第95話 フカフカ対決

「……つまり、レーナさん達は恐らく結婚式に何かしかけてくるであろうハンナに対抗すべく時間操作魔法についての理論を組み立てられたのですね」

 少しの間を置いて、フレデリカ姫が気を取り直して私に確認してくる。


「ええ、まだ仮説の段階ですけど」

「そして、二十三日後の結婚式までにはその理論を確立させて、時間操作魔法の発動を阻害する必要があるのですよね?」


「はい……」

「でしたら、私がその研究や当日の時間操作魔法阻害術式の形成に必要な費用の一切を出しましょう」

 私が頷けば、フレデリカ姫は輝く笑顔で言いだした。


「……条件はなんでしょう?」

 これまでの流れからして、多分そういう事なんだろうなあとは思っていたけれど、条件を聞かない事にはなんとも答えられない。


「一部の宮廷魔術師や魔術学院の魔術師で形成されている研究チームとの研究データや成果の共有です」

「……それだけですか?」

「ええ、それだけです」


 私が尋ねれば、にっこりとフレデリカ姫は笑って右手を差し出してくる。

 この条件は当然の事として、もっと他にも要求してくるのではないかと思っていたけれど、そういうつもりは無いらしい。


「わかりました。お願いします」

 私は差し出されたフレデリカ姫の手を握り返す。

「そもそも、個人では残り二十三日で町中に時間操作魔法阻害術式を形成するなんて、費用的にも労働力的に見ても無理な話だからな……」

 横から安心したようにジャックが言った。


 確かに、色々と助かるし、悪くない条件だけれど、本当にコレだけで済むものだろうかとも考える。

 フレデリカ姫としては、ハンナさんの時間操作魔法に対抗する事が目的なのだろうけれど、もともと彼女は一体何をしにうちに来たというのか。


「ああ、そうそうレーナさん」

「はい、なんでしょう……」

 話が一段落したところで思い出したようにフレデリカ姫が話しかけてきて、私は少し身構える。


「これから研究チームの人間を紹介したいと思うのですが、その前に今日レーナさんの家にお伺いした用を済ませようと思います」

「なんでしょう」

 ニコニコ笑顔を浮かべながらフレデリカ姫は私の目の前まで寄って来る。


「この度はご結婚おめでとうございます。お三方の結婚を心より祝福すると共に、私も精一杯応援させていただきますね!」

 私の手を取って、力強くフレデリカ姫が言う。


 ……もしかして、彼女は母が招待状を出してそれが手元に届いてすぐに私の家まで駆けつけて祝辞と援助の表明をしにきたというのか。

「あ、ありがとう、ございます……」

「尊敬するレーナさんの結婚式ですもの。これくらい当然です!」


 随分と懐かれたものだけれど、これはハンナさんを打ち負かして我が家に溶け込んだら、後で事故に見せかけて暗殺とかされたりしないだろうかとちょっと怖くなる。


 それから私達はフレデリカ姫に案内されて学院の地下に秘密裏に作られた研究所や、何人かの研究チームの人を紹介された。

 今後自由に使ってよいとされる最新の研究施設と、そこかしこから伺える潤沢な研究資金ぶりに胸を躍らせていると、通話用人工精霊から突然声が聞えた。


「ママどこ! なんで誰もいないの? ごはんは!?」

 慌てて話を早々に切り上げて転移魔法で家に戻れば、外はすっかり暗くなっていて、頬をぷくーっと膨らませたアンナリーザが腕を組んで仁王立ちしていている。

 ついでにネフィーも横でアンナリーザの真似をしていた。


「もうっ! なんで勝手にどっかいっちゃうの!」

「寂しかったんだからねっ!」

 早速ご立腹のアンナリーザが文句を言えば、横でネフィーがアンナリーザの真似をするように文句を言うけれど、ネフィーの方は怒るというよりはちょっと楽しそうだ。


「おなかすいた!」

「ネフィー達ものすごい作戦考えたんだよっ!」

「ネフィー、それないしょ!」

「ぴゃっ!? じゃあ今のなしっ!」

 得意気に言うネフィーの言葉に慌ててアンナリーザが口止めをすれば、ネフィーも慌てたように発言を取り消す。


「二人共こんな時間まで勝手にいなくなってゴメンね。今日はどこかお店で食べましょうか」

「資金援助のあてができたからといって、いきなり豪遊というのはどうなんだ……」

「失礼ね、今から行くのは安くて美味しい大衆向けの食事処よ」

 呆れたように言うジャックに、私はムッとして答える。


 まあ、あの研究施設を見る限り、結構な額を個人で動かせるらしいフレデリカ姫が援助を申し出てくれたので資金面での心配はなさそうだけれど、気持ちとして私達からもいくらかの援助はするつもりだ。


「わーい! 最近外での食事が多いね!」

「ネフィーもお出かけ好きー!」

 一方アンナリーザとネフィーは外食にはしゃぎ出す。

 機嫌がなおったようで良かった。


「はいはい、それは良かったわ。という訳で、出かけるからニコラスはまたコニーちゃんになってくれるかしら」

「承知しました」

 私が声をかければ、ニコラスはまたいつもの姿からうさ耳を生やした妖艶な女性へと姿を変える。


「その不完全な獣人化に何の意味があるんだ……」

「この姿だとアンが喜びます」

 呆れたようにジャックが言えば、ニコラスは得意気に胸を張る。


「うん、コニーちゃん可愛い!」

 ニコラスの言葉にアンナリーザが答えながら抱きついて胸に顔を埋めれば、コニーちゃん姿のニコラスが勝ち誇った顔をしながらジャックを見る。


「認めない! 俺はそんな不完全な獣人化は認めないぞ!」

「あなたは認めなくてもアンは気に入ってくれています。クリスはこの姿、どう思います?」

「えっ、僕は別に……いつもの姿の方が……」


 言い争うジャックとニコラスに急に話をふられたクリスは、少し照れて目を逸らしながらしどろもどろになりつつ答える。

 クリス的には普段のニコラスの見た目がかなり好みらしいけれど、それは別として全体的に色気を放っているコニーちゃんを前にすると同性でも照れてしまうのはなんとなくわかる。


「クリス、でもコニーちゃん、ママよりフカフカだよ?」

「へー、アンはそういう事言っちゃうのね。じゃあ私よりもコニーちゃんの方が良いのかしら。ママ悲しいわ」

「えっ、マ、ママもフカフカだよ! ママのフカフカの方がちょうどいいし私好きだよっ!」

「うふふ、あら本当?」


 ニコラスの胸から顔を上げて良さを語るアンナリーザに、なんだか悔しかったので少し拗ねたフリをしてみたら、慌ててアンナリーザが私の足元にやってきて抱きついてくる。

 アンナリーザの可愛らしい反応に、つい顔がゆるんでしまう。


「本当だよ! ママのフカフカが一番だよ!」

「なる程……アンはもう少し小さめな方が……」

 一生懸命に言うアンナリーザの後ろでニコラスが自分の胸を触りながら何か言っているけれど、そんな事はどうでもいい。

 私の娘可愛い。


「多分大きさと言うよりは、誰の胸かっていうのが大事なんだと思うけど……」

「ちなみにクリスはこの姿をどう思います?」

「えぇっ……えっと、いいなって、思います……」


 コニーちゃんの姿で自分より背が低くなったニコラスに顔を下から覗き込むように尋ねられて、クリスはどぎまぎしながら答える。


「ありがとうございます、クリス!」

「ふあっ!?」

 クリスの答えを聞くなり、ニコラスは嬉しそうにクリスに抱きつく。

 間の抜けた声をあげるクリスに、二人の見た目の性別が逆である事を忘れそうになる。


「ふふん、これで一対二ですよ?」

「おい待て、色仕掛けは反則だろ! クリス、君もレーナ一筋じゃなかったのか!?」

 クリスに抱きつきながら言うニコラスに、ジャックが食ってかかる。

 完全にクリスは巻き添えだ。


「いや、違う! 僕はそういう意味で言ったのではなく!」

「どうせ三人で夫婦になるのですから問題はありません」

「えっ!?」

 慌ててクリスは否定するけれど、そのすぐ後にニコラスが事も無げに言い放ち、驚いたようにクリスがニコラスを見る。


 その言い方は色々と語弊があるのではないだろうか。

 まあ、そもそも夫婦だ家族だと言っても、所詮は形だけ式を挙げて対外的にそういう事にしようってだけなので、別に私達の関係が特にどうこうなる事はないのだけれど。


「どうしました? クリス」

「う、うん、なんでもない……」

 不思議そうにニコラスがクリスを見上げれば、クリスが頬を染めながら目を逸らす。

 急にトーンダウンしたこの反応からして、クリスも結婚云々があくまで対外的なものである事は思い出したようだ。


「モフモフ教……思った以上に自由だな……?」

 けれど、第三者であるジャックがこれを見た場合、どう思うかといえば……重度のモフモフフェチである狼男がドン引きした視線を向けてくる。


 納得いかない。

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