第5話 『私の幼馴染み』
私は幸せ者だと、心からそう思う。
引っ越す前に住んでいた場所で仲良くなっていたさっちゃんやあいちゃんが居ない、新しい場所。
友達なんて出来るかどうか不安だったまま、訪れた新居。
その家のお隣さんになったのは神谷家さんだった。
私たち家族に仲良くしてくれる。それになにより、いつも私の側にいてくれた男の子がいた。
『みはる~、遊びにいこうよ~!』
同年代の友達が居なくて、家で遊んでいたあの頃の私。
そんな私の手を引っ張って外に連れ出してくれたのは、神谷夏威。
私の世界で一番好きで、大切な幼馴染みだ。
幼稚園、小学校、中学校、そして高校とずっと一緒。
お隣同士というわけもあり、行きも帰りも一緒だった。
実際、両親よりもカイと過ごす日々の方が長かったくらいだろう。
中学生の頃や高校生の頃、私は色々な男子に告白されていた。
私の容姿は、どうやら他の人よりも優れているらしい。
でも、私は男子の告白を全てフッてきた。即答で。
『ごめんなさい。私、好きな人がいるんです』
そう、私はカイが好き。
カイよりもイケメンって言われている男子からも告白されたりしたけれど、私にとっては『カイであるか、それ以外か』という問題でしかない。
カイじゃないのなら、私は誰とも付き合わない。
カイじゃないと、私は嫌だから。
『カイ~! みはる、カイとけっこんする~!』
『やくそくだよ。りっぱなおとなになったら、けっこんしようね!』
かつて、私とカイは約束をした。
立派な大人になれば、結婚しようと。
だから私はカイの為に自分を磨いてきたし、カイにもっと好きになってもらおうと努力してきた。
決して、カイ以外の男子の為に努力してきた訳じゃない。
そして、高校二年目のあの日、
『美春……昔からお前が好きだった。俺とこれからも一緒にいてくれ!』
その告白を聞いた瞬間、涙が頬を伝った。
何度拭っても、瞳から流れる涙を止めることは出来なかった。
嬉しくないわけがない。
いずれは結婚しようと約束しているとはいえ、私も女の子だ。
好きな人から愛を囁かれて、一緒に手を繋いでどこかへ行きたい。キス……したい。
そんな気持ちを持っていた私にとって、カイからの告白は涙が出るほどに嬉しかった。
その日から、本当に幸福な日々を送った。
カイと手を繋いで帰る時間は、なによりも大切な時間だった。
そんなある日、
『あの~、すみません。私、こういう者なんですが──』
街中を一人で歩いているとき、背後から声がかかった。
ナンパかと思ったけど、その人はアイドル事務所のプロデューサーだった。
どうやら、私をスカウトしにきたらしい。
『…………よろしくお願いします』
渡された名刺を暫く眺めて、私はアイドルになることを決めた。
カイや両親にも反対されたが、私は断固として譲らなかった。
別に、私はアイドルになりたかった訳じゃない。
アイドルになればこれから辛いだろうし、なによりカイと過ごす時間が減ってしまう。
それでも、私はアイドルになろうとした。
──立派な大人になったら、結婚しよう。
その言葉で、私は思った。
『私が日本中を魅了するアイドルになれば、私は立派な大人になれるんじゃないか?』
『カイにとって自慢の奥さんになれるんじゃないか?』
カイの隣で白いドレスに身を包んで、幸せそうに微笑んでいる私の姿を想像して、頬が緩んだ。
その未来があると信じていれば、私はどれだけでも頑張れたから。
──それから一年後、私は人気アイドルになった。
◇ ◇ ◇
その日は私とカイが通う大学の近くでロケをすることになっていた。
前回一緒にドラマで共演させていただいた安西信明さんと。
そのロケの前に貰った二時間の休憩時間。
安西さんがしつこくお茶をしようと誘ってくれたが、私は丁重にお断りした。
最近忙しくて会えなかったカイと、少しだけど会うことができる。
今日はカイもまだバイトのシフトまで時間がある筈だと確認して、私はカイの元へ向かった。
早足でカイの部屋の前へ到着し、預けてもらっている合鍵で中へ入る。
──カイだ。
ビックリしたように、ダルそうに寝転がっているカイの姿がそこにはあった。
「急にどうしたんだよ」
「なによ、私が彼氏の家に来たら駄目な理由でもあるわけ?」
そんな短いやり取りにも幸せを感じてしまう私。
私は心の底からカイが好きだと改めて実感した。
そうやって短いやり取りをしている内に、ふと思い出した。
先輩アイドルさんから貰った化粧道具。
私がいつもしているナチュラルメイクよりも更に可愛く化粧できることは、以前実証したばかりだ。
これでカイをメロメロにしてやろうとカイに目を向けるが、「どうした?」と首を傾げるカイに恥ずかしくなり、思わず言ってしまった。
「うっさいわね、私の勝手でしょう! それに安西さんには化粧した方が可愛いって言われたのよ !」
誤魔化すために咄嗟についた嘘。
それが、カイの逆鱗に触れてしまった。
「──なんだよ……安西信明って! お前は彼氏の言葉よりも、安西信明って男の言葉の方が大事なのか!?」
そんなわけない。
私にとって一番大事なのはカイだ。
カイ以外は考えられない。
それを伝えようとするが、カイは激昂していて聞く耳を持ってはくれない。
こんなに怒っているのは初めてで、私も上手く宥める事が出来なかった。
そして、ふいにカイが言った言葉に私も気持ちを抑えることが出来なかった。
「他の男のところへ行っちまえば──」
そんな言葉を聞いては、我慢できなかった。
私の平手は、甲高い音を立ててカイの左頬を張った。
叩いた右手が、ジンジンとする。
でも、そんな痛みよりも心の方が痛かった。
──私が貴方以外の所へ行くわけない!
──私には貴方しかいないの!
──私のことを、判ってよ!
そんな渦を巻く感情をどう表せばいいのか判らず、私は思わず傷付ける言葉を言ってしまった。
「──最低ッ!」
◇ ◇ ◇
「ハァ……ハァ……ハァ……ッ」
溢れる涙をそのままに、全力疾走で私はカイの家から逃げるように離れた。
カイに酷い言葉をかけられた悲しみ。
カイに酷い言葉をかけてしまった罪悪感。
私はそんな感情に苛まれていた。
「でも……カイだって悪いんだからっ!」
だから、今だけは謝らない。
私もカイも頭を冷やして、明日仲直りしよう。
私たちの仲直りは、いつもそうだから。
そうやって仲直りして、記念日の日は思いっきり甘えよう。
そう思いつつ、私はマネージャーさんに今から戻る旨を伝えようと、ポケットからスマートフォンを取りだそうとした瞬間、
「──あれ? あれれ? スマートフォンが……ない!」
一心不乱に走ってきたからだろうか。どうやらどこかへスマートフォンを落としてきてしまったみたいだ。
ロックをしてるから個人情報はバレないと思うけど、早いところ事務所や警察に言った方がいいと判断した。
私はふと、カイのアパートがある方向を一瞥し、そしてロケ現場に向かうべく、駅に歩き始めた。
声には出さず、『行ってきます』と口を動かして──
そしてこの後、色々とあった。
本当に驚いたけど、私の心は変わらない。
話せば長くなるから、今は話さないけれど。
五日後、私のスマートフォンは見つかった。
そしてその日──カイが失踪したと知った。
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