの姿勢で何?と返事をした。
「羊水の中にいたときのこととか、覚えてる?」
長身と、肉の少ない細身の身体と、人を寄せ付けない凶悪な目付きと。考えてみれば、この子と十月十日、わたしは共に母の腹にいたわけで。この子ともしかしたら前世で心中したかもしれないわけで。
「おまえは覚えてんの」
「全然。だから聞いてるの」
「……俺は、少しなら覚えてる」
死にたいと泣いたわたしにいいよと朝日が応えてくれたのだろうと思う。なんとなく。朝日は死にたいと思っていても自殺するタイプじゃないから。
今世でも、いじめられたって父が不倫したって母がメンヘラだってそんな二人の血を継いでたって、ただひたすら文庫本を読んでいる。今世でも死にたいと泣くのはわたしの方だ。
「長生きしたい?」
「別に。長生きしたっていいことなんかねえし。早死にしたい。てかどうせ俺、身体弱いし」
「そうだねえ」
小さい頃からアトピーや喘息を患った弟の身体は強くない。インフルエンザを三日で治したわたしとはまた違って、彼も生きるのにあまり適さない人間だった。可哀想な、わたしの双子の片割れ。
「さみしい」
「うん」
「さみしいんだけど朝日」
「ああ、そうだな」
そっと立ち上がって、回転椅子に座る弟の背中を後ろから抱きしめた。
「瑞希」
「愛してる」
愛して。
「愛してるわ朝日」
愛して。わたしが愛しているといっただけわたしを愛して。
「何いってんだよ」
「わたしの気持ち、本当は知ってたでしょ?小さい頃からずっと、朝日といっしょになりたいって思ってたの、本当は気づいてたよね?双子だもん。わかってたんじゃないの?」
魂の片割れ。十月十日、母の腹で共に過ごした双子の弟。友達のいない君。一人ぼっちの可哀想なわたしの片割れ。
「ね、これからはわたしと二人で支えあって生きていこうよ。ね、そうしよう。前世で心中したように。わたしの双子の片割れ。対の存在」
どうせ友達のいない一人ぼっちの君。
「学校が終わったら迎えに来てよ。あんたもう推薦入学決めてるんでしょ。終わったらわたしのこと迎えに来て。勉強しながら待ってる。手をつないで帰ろうよ」
「瑞希」
血の繋がった家族にすら愛されないとして、そんなわたしを愛してくれる他人なんかいるものか。彼氏いない歴年齢だし、これから先もできる目処なんか立ってないし、教室で楽しく笑い合う友人はいても、夜中にさみしいと電話できる友人も、わたしが行方不明になったら探しに来てくれそうな友人もいない。
くそみたいな家族にすら愛されないわたしという人間に価値などない。ていうかくそみたいな家族にすら愛してもらえないわたしどれだけくそなのか、やばい。くそじゃん。くそじゃん。死んでしまえ。死んだ方がいい。ついでに世界中のみんなも死んじゃえ。
「瑞希」
だけど生きてたい。
「朝日」
弟の背中に耳を押し付けて、目を閉じる。朝日とここまで密着したのは初めてかもしれない。こんな風にスキンシップした記憶はない。だけどわたしたち双子なんだから、こういうことをもっとたくさんしてもいいと思う。わたしたちはお互い、特別なただ一人の片割れなんだから。あんたがいてわたしがいて、わたしがいてあんたがいる。双子っていうのはそういう尊いものなんじゃないの。
「瑞希」
わたしの名前を呼ぶ弟の声が聞こえる。背中が震えている。
「朝日、愛してる」
かみさま。あいをください。
だれかの特別になりたいと、わたしを愛してほしいと、そんなことを、本当は、本当は、ずっといいたかった。
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