3歳




赤ん坊になったらしい事はもう把握した。

これが夢じゃないんだって事は、あの時に思いっきり尻を叩かれた痛みでもう分かっている。



とりあえず、どうして私はこうなったのかがわからない。





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赤ん坊の身体というのはほとんどの時間を寝て過ごす理由がわかった。



これは眠い。




意味もなくただもう眠い。



あのクソ上司のせいでろくな睡眠も取れずボロボロな私には好都合....っん!!んっ!!助かる程の睡眠量で、数年もすればあの途方も無い忙しい毎日からくるカサカサな疲弊しきった気持ちが癒されていくのをまざまざと感じさせられた。




なんやかんやと、私は3歳になっていたらしく、私の新しい家では朝から皆慌ただしく、だが踊り出しそうな足取りで支度を進めている。




そして、私は必死に喃語を喋り続けた甲斐があり舌ったらずながらも言葉を発する事ができるようになった。


布団からよじ出て、桶に汲んだ水で顔を洗うと、そのままの足取りでかか様の部屋へといく。


「かかサマ、あさでございます」





私の朝は、毎朝かか様を起こすという日課から始まる。




それでももぞっと布団に入りまだ起き上る気配のないかか様の上へとよじ登り、


「かかサマー..」



と舌ったらずな言葉をかけるとぷるぷると振動が伝わる。




そのままがばっと抱き締められ、


「姫や、良い朝ですね。

なぜならば、こうして姫が起こしてくださるのですもの。」



と細い腕ながらぎゅうぎゅうと抱き締められ、かか様の頰で私の頰をスリスリと擦り合わせる。





これは、やっと歩けるようになった頃に、

朝早く目が覚めてしまい尿意を催した私は、

三大羞恥の1つのオムツなんてもう嫌だという思いから、かか様の眠っている部屋へと直行し、かか様を起こしたことから始まる。




それ以来、かか様は私が起こすまで布団から出ずにじっと今か今かと待っている。




私が起こしに行く時は、起きている時もあるのに私が行くと必ず寝たフリをして、


「かかサマ」


という舌ったらずな言葉を延々と聞き続けたたいがゆえなかなか起き上がってはくれないのだ。



それで、かか様の上によじよじと登ってみた結果、耐えかねた かか様が悶えるが故に起き上がって抱き締めてくる。





それ以来1度目は呼びかけ

2度目はよじ登る戦法で進めている。



案の定2度目で必ず起き上がってくれる為、だいぶ楽になった...。




そうこう思い出しているうちに、

かか様が朝餉にしましょうと微笑む。


「あい、かかサマ。」


にこにこと嬉しそうなかか様に対し

私も嬉しくなってしまう。





2人でゆっくりと朝餉を取る。



「かかサマ、きょーはととサマは?」



「とと様は今日はお勤めですよ。

姫も後でかか様と一緒に出掛けるゆえ、お支度をしましょうね。」



「おでかけですか?」


「そうよ。姫に会いたいと言ってくださってるの。

かか様もお会いするのはお久しぶりで、とても楽しみにしているのです。」




嬉しさを滲み出した微笑みで、私を見つめる。



朝餉も食べ終わり、乳母と一緒に支度のために1度目自分の部屋へと下がる。




姫様ひいさま、本日はこちらをお召しくださいませ。」

にこにこの笑顔の乳母に渡された衣は鮮やかな紅の上衣だった。


「これ、わたしのコロモではないですよ。」




と告げると、


「本日お会いになる方よりの頂き物のお品になります。


是非本日はこちらをお召しになってお会いしたいとのことですよ。」とるんるんな口調で言われた。




一瞬疑問に思ったが、かか様のお知り合いなら、想像つきそうな気がした。



わたしがこちらに生まれて?きてからずっとかか様と、とと様は千鶴フォーリンラブ!!というような感じで毎朝の日課も、とと様はかか様に嫉妬している程だ。お勤めがあるから泣く泣く諦めている状況で、とと様かか様はなかなか溺愛してくださる。




そんなかか様のお知り合い。


うん。おっけ。わかった。


「きるね。」





そう言った私なら乳母は踊り出さんばかりの勢いで早急に着付けを終わらす。



そうそう。今更だが、この家に住んでいる人はみな着物なのだ。着物というか、袴というか、



うーん,,十二単なのだ。



うん。



とと様は歴史の資料集で見かけたあの束帯とか、かか様は袴に彩溢れる重ね着に羽織...つまり十二単...。


乳母も乳母子も小袖の動きやすい着物だし、 馬もいたし..。うん。タイムスリップしたんじゃないかなあって思っちゃうんですよね。


ほんと。はい。


でも、そんな事まさか私に起こるはずもない。


まあ、この屋敷から出たことないしね。うん。ここの屋敷に住む者だけかもしれないし。





正式に今が何年かもわからないし。

そこはずっと気づかないふりをしている。




そのまま、髪の長さが足りないため、禿かむろ頭のまま、かか様と同じ牛車にのりゴトゴトと揺れに身を任す。



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初めての外出だ.......。



と内心ウキウキるんるんしていた私は牛車から見える外の風景を堪能した。




そこで初めて見ないふりをしていた現実と直面する。




牛車が動くたび舞い上がる砂埃。活気のある露店。和服に身を包む人々。




ここはどこだ...。






少なくとも、現代の日本でないことだけは分かった。




少しずつ青ざめる私にかか様は心配そうに声を掛けてくる。



「姫や...どうかなさったのかえ..?


どこか苦しいのかえ....?」






不安そうに震える声で問いかける。



気の遠くなりそうなこの風景をただぼーっと見つめて、かか様を見上げた。




「かかサマはチヅルのかかサマですよね。」




かか様は何を言うのかと口をぽかんと開けたのち、「私の目の前にいるこの愛らしい姫はかか様のお子ですよ。」と優しく微笑んだ。





大丈夫。


まだ、大丈夫。



「初めて屋敷の外に出たのですもの、少し驚きましたかえ。かか様が一緒におりますよ。」


そう付け加え私を抱きしめた。


大丈夫。

私は大丈夫。


理解しがたい現実に恐怖で震えそうになる自分に言い聞かせ、かか様へ満面の笑みで「あいっ!!」と返事をした。





そうして牛車は我が家とは比べ物にならないほど大きな大きなお屋敷の前に止まった。




門番に側仕えの者が話をすると側に居た輿が牛車の前に飛ぶように来た。


かか様は 少し懐かしむように屋敷を見上げると私の手を引き


「姫や、さあ、行きますよ。」

と微笑んだ。









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