第99話 結婚式当日

「おめでとう!」

「おめでとうございます!」

「レーナさんもついに結婚するんですね!」


 結婚式の日がやって来た。

 今、私は町中の人達に歓声と祝福を受けながら、ネフィー記念公園へと屋根も扉も無いのに床だけは高い、移動する舞台のような状態の馬車で向かっている。

 白地に花やリボンをあしらった馬車は、まるで巨大なケーキのようだ。


 ちなみに、ネフィー記念公園とは、以前町に襲ってきた虫達をネフィーの活躍によって退けた事から、その功績を讃えて町を再建する時、ネフィーの為に町の外れに作られた公園だそうだ。

 公園と言っても実際はほぼ何も無いただ広い空き地なのだけれど、そこは元の大きさのネフィーでも十分にのびのび出来る広さがある。


 事前に声をかけて遊びに来ていた人達が下敷きにならないように配慮してくれれば何時でもネフィーが元の大きさに戻っても大丈夫だと説明された。

 そう言われて見れば、確かにネフィーの為の公園である。


 母の提案したパレードは、式の始めも始め、私が自宅からネフィーの待つネフィー記念公園へと向かう所に盛り込まれた。


 朝、私は結婚式用の簡素だけれど上等なドレスに身を包み、フィオーレ美容魔術に在籍する化粧や着付け等を本職とする方々に化粧や髪型のセットをしてもらって家で待つ。


 すると母が馬車で私を迎えに来て、浮遊魔法で私を床が高くなった馬車の上に乗せると、転移魔法で私のドレスの上に更に無駄に大きなスカートやフリルやレースをあしらった羽織り等を着付ける。

 一回目のお色直しであり、今回の結婚式、最初の見せ場である。


 予定は前もって告知されていたらしく、わざわざ家の前まで様子を見に来てくれた人達や、私のヘアメイクをやってくれた人達がそれを見て歓声を上げていた。


 そうして私は、この無駄に豪華な動きにくい事この上ない衣装を着せられて、町中を馬車で一周してから夫達の待つ、教会であるネフィーの元へと向かうのだ。

 家の外に出た時から、既に馬車の周りには人がいっぱいで、皆口々に祝福してくれた。

 辺りを見回せば、家の窓からこちらを見ている人達もちらほらといる。


「えへへ、今日のママ、とっても綺麗だよ!」

 始めは大人しく御者台の横に腰掛けていたアンナリーザだったけれど、馬車が出発してしばらく経つと、私の座っている場所にやってきてニコニコと話しかけてきた。


「おい、アン! 勝手に持ち場を離れるなよ!」

 御者台の方からはエリック君の声がする。

 現在、この馬車はエリック君の使い魔らしいヒポグリフ四頭によって引かれている。


「だって、そっちからだとママのドレス見れないんだもん。こっちでもちゃんとお仕事はするもん!」

 そう言ってアンナリーザは右手に持っていたロッドを振った。

 するとピンクや白の花びらがヒラヒラと辺りに舞い散り、辺りに蝶が舞い踊る。


 どうやら幻影魔法で馬車の周辺を装飾してくれているらしい。

 ……花びらや蝶などは、動きが単純で詳細を細かく想像しなくてもごまかしの効くうえに見た目も華やかで、幻影魔法でもまず最初に覚えるような基礎的なものだけれど、それにしたっていつの間にアンナリーザは幻影魔法を習得していたのか。


「今日はね、私がママの結婚式を世界一ステキにしてあげるからねっ!」

 ロッドからキラキラとした光や花びらをふりまきながらアンナリーザは満面の笑みで私に言う。


「あら、それは楽しみだわ」

「うんっ! 楽しみにしてて!」

 元気良くアンナリーザは答える。


「エリック君もありがとね」

「”こうてきしゅ”と認めたからには、”さいだいげんのれい”をつくすのが一流の魔術師の”たしなみ”だからな!」


 エリック君にもお礼を言えば、なんだかテオバルトみたいな事を言っていた。

 きっと覚えたばかりの難しい言葉を使いたいんだろうな、と、以前のアンナリーザの様子を思い出しながら思う。


「……それ、テオバルトが言っていたの?」

「父様は立派な魔術師なんだぞ!」

「なるほどね……」

 アンナリーザもエリック君も、二人共かなりテオバルトに影響されているようだ。

 いや、二人共本当に良い子だけれども。


「今日の出し物は私達いっぱいがんばるからね! 準備があるからドレス変わるの全部見れないけど、終わったら全部見せてね!」

 やる気に満ちた様子でアンナリーザが言う。


「ええ、よろしくね。今から本当に楽しみだわ」

「えへへ~」

 アンナリーザは満足そうに笑った。

 ボリュームのあるドレスのスカート部分が邪魔でアンナリーザのそばに行って撫でてあげる事も出来ないのが残念だ。


 そんな事を考えながらも、私は町中に放った人工精霊へと意識を向ける。

 今の所、町の中やその周辺に怪しげな術式が張られているような気配は無い。

 あくまで気休め程度だけれど、前回のような町の周辺に張り巡らせるような大規模な術式が張られていれば、まず気付けるはずだ。


 もし、ハンナさんが私やその周りの人間を潰そうとする目的がニコラスではなく、モフモフ教の思想をこれ以上広められないためだとすると、ニコラスの封印が解かれた事をまだ知らなくても彼女はこの結婚式にやってきて、私や参列者達を根絶やしにしようとするだろう。

 ハンナさんが仕掛けてくるとしたらいつか、恐らくそれは式が始まって参列者が会場に揃った頃だろう。


 時間操作魔法は、簡単に言ってしまうと、物の重さを変えてその物体に流れる時間の速さを操作してしまう魔法だ。

 重くすれば時間は遅くなり、軽くすれば時間は速く流れる。

 例えば、ハンナさんが自身に流れるの時間を周囲より速くしてしまえば、相対的に私達の時間は彼女よりも遅くなり、彼女から見た世界の時を止める事だってできる。


 要するに、ハンナさんは停まった時間の中で一方的に私達を虐殺する事も可能という事だ。


 けれど、それを成し遂げるには常識外れな量の魔力と正確なコントロールが必要となり、更に強い重力操作によって起こる様々な弊害を緩和する魔法を同時並行で発動させる必要がある。


 それだけの魔力量を生まれながらにして持ち、生きているうちに己の技術をそれ程の域にまで高める事は、人間という種族にはまず無理だろうとジャックには言われた。

 私のようにホムンクルスを後継者として数世代に渡って遺伝子の最適化と研究の研鑽を続けていけば、可能かも知れないけれど、少なくとも今、私達がすぐに習得できるような物ではない。


 なので、単体で重力操作魔法を阻害する魔法道具を記念公園全体に配置した。

 また、もしもの時の為に私が魔力を込めれば何時でも同様の効果がある魔法を発動できるようにこの町を囲むように魔法陣を描いておいた。

 点在する魔法道具が破壊されても、すぐに同じ内容の魔法を発動する為の二段構えである。


 後は、ジャックと昨日までになんとか完成させ、昨夜のうちにネフィー記念公園一帯に仕込んでおいた術式を、上手く使えればいいのだけれど……。


 そんな事を考えているうちに、馬車はネフィー記念公園に着いた。

「レーナいらっしゃい! パレード見てたよー!」

 公園に着くなり、ネフィーは待ってましたとばかりに私に声をかける。


 本来の大きさに戻ると、町のどこにいても大体姿を確認できるネフィーは、家を出た時から進む向きによってチラチラと視界に入っていたので、向こうからもずっと見えていたのだろう。


「待ってたわ、レーナ」

 既に式場に着いていた母は浮遊魔法で私を馬車から降ろすと、再び私の衣装を転移魔法で差し替える。


 馬車の上でも映えるようにと恐ろしくボリューミーだったスカート部分は随分とスッキリしたシルエットに変わったけれど、前の方の裾は踏みそうな程長いし、後ろ部分に至っては引きずる程長い。

 ふっくら膨らんでフリルやレースをたっぷりとあしらっていた袖は取り外され、変わりに頭から白いレースのベールを被せられる。


 ネフィーの前には私が降りた馬車から一直線に赤い絨毯が敷かれており、ネフィーの前には正装したクリスが立っている。


「あれ? 相手ってもう一人いるんじゃなかったか?」

「ニコラスさん、まだ帰ってないのかしら……?」

 私がスカート部分の裾を踏まないように一歩ずつ裾を蹴り上げながら慎重にクリスの元に歩いていけば、参列している人達がそんな事を話してざわついているのが聞えた。


 クリスの目の前まで私がやってくると、急に私達に影が差す。

 頭上にドラゴン姿のニコラスが現れ、私達の目の前に降り立った彼は、いつもの人型の姿に化けたものの、今日は正装をしている。


「遅くなってしまい申し訳ありません。今からでも式は間に合いますか?」

「……当たり前じゃない」

「ニコラス、おかえり」

「ただいま戻りました」


 私とクリスのもとへと歩いてきたニコラスが言えば、私はにっこりと笑ってニコラスに抱きつく。

 それを見たクリスは優しく微笑み、ニコラスも何かを噛み締めるように頷く。

 ……とんだ茶番である。


 ニコラスは諸事情により式の当日まで姿を現せず、しばらくはコニーちゃんの姿で生活する事を私達が母に説明すると、母は

「なら当日の登場も少し凝った感じにしましょうよ!」

 と言ってきた。


「結婚式までずっと姿を現さなかったニコラス君が、当日、ドラゴンの姿で空から登場して、人の姿に化けた後、すっと手を差し出すのって、なんだかロマンチックじゃない?」

 あんまり母がノリノリで言ってくるのと、特に反対する理由も無かったために、母の提案に頷いた。


 しかし、結婚式が近くなっても一向に姿を現さないニコラスについて、直前になって私達とケンカしただとか、マリッジブルーだとか、過去の女関係を清算しようとして逆にドロ沼にはまっているだとか、の噂が流れていると聞きつけた母は、それらを払拭するドラマが必要だと言い出した。


 その結果がこの茶番である。

 事情を説明して回るより、一度こういう姿を見せる方が何よりも説得力があるのだと息巻いた母は、台本作りから度重なる自宅でのリハーサルへのダメだしにとかなり熱心に私達を指導した。

 正直、結婚式の準備で一番疲れたのはこの寸劇の練習だ。


 それから私達は、教会兼司祭であるネフィーと結婚に関するいくつかの問答と宣誓を行った。

 全ての受け答えが終わると、ネフィーが私達を祝福して教会への入り口を開け、参列者も含めて中で宴会をする予定だ。


「それじゃあ最後に、今ここにいるレーナとクリスとニコラスの結婚に反対の人は手を挙げて宣言してねっ!」

 ネフィーはやっと最後の質問だと思ったのか、声を弾ませて言う。

 長い口上や問答は、一見ネフィーが何も見ずに言っているようだけれど、実際はネフィーの中にある一室にカンニングペーパーがあり、それをコレットさんが読み上げるのを聞いたネフィーが話しているだけだったりする。


「はいっ、反対です」

 直後、鈴を鳴らしたような若い女の人の声がした。

 振り向けば、そこにいたのはシークレットアイに映っていた、黒髪のお姉さんことハンナさんがいた。


「反対なので、これは”無かった事”にしちゃいますね」

 とても可愛らしい笑顔でハンナさんはそう言った。

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