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 晩冬の風が、断末魔のような唸りをあげて通り過ぎると、グランパレスさかえの外廊下はふたたび静まり返った。トン、トン、トン、とリズミカルな足音を響かせながら、あなたは大宮家の部屋を目指す。


 五二七、五二八、五二九、五三〇、五三一――


 あなたは足を止めた。


 ピンポーン


 誰も出ない。


 ピンポーン


 誰も出ない。ドアに耳を当てる。カタカタと、雄二のハムスターが滑車を回す音が聞こえる。


 ピンポーン


 ベッドが軋む音がした。しぶしぶと言った様子で立ち上がる雄二の姿が目に浮かぶ。ゆっくりと自室のドアを開け、気の進まなさそうな足取りで玄関に向かってくる雄二。あなたはドアから耳を離した。足音がぴたりと止まると同時に、インターホンに応答があった。


「来るなって言っただろ」


 寝起きのように低い声だった。


「お願い。頼みたいことがあるの」


「入試の出題予想なら相手を間違えてるぞ」自嘲のこもった口調だった。雄二はすでに工業高校への入学が決まっていた。「地道に追い込みをかけるんだな」


「泉さんみたいに?」


 雄二は言葉を詰まらせた。その事実に、少し勝ち誇った気持ちになる。


「入試なんてどうでもいいの」


「どうでもいいわけないだろ」雄二は言った。「おばさんが心配する前に帰れ」


「お母さんの話はしないで」


 雄二は事情を察したように、


「おいおい、勘弁してくれよ。入試の前日に家出か? うちに泊めろって言うんなら無理な話だからな」


「どうして?」あなたは言った。「泉さんは追い込み中なんでしょ。いくら同じマンションに住んでるからって、彼氏の部屋に立ち寄る余裕なんてないと思うけど」


「やめろよ。向こうからこっちの玄関が見えるんだから」


 振り返って確認する。グランパレス栄は、コの字型の十二階建てマンションだ。大宮家の五三一号室は南棟角部屋のすぐ隣だった。向かいには北棟の、左手には西棟の外廊下がそれぞれ見渡せる。三一二号室は西棟にあったはずだ。二階下――無個性なドアがずらりと並んでいる。この距離からでは部屋の番号までは確認できない。


「なるほどね、それが不安だったんだ」


「そういうんじゃ――」


「あ、泉さんが出てきた」


「え?」雄二は素っ頓狂な声を漏らした。「おい、早くしゃがめ!」


 あなたは息をひそめた。角部屋の真間しんま家は小学生の子供が二人いる。ドアの前にはプラスチックのプランターが仲良く並んでいた。


「行ったか?」


 雄二の口調があまりにも深刻なものだから、思わず声をあげて笑ってしまった。


「からかったな」雄二はようやく気づいたようだった。顔を真っ赤にしていることは想像に難くない。「ストレス解消ならよそでやってくれ」


「ごめん」


 雄二は何も答えなかった。じっとドアを見つめていると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。消防車だろうか。マンションの北部に面した幹線道路を、こっちに向かって進んでくるらしい。紙を割くような、いやな音だった。乾燥した空気を伝って、あなたの肌をびりびりと震わせる。


「お前、なんかおかしいぞ」


「あのね」あなたは切り出した。「申弥がいなくなっちゃったの」

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