第4話 『決別』
電気もついていない、暗くて冷たい部屋。
夏が終わり、秋に差し掛かっている今の季節ともなると、夜はやはり肌寒い。
そんな暗くて孤独な部屋で、俺はただテレビの画面を虚ろに見つめるしかなかった。
『いやぁ~、驚きましたね。最近人気沸騰中の安西信明さんと、星空美春さんが交際しているなんて』
『お二人とも、まだまだ芸能界で頭角を現してから日は浅いですけどね。それにこれからの芸能界で活動していくのに、この交際発覚は少し厳しいかもしれませんね。地盤を作っていない状態で、これからもそういうレッテルが貼られる以上、彼らの芸能界人生が心配です』
『成る程……。え~、情報によるとお二人が数日前に行われていたロケの際、ファンが目撃して撮影した写真のようですね。お二人が交際を始めた時期は、おそらく昨年出演されたドラマがキッカケではないでしょうか?』
『きっとそうですね。いつから交際を始めたのか、現在の関係をこれからも──』
──聞きたくない。
その言葉の代わりに、俺はテレビの電源を消した。
うずくまって、膝に顔を押し当てて、俺は自分の顔を隠した。
今の俺はとても情けない。
大学生にもなって、瞳に涙を浮かばせている。裏切られた怒りと絶望に口を歪ませている。
『そんなに他の男が良いなら……』
そうだ。
この状況を作ったのは誰のせいだ?
『他の男のところへ行っちまえば──』
「美春のせいでもねぇ……もしかしたらあの日の前から交際してたのかもしれないけど──」
──俺のせいではないか?
美春は俺に歩み寄ろうとしていたではないか。
俺が自分勝手に嫉妬して声を荒げたのを、彼女は静めようとしていた。
それに、仲違いの決定的な言葉を口にしたのは、俺の方だった。
「自業自得だよな……」
皮肉げに笑い、頬を一筋の涙が伝った。
自分の責任だということも判っているのに、俺はスマホから美春からの着信を待っている。
さっきからしきりに鳴り始めるスマホ。それの殆どが佐堂からの着信だった。
心配してくれる佐堂や実家からの着信を無視して、俺はただ美春からの着信を待ち続けた。
◇ ◇ ◇
俺が家に帰ってから、時計の短針が一周した頃。
窓からは明るい光が差し込み出し、鳥の鳴き声が聞こえてくる。
そして一晩経っても、美春からの連絡は来なかった。
「…………これから、どうしようか」
俺は買っておいたネックレスが入っている箱を見る。
今日は昼からバイトがあるし、今から大学の講義がある。
だけど、美春へのプレゼントやデートの為に貯めていたバイト代が無駄になった以上、休みなくバイトのシフトを入れる必要はなくなった。
それに大学の同期は、一部だが俺と美春が付き合っていることを知っている。
それなのに今回の交際報道。根掘り葉掘り聞かれる事は間違いない。
そのことを考えるだけで億劫になる。
休んでしまおうか。
そんな悪魔の囁きが聞こえてくる。
「でも……それで乗り切っても、これからはどうするんだ? なにも問題解決には繋がっていない」
自問自答するように呟いた。
大切な人に裏切られた。大切な人がいなくなった。
それをこれからも耐えていくことは出来ない。
大学に行けば、いつかは美春に会うことになるし、大学の奴等に好奇の目に晒されるのもゴメンだ。
いっそのこと、大学を止めて実家の方に戻ってしまおうか。
学費を出してくれた両親に恩を仇で返すことになるが、正直もう逃げてしまいたい。
「……いや、実家にも……美春の影が多すぎる」
実家に帰るという選択肢はなくなった。
美春と長年過ごしてきた街。そこへ戻っても、今回の事を思い出すだけだ。
結局、逃げることは出来ない。
「……なら、誰も俺と美春の関係を知らなくて、それでいて美春の影がない所へ逃げるしかない」
そう考えると、いても経っても居られなくなってきた。
──引っ越そう。
これはもう確定事項として、俺の心に根付いていた。
金なら生活費として貯めていた貯金があるし、直ぐに尽きてしまうかもしれないが、その時は引越し先でまたバイトすればいいのだ。
ただ、問題はどこへ引っ越すかだ。
「…………そういえば、前テレビで」
『隠れた秘境特集!』なんてテロップでやっていたテレビ番組。
そこで紹介されていたド田舎な場所は俺のいる県からそう離れていないし、家賃を払えば家も畑も貸してくれる自給自足も可能な村だった。
確かその村の名前は──
「よし、調べるか!」
思い立ったら直ぐ行動。迷いたくなかったという事も理由の一つでもある。
うろ覚えの村の名前を検索してみると、少し名前は違ったがしっかりと紹介されていた。
家賃も今の俺が借りている部屋よりも安い。
──俺は即座に家を借りる旨のページをクリックした。
◇ ◇ ◇
取り合えず両親と佐堂に『旅に出ます』なんて内容のメールを送り、バイトを辞める連絡と大学に休学(実質自主退学)する連絡を送ったあと、スマホの電源を消した。
引っ越す先は教えない。
連れ戻されたくないし、暫く一人でいたかったからだ。
そのあと携帯の契約ショップに行き、スマホを変えて新しく契約した。
もうとことん俺の情報を隠すようにしたのだ。
大家さんに家を出る旨も言って、旅行カバン一つに最低限の荷物を詰め込んだ。
そして翌日、俺は借りていた部屋を出た。
早く家を出ないと、佐堂が引き留めに来るかもしれない。
美春が誰かから聞いて、俺を追ってくるかもしれない。
「いや、違うな……本当は追ってきてほしいんだ」
美春に『行かないで!』って懇願してほしい。また俺の所へ戻ってきてほしい。
そうやって仲直りして、彼女にプレゼントとして買っておいたネックレスを着けてもらうんだ。
そんなことは、もう有り得ないというのに。
「ふはっ……」
俺は乾いた笑い声を出し、ポケットに忍ばせたネックレスの箱に目を向けた。
……必要、なくなっちまったなぁ。
俺はネックレスを改めてポケットに突っ込み、旅行バッグを引き摺りながら駅へと向かっていった。
もう、後ろは振り返らなかった。
──その日、俺は今までの繋がりと決別した。
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