沈丁花
夜の庭を見ている。
網戸に光る露が月光をささやかに宿す。
月が明るいのだ。
ゆるい風が圧となって通り過ぎるとき、濃い香りが部屋に押し寄せる。これは、あれの香りだろう。
庭に座る、赤紫色の服を着た女。
「誘っております。さぁ、喜ばしいのです」
赤紫の女がしゃべった。
僕を外へ誘い出そうとしているのか。
「誘っております、誘っております、誘っております、誘っております」
うるさい女だ。僕を誘い出してどうする。何を喜んでいるのか知らないが、僕にそれを押し付けるつもりか。
嫌な女だ。
同じことで、僕も喜ぶと思っている。しかしここは、乗るのも一興。
外へ出て、赤紫の女の前に立つ。
「私が誘ったのです。外は、喜ばしいでしょう」
己の功を誇り、押し付けるのか。吐き気がする。
「お前に誘われたのではない。月に誘われ、出て来たのだ」
僕の言葉に、赤紫の女は清浄な光を仰ぎ見る。
赤紫の女は、体の向きを変えた。
「誘っております。さぁ、喜ばしいのです」
再び騒ぎ立てて、別の誰かを誘うとは。醜い。お前とくらべて、月の沈黙のうつくしいこと。
お前など、いつまでもそうして誰かを誘っておればいい。
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