第10話 『大会、開催!』




「みんなー! はっじめっるよ~!」


『オオォォォォッ!』



「……いや、なんだよこれ」


 麦わら帽子を被り、半袖の薄着でジーパンという装いの真白さんが声を上げて腕を上に突き出す。

 すると、それに呼応するように何十人もの麦わら帽子を被ったお爺さんお婆さん達が同じように声を上げた。


 そんな異様な光景に唖然としている俺へと、麦わら帽子を被った千秋ちゃんが近付いてきた。

 千秋ちゃんも薄着なため、露出している白い肌がとても色っぽい。


「はは……初めて見る人は戸惑いますよね。でも、これは私たちの村では大きな行事ですし、皆テンションが凄いんですよ」


「そんなものなのか……でも、『稲刈り』なんだよなぁ……」


 そう。今日は霞村での最大のイベントである『稲刈り』の日だ。

 この村に来てから一週間近く経ち、葵家以外の村人と交流はしてきたが、今日だけはみんな様子が違う。


 ヨボヨボと杖をついて、いつ天に召されてもおかしくない老人は最前列で『やったるぞぉぉお!』なんて奇声を上げてる。

 それにいつもミカンをくれる優しいお婆さんも、凄い剣呑な光を瞳に宿して鎌の刃を点検している。


 そして極めつけは真白さんだ。

 いつも穏やかで、のほほんとしている真白さんが一番テンションが上がってる。

 今はトラックの荷台に上がり、何故か鎌の素振りをしていた。凄く怖い。


「流石じゃな……『稲狩りの死神』」


「だねぇ……なんて鋭い太刀筋だろうね。全くブレないよ」


「真白さんそんな風に言われてんの!? てか、『稲狩りの死神』ってなんだよ! 稲刈りじゃねえのか!?」


 驚愕の事実だった。

 ジジイはアレだが、真白さんだけはしっかり者の頼りになる人だと思ってた俺の考えは間違っていたらしい。

 それにそんな真白さんの姿を平然と受け入れている村人達にも。

 どうやらこの村にはマトモな人が全くいないようだ。



「仕方ないですよ。若い人にとっては重労働ですけど、熟練しているお祖父ちゃん達にとっては楽しいイベントみたいなものですから。ほら、自分が丹精込めて作ったお米の収穫なんですし」


「……そういう千秋ちゃんもなんか凄い楽しそうだけどな」


「…………イベントですし」



 おかしいのは、どうやら俺だけらしい。




◇ ◇ ◇




 今回の稲刈りは、各農家が育てた稲の品質の良さ。また、畑の規模による収穫量で勝者が決まるらしい。

 優勝者には、なんと『ファ○コン』がプレゼントされ――


「……いるか、それ?」


 かなり古い……今の時代では既に廃れてる旧世代のゲーム機だ。俺も中古品を扱う店ぐらいしか見たことがない。それも店奥にあったもの。

 数十年前のゲーム機を欲しい奴なんているのだろうか。プレミアムという点では確かに希少だと思うけど。


「なぁ、あの賞品は流石に――」


「ファ○コン……だと!?」


「……は?」


 呆れながらジジイに同意を求めようと顔を向ける。が、ジジイは俺が思っていたような反応は見せなかった。

 唖然としたように、ジジイは真白さんが掲げるファミコンを見つめていた。


「ファ○コンとはな……思い切った事をしやがったな」


「いやいや、ファ○コンだからな? 最新のゲームじゃないからな?」


「ふっ。今回は血の雨が降るわね」


「おい待てなに言ってんだ」


「死戦を潜り抜けた者だけが、手にすることが出来るってわけか……」


「えっ? お、俺がおかしいのか!?」


 今日だけは、本当に今日だけは俺がおかしいのだろうか。



 といった餌に釣られて始まった稲刈り大会。

 一斉に参加者達が畑に走り出し、俺たちも同じように自分達の畑に移動したのだが、


「なぁ……この量を本当にやるのか?」


「私とお祖父ちゃん。お母さんに加えて神谷くんもいるんですから、きっと出来ますよ! それに毎年の事ですし」


「と言っても……流石に広すぎないか?」


 目の前の畑には、黄金色に染まった稲が首をもたげて広がっていた。

 それはまるでイチョウのような美しさ。秋の風物詩のような風情を感じさせるが、問題はその大きさだ。


「そうですね……大体一反くらいですかね」


「いや、よく判らないんだけど。一反って、どのくらいの大きさなんだ?」


「えっとですね……大体100平方メートルって所でしょうか?」


「取り合えず凄く広いことは判ったよ」


 四人いたとしても、流石にこの広さはキツいとは思う。

 それも一般の人が使うような稲刈り機を使わずに鎌だけで刈るのだ。とんだ重労働だと思う。


「弱音なんか吐いてるでないわ。友達の家から帰ってくる百合へ、ファ○コンをプレゼントせねばならんからな!」


「孫思いのいい爺さんだな、おい」


 兎に角、この面積だ。

 終わらせるにはもう取りかからないといけないだろう。

 そう考えるだけで億劫だが、世話になっている葵家との事を投げ出すわけにもいかない。


 溜め息を吐きつつ、袖を捲り始めた。


「ふふっ、大丈夫よ神谷くん。今回は強力な助っ人を呼んでいるから」


 依然として鎌を握っている真白さんが、不敵な笑みを浮かべた。

 助っ人? っと頭を傾げたところに、


「――おーい! 千秋ぃ!」


 俺たちのもとへ掛けられる声。

 咄嗟に声の方向に視線を向けると、そこには二人の女性が、同じく薄着で麦わら帽子を被って歩いてきた。

 一人は三十歳程に見える女性。もう一人は俺とあまり変わらないような年の少女だった。


 その少女が、俺……というより千秋ちゃんに駆け寄った。


「やっほー、千秋! どう? 調子は」


「おはよう、灯里。調子に関しては……まぁまぁ、かな」


 ボブカットの髪を揺らし、整った顔立ちをした少女が千秋ちゃんに抱き着いた。

 誰だろうと疑問に思っていると、それに真白さんが応えてくれる。


「神谷くん。この二人が助っ人よ。水無月さん、この子が神谷夏威くん。今私たちの貸家に住んでいる子よ」


「えっと、初めまして」


「それで神谷くん。この人は水無月茜さん。そしてその娘さんの水無月灯里ちゃんよ」


「よろしくね、神谷くん」


 紹介された水無月茜さんが微笑んだ。大人っぽいその表情に、思わずドキッとしてしまった。

 とても子供を産んでいるとは思えないほどの若さを感じさせている。


「神谷、だっけ? じゃあ、カミっちだね!」


「カミっちって……えっと、灯里だったな。よろしく」


 馴れ馴れしい少女――灯里のテンションの高さに戸惑うが、なんとか返事を返した。

 明るすぎるってだけで、性格は悪くなさそうだ。そう印象をつけていると、


「それで、カミっちが千秋の……ねぇ」


「な、なにがだよ」


「灯里? どうかしたの?」


 灯里がニヤッと笑みを浮かべて顔を俺に近付けてくる。

 顔がくっつきそうなくらい近づき、思わず俺は顔を赤く染めた。


「いんや~、別になんもないよ。カミっち、よろしゅうな!」


 顔を離した灯里は、ククッと不敵な笑みを洩らした。


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