おとーさま、おかーさま



あんだけ叩かれりゃ、尻も大分ひりひりするよ..



遠い目をしながら湯につかり、今だお尻にしみこむ生暖かいお湯。


先程まで知らない人に身体を洗われている状態に泣き叫び喚いていた私に、それでもやめてくれず、どこか微笑まし気に洗われている状態に、尻たたきも相まってもう放心するしかなかった。



「あらまあまあ。

もう泣くのをやめたのかえ。


ふふふ。しっかりした娘御になりそうだねえ。」



なんて私に言ってくる目の前のお婆さん。



ありがとう。


もう生娘の時代をとうに過ぎた立派なレディーなんですよ。




それで、私昨夜は自分の家で寝ていたはずなんですが、

そこがどうなって今私はここにいるんでしょう。


ただ、口にするには先程の尻たたき、全身洗われる恥ずかしさからくるギャン泣きで、私にはもう聞くに聞けない程疲弊しきっていた。






ぼへえ。


と湯につかっていると少しずつまどろんできた。


だってあの馬鹿上司のせいで残業続きの毎日だったんだもの。

まともに寝れる幸せな日だったんだもの。


ちゃぷちゃぷと湯の波に誘われそのまま目をとじる。




「さあ。かか様のところ行きましょうね。」




そう微笑まし気に優しく言われると、なんだか吸水性の悪い布で拭かれ、連れていかれてしまう。



まどろみ落ちかけていた瞼がガッと開く。



え??!母さんいるの?!?!?


え、いんの?!!









---------------------------------------










「....................。」




そんな一日で会えるような距離じゃなかったわ。


15分ほど前の自分をひっぱたきたい。


私の母は今ロスにいるはずで。父はロシアの方面にいるとこないだ連絡があったのに。



さて、目の前の人は誰だろう。







時を15分前に戻そう。





わらわの...わ..妾の赤子は...」





そう悲しそうに泣いている女性が、少し太った男性に背をさすられている。




「大丈夫だ。吾子あこは元気だというぞ。」



女性の顔を覗き込むように励ます男性。



「ですが、....産まれてすぐに息をしていなかったと...。


泣かなかったではないですか...。」




さらに目を潤ませ溢れんばかりの涙を目に溜めている女性はふるふると頭を振る。




「殿...、も....もうしわけ..ありませぬ...。」




頭を下げた女性は決壊したダムのように涙が止まらない。



「なにをいうか!申し訳ないなどと!今しがた吾子をうんだばかりの身体で無理をしてはならぬ!」



そういうと女性を胸に抱いた。




そうすると私の頭上から


「とと様とかか様は仲ようございますなあ。


ね。吾子様。」




はい??



ちょっとまって。

とと様?かか様?


はい?


しかも、

吾子ってあれじゃないの。


吾子って赤ん坊でしょ。どこにいるの。




「ほぎゃ...」


思わず聞こうとした私の口からまさに赤ん坊の声が聞こえた。



思わず口に手を持って行った。



指がなかなか動きづらい..





あれ...え。

まって。



手ちっさくないか。





赤ん坊になってる?!?!?!?





「ほんぎゃああああああああああああああ!!!!!」








驚きのあまり声が出る。



立派な赤ん坊ですね。おめでとうございます。


「まあまあ、いいお返事ですわね吾子様。うふふ。」





「おや。」


「まあ...!!!」




その声に思わず視線を向けると

先ほどの男女が目をまんまるにしてこちらを凝視している。





「とと様、かか様ですよ。」


と微笑まれながら室内へと連れて行かれる。



はい?





そのまま、その爆弾発言をしたお婆さんは私を2人に手渡すとしずしずと下がって行った。





「おお!なんと!


玉のような吾子じゃの!



でかしたぞ!」


と褒め称え私を抱く男性。



ねえ、さっき

とと様って言った?




「殿..



吾子を..


吾子を抱かせてくんなまし..」


ただ静かに綺麗に涙を流しこちらへ手を伸ばす綺麗な女性。



「おお、そうであった!

すまぬ!ささ、そっと、そっとだぞ」




恰幅の良い腕から今にも折れてしまいそうな細い腕へと移される私。


優しく抱かれると、そっと優しく覗かれた。


目に涙をいっぱい溜めて、伺うようにこちらを見る女性。




それがとても綺麗で、

涙を溜めている姿が可哀想で


涙を拭ってあげようと手を伸ばす。


手が短くてその涙には届かなかったが、


「...だぅ..。」(大丈夫だよ。)


「..だ、だぁう.. う?」(ね、泣かないで。)






綺麗な女性はまた目をまんまるにして、

届かなかった私の伸ばした手をそっと掴むと

ぼたぼたと涙を流した。




「吾子に慰められているではないか。


これこれ、かか様が泣いてしまったら吾子も泣いてしまうではないか。


のう吾子よ。」





吾子って、私よね。


そこはたくさん聞きたいことがあるけども、


とりあえず、なかないで。



「だあ。」(うん。)




すると、さらにまんまるな目になったその女性は、一拍の後に花が綻ぶような笑顔で


「吾子や..」




「わ..妾の..吾子や...」





震えた、優しい声音でそう呼ばれる。



その姿に満足げにふにゃあと微笑んだ。



「これは、

産まれたばかりの赤子は猿っこいと聞いてはおったが、どこが猿っこいのやら、玉のような吾子ではないか。


かか様を案ずるとは、

美しき、良き姫になるであろなぁ。」



しみじみ頷きながら言う男性は、




そのまま良いことを思いついたと言わんばかりに、



「そうだ!吾子の名は珠子たまことはどうじゃ」



はい?!!タマコ?!!

なにそれタマ子?

玉子?球子?多摩湖?


タマコなの?!

安直すぎませんか?!

漢字どれですか?!

いや、綺麗な素敵な名前だと思うけども!!

思うけども!!!



私は親から名付けられた立派な名があるんですが!


「まあ、殿、珠子ですか、それはそれは..」


と女性も微笑む





ちょっとまったああああ!!!



「ふぁ..

ぼぎゃああああ!!!ほんぎゃあああああああ!!!」








「おや、吾子は気に入らぬとな。」



「殿に刃向かうなぞ、この子は..ほほほ。

元気一杯の子になりましょうぞ。」





少し難しい顔をする男性と嬉しそうな女性。




「むむむ、して、

名はどうしようかのう。」



「吾子や..殿がお決めになってくれるそうですよ。」


唸る男性の横で嬉しそうに微笑む女性。


まじか。

ちょっとまって、

私本当に赤ん坊になっちゃったの?



私、どうなったの?



と今更ながら混乱していると



「待望の吾子だからのう。


して、吾子の顔はかか様に似て美しくなるであろう面差し、母を思う優しさ、


願って願っての待望の吾子じゃ。




ううむ。

難しいのう。



千鶴ちづるとはどうじや?」




混乱した頭にすっと落ちてきた名。



ちづる?


千鶴?智鶴?


綺麗な響きだなぁ。


なんか、今更ながら、

本当に望んで望んでの待望の赤ん坊だったのではないだろうか、、

そんな思いが頭をよぎる。



ずっといまかいまかと赤ん坊が産まれてくるのを待っていたんだなぁ。


医者として仕事をしてる中、

肩を落として、廊下で泣いている人の姿。

声を押し殺して病室で泣いている人。


胸が張り裂けそうな気持ちに何度もなった。


自分を責めている姿に、そう責めるなら私を責めて欲しかった。


必死に最善を選び尽くしてきたけど、救えなかった命があった。

最新の医療を駆使しても、人の命は難しい。


その現実を何度も痛感させられた。


確かに救ってきた命もいくつもあったけれど、確かに救えなかった命もあった。




お父さん、お母さん、

私、とんでもないところ来ちゃったみたいだけど、とりあえず、わたしは元気だから。


ちょっとだけ行ってくるよ。




戻ったら、またお母さんのハンバーグ食べて、お父さんの買ってきたウォッカでみんなでワイワイしたいです。





男性と女性がこちらを覗き込むように


「「千鶴」」


と呼びかけた。




その姿に返事をするようにふにゃっと微笑んで、



そのまま体力が尽きたように眠りに入った。





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