第11話 『気付かれたこと』
水無月母娘を助っ人に加えた葵家。
これで作業効率も上がると本心から喜んだ。
そして、早速稲刈りが始まったのだが、
「うおぉぉ! 腰が! 腰が痛ぇ! なんだよこの苦行。刈っても刈っても終わらねぇじゃねぇか!」
初めて行う稲刈りという作業。
テレビで見たりするときはそんなに難しくなさそうに見えていたが、実際は違う。
慣れない鎌を使っているだけでも大変なのに、刃が稲株に引っ掛かってしまってしっかりと切り取ることが出来ない。
加えて中腰の状態のまま作業を行うためか、腰に蓄積される痛みが酷くなってくる。
そして痛みに耐えきれず伸びをした瞬間、目の前に広がる残りの稲の量にやる気が削がれてくる。
「チッチッチ……甘いよカミっち。全て刈った頃には、腰だけじゃなく腕も足もおまけに気力すらダウンだよ!」
「お前はいちいち人の気概を削いでくるな!」
「あははは……もうすっかり神谷くんも灯里も仲良しだね」
軽口を叩く灯里にげんなりしていると、それをフォローするように千秋ちゃんが声をかける。
一瞬、千秋ちゃんの目は節穴か? とは思ったが、千秋ちゃんが嘘をついているようには見えないので、本気で言っているのだろう。
「そうだよー! アタシとカミっちは既に最高の親友同士さ! あ、アタシの一番の親友は千秋だから、それだけはごめんねカミッチ……」
「えぇい! 引っ付いてくるな! 泥が服について……って、いつのまに親友になったんだよ! 俺の親友は佐堂だけだ!」
「親友が一人って……悲しくないの?」
「やかましいわ!」
本気で同情的な視線を向ける灯里に泣きそうになった。
俺は友達が少ないんじゃない。佐堂しか俺の親友に値(あたい)しなかっただけで、別にそんなんじゃない。そうったらそうなのだ。
「お前こそやかましいぞ小僧! 喋ってる暇があったら手を動かせ!」
「手を動かせったってな……」
再び鎌を握り締め、稲に向かって振るう。
ザクッと稲の半分程の所まで切り裂いたが、そこで刃が引っ掛かってしまった。
これの繰り返しで、手のひらが痛くなってくる。またこれを続けるのかと思うと億劫(おっくう)だ。
「神谷くん。手が赤いですけど大丈夫ですか?」
俺がぶらぶらと手を振っていると、千秋ちゃんが心配の眼差しを向けてきた。
「大丈夫っていうか、上手く稲が刈れなくてな……。農家ってのはこんなに大変なことやってるのか」
「それはやっぱり慣れですよ。あと、ちょっと手を借りますね」
そう言うと、千秋ちゃんは立ち上がって俺の背後に回った。
そしてその華奢な腕を伸ばし、俺の両手を掴んできた。
ふわりと薫るクチナシのような香り。女性特有の甘い香りが鼻をくすぐった。
「稲刈りにはコツがいるんですよ。先ずは鎌を持っていない手で稲株の上の方を握って、その下に刃を当てて勢いよく引くんです」
千秋ちゃんの手で誘導された通りに手を動かし、言われた通り鎌を勢いよく引くと、稲は今までとは違って簡単に刈ることが出来た。
「おぉ! 全然違う!」
「その刈り方の方が手に負担もかかりにくいし、ちゃんと刈ることが出来るんですよ。これで大丈夫ですか?」
「あぁ、感覚はちゃんと覚えてる。教えてくれた通りこうやれば……」
稲株の上を握り、しっかりと鎌を勢いよく引くと、ちゃんと一人でも刈りきることが出来た。
「ほらな。大丈夫だろ?」
「そうみたいですね。では、頑張りましょう!」
可憐な笑みを見せ、自分のところへ戻っていく千秋ちゃん。
女の子に教えてもらって、これ以上情けないところは見せられない。
よしっと改めて鎌を握り、稲刈りを再開しようと――
「むっふっふっ。今、アタシはとんでもない事に気付いてしまったよ」
「うおっ!? お、お前、どこから湧いてきやがった!」
「人を虫扱いは酷いと思うんだけど」
背後にいつの間にか回り込んでいた灯里の声に変な声を出してしまった。
あれは誰でもビックリするだろう。
「てか、お前は俺に構っている暇があったら自分のところをやれ。お前も終わってないだろうが」
「終わってはないけど、カミっちよりかは進んでるよー」
「え? マジで?」
その言葉に、灯里が担当している持ち場に目を向ける。
俺よりも全然進んでいる。というか千秋ちゃんよりも若干進んでいるだろう。意外というか、予想外だった。
「お、俺が……こんな遊んでいるやつよりも遅いなんて……」
「ちょっとアタシと千秋ちゃんじゃ扱いがおかしくないかな……。まぁ、アタシの家は麦農家だから、鎌の扱いにも慣れてるんだよ。だから今回の稲刈り大会は参加できなくて助っ人として参加してるんだけどね」
俺に絡んでないで、自分の家の稲を刈れよ。
ずっと感じていた不満だったが、それならば仕方がない。
そうは思ったが、やはり心のダメージは大きすぎるようだ。
「そ、そんなことよりも、とんでもない事ってなんだよ?」
「む? あ、そうだったそうだった! むっふっふ……聞きたい? ねぇ、聞きたい?」
「いや、別に」
「そうだよね! 聞きたいよね!」
人の話を聞けよ。
腹いせ混じりに、俺は一株稲に鎌を振るった。
「……はぁ。判った判った。聞いてやるから」
「聞いてやる? 聞きたいじゃなくて?」
「……本当に聞かないぞ」
天然なのだろうか。
そうだとしたら、コイツは人をムカつかせる天才だ。
美春は中々の傍若無人っぷりではあったが、灯里は美春とは別のベクトルで自分勝手な性格であると思う。
灯里は容姿には優れてある方だと思うが、それだけでは補えない。
コイツと交友を深めれる奴は、千秋ちゃんのような性格じゃないと無理だろう。
「それじゃ、言うからねぇ!」
「さっさと言ってくれ。作業が進まん」
どうせくだらない事だろう。
そう考えながら新たな稲に手を伸ばしかけた腕が、次の言葉にフリーズした。
「――カミっちって、彼女いるでしょう?」
俺は、なにかを見透かされているように感じた。
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