第100話 焼却処分
「……あら? なんだか
衝撃的な宣言からしばらく間を置いて、ハンナさんは相変わらずニコニコしたまま小首を傾げる。
おそらく、無詠唱で時間操作魔法を発動しようとして失敗したのだろう。
「ええ、生憎と生まれる種族と時代を間違えてしまったもので、こうでもしないとあなたに太刀打ちなんてとてもとても」
動きにくいベールや巻きスカート状態になっているドレスの裾を外しながら私は言う。
「なんだなんだ、レーナさんの知り合いか?」
「ねえ、これもしかして修羅場ってやつじゃないの?」
「結婚に反対って……誰目当てなんだ……?」
私達の様子に参列者の人達が再びざわつきだす。
「全員根絶やしにする前に、出来ればニコは無傷で保護したかったのですが、仕方ありませんね」
ニコラスに話かける時とは打って変わって随分とかしこまった口調なのが、なんだか彼女の苛立ちを表現しているように感じられる。
「ハンナ、どうしても話し合いでは解決は出来ないのでしょうか」
「おかしな事を聞くのね、ニコ。話し合いというのは、お互いの立場にそんなに差が無い時にこそ成立するものよ? あなたは狩をする時、獲物と交渉して食材になってもらうの?」
苦々しげにニコラスが言えば、ハンナさんは馬鹿馬鹿しいとでも言いたげに笑い、直後に私達の足元が氷つく。
「ぴゃっ!?」
ネフィーが突然の事に悲鳴をあげる。
私達だけでなく、参列者の人達まで足元が凍って身動きが取れなくなっている。
「ネフィーの中に避難して! 速く!」
すぐに私は熱魔法で辺りの氷を溶かして突然の事にパニックになりかけている人達に声をかけた。
今はバラバラに逃げるよりも一箇所に集まってくれた方が守りやすい。
皆でバラバラに逃げて町に絨毯爆撃でもされたら目も当てられない。
「みんなっ! 急いでネフィーに入ってー!」
私の声を聞いて、慌てたようにネフィーも複数の大きな入り口を開いて参列者達を誘導する。
ハンナさんは思いの外、大人しく参列者達がネフィーの中へ避難するのを見ていた。
その間にクリスの剣を転移魔法で取り寄せ、背広を脱いだクリスに転移魔法の応用で鎧を着せる。
「獲物が薪の中に集まってくれて手間が省けたわね」
避難があらかた終った時のハンナさんの言葉で、なんで大人しく待ってたのかはすぐわかったけれど。
「参列者達は関係ないでしょう!」
「あなたのような危険思想の持ち主に感化された人間達なんて、害悪でしかないじゃないですか」
鼻で笑うようにハンナさんは言う。
「だから、まとめて焼却処分してあげます」
そう言ってハンナさんが右手をかざせば、彼女の頭上に巨大な火の玉が現れ、ものすごい勢いでネフィーめがけて飛んでいった。
咄嗟に私はネフィーの目の前に地面を盛り上がらせて壁を作る。
火球は壁に激突して、壁は壊れたものの、なんとか防ぐ事が出来た。
「やっぱり、軌道が一直線だと読まれてしまいますね」
ニコニコと笑顔を崩す事なくハンナさんは言い、その直後、彼女の背後に人の頭くらいの大きさの火球が無数に現れた。
「せいぜい元気に燃え盛ってくださいね」
「なっ!?」
まっすぐ飛んでくる火球を壁を作って防ごうとすれば、それをあざ笑うように火球達はきれいに壁を避けてネフィーのもとへ飛んで行く。
「ぴゃっ!」
「ネフィー!」
防ぐ間もなく、大量の火球がネフィーに降り注ぐ。
「あれ? ネフィー平気……燃えてないっ!」
早く消火しなければと私が叫びながら振り向けば、そこには特にどこにも火がついておらず、きょとんとした顔のネフィーがいた。
「いつかの改造が役に立ちましたね! レーナ!」
誇らしげに言うニコラスに、はたと私は思い出す。
そういえば、以前ネフィーの身体を自前の魔力で縮小魔法をかけ続けられるようにした時にそんな改造をしたような……。
「ネフィーが大丈夫そうなら一気に片をつけよう!」
クリスはそう言うなりハンナさんに切りかかる。
しかし、ハンナさんはクリスの斬撃を恐ろしい跳躍力で後ろに飛びのいて回避すると、ドラゴンの姿になって飛び上がった。
「クリス!」
「お願い!」
対して、ニコラスがクリスに声をかければ、クリスはそれだけで何かを察したようで、鎧を着けているはずなのに軽々と跳び上がる。
ドラゴンに戻ったニコラスはクリスの足元に滑り込むようにしてクリスを背に乗せてハンナさんを追うように飛び立つ。
クリスは空中でニコラスを足場にしてハンナさんに斬りかかり、ニコラスはハンナさんと適度な距離を保ちつつ度々クリスに足場を提供しながら援護射撃を行っている。
以前からよく二人で冒険者の仕事をしに行っていた事は知っていたけれど、まさかこんなに息の合った連携ができるようになっていたとは思わなかった。
一方私は二人のハンナさんとの距離が近過ぎるうえに動きが激しくて援護のしようがない。
しかし、ハンナさんは二人の一瞬の隙を突いてクリスとニコラスを私の目の前に叩き落とした。
「わかった。もういいわ……」
ハンナさんがそう言った直後、空中の彼女の足元に赤い光で描かれた魔法陣が二重に現れて輝き始めた。
同時に、ジリジリとした熱さが私の肌に伝わる。
彼女が発動させようとしている魔法がなんなのかはわからない。
けれど、彼女がこれからしようとしている事はわかっている。
今、この場にいる私達をまとめて”焼却処分”しようとしているのだ。
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