椿

滝の上にいる。


足元の熱気と草いきれ、木の幹は、香しい。葉擦れの音が滝から登る水分と混じり、汗ばむ首筋をまばらに撫でる。


滝の縁に、赤い服を着た女がいた。


緑の色彩の中、強烈な存在感を放っている。これは、強い女だ。俺の手に負える相手ではない。

都合よく、あちらを向いているようだし。関わり合いにならぬうちに、去ってしまうのが良いだろう。


赤い女が振り向いた。


見つかってしまった。美しいが、強烈な女だ。簡潔でいて、意思の強そうなその姿。なぜ、俺を見る。俺は帰るのだ。


「あなたは滝の上に来て、死ぬ理由の一つもありはしないのですか?」


赤い女がしゃべった。


黙っていよう。この女に、何を語ることがあるか。疑問を投げかけてはいても、理解するつもりなどありはしないだろう。


ザリッと音がした。


赤い女が、軽蔑するような視線を向けながら、滝へ落ちて行く。


さぁ、俺は帰るのだった。

今頃あの女は、渦巻く滝つぼにすっかり揉まれているのだろう。それも羨ましく思えるか?


いや、いい気味だ。


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