第94話 フレデリカ姫
「ええっと、リッカ嬢? 突然どうしたんですか?」
リッカ嬢の剣幕に気圧されつつ、議論に夢中になっていたとはいえ、私はまずいところを見られたと反省した。
魔術研究において、最も警戒すべきは何者かに目を付けられて、研究成果や研究内容を持ち逃げされる事だというのに。
「取り乱してしまい、失礼しました。しかしながらレーナさん、今のお話は本当なのでしょうか……?」
私の言葉にリッカ嬢はハッとした様子で大人しくなったけれど、真剣な顔で再び私に尋ねてくる。
「ええっと……」
「そうですね。素性のわからない小娘にそうおいそれと話せる内容ではありませんね……」
私が言いよどんでいると、リッカ嬢は小さく頷いた。
「ランドルフ、皆さんを学院に」
「かしこまりました」
リッカ嬢が声をかければ、いつからいたのか、先日彼女を迎えに来ていた初老の従者が現れて、うやうやしく私達に頭を下げた後、私達を転移魔法で先日会談した魔術学院の応接室へと移動させた。
「私は第六十三代皇帝、レオノーラ・レア・ユトピリアが妹、フレデリカ・ラル・ユトピリア。ドラゴンに支配されたこの世界を人の手に戻そうとする者です」
応接室に着くなり、リッカ嬢はそう言って、ある紋章があしらわれたペンダントを私達に見せる。
羽を広げたドラゴンがユトピリア皇国の地に降り立つ姿を現しているというそれは、間違いなくユトピリア皇室の物ではあるけれど、先程の彼女の言葉はどういう事なのか。
「……突然こんな事を言われても驚くと思いますが、皆さんには聞いていただきたいお話があります」
リッカ嬢改めフレデリカ姫は深刻そうな顔で言う。
とりあえず彼女の話を聞く事になり、私とクリス、ジャック、ニコラスは促されるがままにソファーと椅子に腰掛ける。
「皆さんは、ユトピリア帝国の建国神話をご存知でしょうか?」
「えっと、黒い竜がユトピリア帝国の元となった小国に味方して世界統一までして、新たにユトピリア帝国を築きあげたって話だよね?」
フレデリカ姫の言葉を受けて、クリスが答えれば、彼女は頷く。
「はい。我がユトピリア帝国は今年で皇紀五百十二周年になるのですが、現皇帝は六十三代目、単純計算をすれば、平均的な皇帝の治世は十年も無い計算になります。あまりに短いとは思いませんか?」
私達の前の席に腰掛けたフレデリカ姫がどこか悲しそうに言う。
「もちろん皇帝によってばらつきがあるのは承知しています。現に私の父、先々代皇帝の治世は三十年続きましたが、先代、兄の治世は七年足らずでした……そして、私の姉はもうすぐ即位から三年になりますが、現在病の床にふしています」
「病って、宮廷魔術師達は?」
姫の言葉に私は思わず尋ねてしまう。
ユトピリア帝国の宮廷魔術師といえば、家柄と才能に恵まれたほんの一握りの人間だけが就く事のできる、魔術師の最高職だ。
自由に研究はできないので私はごめんだけれど。
彼等に与えられる最新の設備と潤沢な研究費、そして、最低でも魔術学院を主席で卒業できる程度の腕を持った人間達が集まっていて、リザレクションを扱える人間だって少なからずいるはずなのに、どうにも出来なかったというか。
「世界最高峰の彼等の技術を持ってしても、現行の魔術ではどうしようもないそうです。このように死因はまちまちですが、即位してから短い間に命を落とす皇帝が多いのです。そして、短命な皇帝達にはある共通点があります」
フレデリカ姫は私の言葉に首を横に振る。
「共通点?」
「表向きには存在しない、上皇の位に就くドラゴンがいるのですが、彼女に歯向かったり、不興を買った皇帝は大抵早死します」
私が尋ねれば、フレデリカ姫が静かに口を開く。
「……そのドラゴンの名前は」
今まで大人しく話を聞いていたコニーちゃんの格好をしたニコラスがフレデリカ姫に尋ねる。
「ハンナ・ユトピリア。建国以来、我が一族と共にあるドラゴンです。伝説では私達ユトピリア皇族は彼女の血を引いているらしいのですが、宮廷魔術師に遺伝子情報を調べさせた所、私達とあのドラゴンに血縁関係は無いそうです……発言権を考えると、守護者というよりも、血を分けた身内という事にした方が都合が良いのでしょう」
「つまり彼女が影からユトピリア帝国、ひいてはこの世界を支配している……という事でしょうか」
確認するようにニコラスが言う。
「ええ。彼女は現在の支配体制を築く段階で宗教や思想の統制も行ってきたようですから、その力は一般の方々の暮らしの隅々まで及んでいる事でしょう」
「……それで、あなたはハンナをどうしたいのですか?」
フレデリカ姫がニコラスの言葉に頷いて答えれば、更に重ねるようにニコラスは質問する。
「上皇の地位からご退場願います」
「その後は?」
「あまり手荒な事はしたくありませんが、相手もそう簡単に要求を飲んでくれるとは思いませんし、いざと言う時は仕方ありません。相応の対処をさせていただきます」
「そうですか。強い者が上に立つのは世の習い。それぞれの意見が衝突する以上、仕方のない事でしょう」
一通り話を聞いたニコラスは、小さく息を吐いて頷いた。
「……あの、失礼ですが、あなたは」
「ああ、失礼しました。諸事情により結婚式までこの姿で過ごす事になったもので」
戸惑ったようにフレデリカ姫がニコラスに尋ねれば、ニコラスはやっと今の自分の姿を思い出したように普段のニコラスの姿に戻った。
「……ニコラスさんは、ハンナとお知り合いで?」
目の前の相手が黒竜であるニコラスだとわかると一瞬フレデリカ姫は固まったけれど、すぐに笑顔を取り繕ってニコラスに話しかける。
その笑顔にはどこか警戒の色が滲んでいた。
「ハンナは私の親代わりでした。けれど私は七百年前、彼女の手によって封印されました。昨日もまた封印されてしまい、今朝レーナに救い出してもらった所です」
深刻な顔でニコラスは言うけれど、言い方のせいか、なんだか軽く聞こえてしまう。
まるで近所の猫に庭を荒らされて困る、くらいの話に聞えて緊張感がまるで無い。
「ええっと……つまりニコラスさんはまだハンナと親交が……? でも、七百年封印されていた上に、また封印されて……?」
フレデリカ姫もニコラスのあっさりとした物言いに混乱しているようだ。
まあ、当然の反応だろう。
「私もハンナに対してはわからない事だらけなのです。彼女がその気になれば私を殺す事だっていつでもできたはずなのにそうはせずに七百年も封印したり、結婚の挨拶に行ったらレーナ達を根絶やしにすると言い出してまた封印されてしまったのですから」
「え、根絶やし!? 結婚の挨拶……?」
ますますわからないという顔でフレデリカ姫が私の方を見てくる。
「……一昨日、エルフ教で古代魔術の研究をしていると紹介された女性が、以前ニコラスから聞いたハンナさんの特徴にそっくりだったので、ニコラスが直接彼女に確かめて、もし本人なら結婚の報告もしたいと言い出しまして」
「そ、そうだったんですね……」
とりあえず事情をかいつまんで説明すると、フレデリカ姫がぎこちない様子で頷く。
今の状況を手っ取り早く説明するにはコレを見てもらった方がいいだろうと、私は今朝ニコラスから回収したシークレットアイを取り出し、ニコラスとハンナさんのやり取りを記録した映像を再生する。
フレデリカ姫は終始、呆然とした表情で映像を見ていた。
「結婚の挨拶に行ったニコラスに持たせたシークレットアイに記録されていた映像です。ニコラスが結婚の挨拶に行くと言い出した時から、もし彼女がハンナさんだった場合、また封印されそうな気はしていたので、事前にそれなりの物を持たせていたんです」
「あの……先程から思っていたのですが、皆さん随分と冷静ですね……?」
私の説明が終わると、フレデリカ姫が戸惑ったように私達を見る。
「取り乱しても解決する問題でもありませんからね。とりあえず、今の私達の課題は、ハンナさんが何か仕掛けてくるであろう結婚式までに時間操作魔法についての対策を講じる事です。他の魔法ならまだどうにかなるでしょうが、アレを使われたらお手上げですからね」
「時間操作魔法は多くの魔術師にとって魅力的なものだからな。しかも、それが可能だという実例があり、それを解析するだけで大きなヒントになる。一から新しい魔法を作るのに比べて、この違いはかなり大きい」
私が質問に答えれば、ジャックがうんうんと頷きながら横から口を挟む。
「僕は魔術に関しては詳しくないので、そもそもそれがどんなにすごい事なのかも、多分、あんまりわかってないんです」
「ハンナの意図はわかりませんが、私だけでなくアンやレーナやクリス……その他関わりのある大勢に危害を加えるつもりなら、それを阻止するだけです」
困ったようにクリスが言い、さも当たり前の事のようにニコラスが言う。
「な、なるほど……」
私達の話を聞いたフレデリカ姫の笑顔はひきつっていた。
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