第96話 レーナは決意した

「レーナさん? レーナさんじゃないですか!」

「いやあ、この前は大変お世話になりまして」

「おかげで一儲けできました~」

 食事処へと着いた私達は人気者だった。


「ちっちゃいネフィーだー! 可愛い!」

「えへーありがとう!」

「ネフィー、この前はありがとね~」

「どういたしましてっ!」


 特にネフィーの人気は相当なもので、店中の人間がわらわらネフィーに挨拶に来たり遠巻きに見ていたりと常に人だかりが出来ているような状態で、更にネフィーがいると聞いて、どんどん店に人がやって来る。

 やがて、ぜひ私達に夕食をおごらせて欲しいという人が何人も現れ、気がつけば私達のテーブルには頼んだ覚えの無い料理が次々と運ばれてきた。


「レーナさん今度ご結婚するそうですな、おめでとうございます!」

「えっ……なんでその話がもうここまで回ってるの?」

 大勢の人達に囲まれながら夕食を食べていると、白い髭を蓄えたお爺さんがニコニコと祝福してきた。


「皆言ってますよ。ブリジッタさんが今、結婚式の準備で張り切っているとか」

「それにしても次の満月の日なんて急ね、私達に出来ることがあったらなんでも言ってちょうだい」

 青年と中年の女の人が私に笑顔で説明とエールを送ってくる。

 しかも日程まで既に割れている。


「コニーさんお久しぶりです! またこの町にいらしたんですね、相変わらずお美しい!」

「まあ、ありがとうございます」

「コニーさん! 今度こそ自分とデートを!」

「すいません、生憎とレーナの結婚準備の手伝いをしに来ているのであまり時間は無いのです」


 コニーちゃんはコニーちゃんでモテていた。

 あざとい仕草と笑顔で相手を惹き付けつつ、さくさくと相手をあしらっていく。


「クリス様! 私モフモフ教に改宗したのです!」

「モフモフ教の教えはすばらしいですわ! 私も入信いたしましたの!」

「そ、そっかあ……うん、でも、僕の一番はレーナだから……」

「一番でなくても、二番にも三番にも可能性がある……モフモフ教の教えは本当に素晴らしいです!」


 一方クリスの元にはモフモフ教に入信した事を申告してくる若い女性が押し寄せていた。

 そして、今までは敵意むき出しだった彼女達がニコニコしながら私に挨拶してくる。

 この反応にはデジャヴを感じずにはいられない。


「アンは、完全な獣人と中途半端な獣人化、どっちが好きなんだ?」

「どっちも好きだよ? 完全にモフモフになるのもいっぱい動けて楽しいし、この猫耳もよく可愛いって言われるよ!」

「アン、俺は、俺は間違っているのだろうか……」


 妙に深刻な様子でジャックがアンナリーザに言う。

 想いの外さっきのニコラスの完全な獣人化より半分獣人の方が良いという主張がこたえているらしい。


「別に間違ってるとは言わないわよ。他の誰がなんと言おうと、好きなら好きでいいじゃない。ただ、他の人の好きも理解できなくていいから許してあげなさいよ」

「そうか……」

 私が横から口を挟めば、ジャックは静かに頷く。


「さすがレーナさん、モフモフに貴賎なし、愛はすべからく尊い、そういうことですね!」

「え」

 先程の私達の話を聞いていたらしい青年が、何か言い出した。


「性癖に貴賎なし……素晴らしいお言葉です……」

「愛は全ての者に許されるべき……全くその通りです」

「そ、それはちょっと、拡大解釈しすぎなんじゃないかしら……?」

 更に横からおじさんやらお嬢さんが感動した様子で話に入ってくるけれど、どんどん私が最初言った言葉から離れていっている気がする。


「「「「レーナ! レーナ! レーナ! レーナ!」」」」

 それから店内は大いに盛り上がり、最終的には店中の人間が肩を組んで私を讃える混沌とした空気が出来上がってしまった。


 ……怖い。

 マジで怖い。

 それからなんとか彼等をこれ以上刺激しないように細心の注意を払った私は、帰宅後大きなため息をついた。


「なんで皆こんなに盛り上がってるのよ……」

「なんというか、熱気がすごかったね……」

 ソファーでだらける私の横で、クリスも同じようにしながら呟く。


「楽しかった!」

「ネフィーお祭り好きー!」

 アンナリーザとネフィーは私とクリスの間に座ってまだはしゃいでいたけれど、正直盛り上がる内容が内容だけに素直に喜べない。


「なぜハンナはレーナだけでなく、家族や親しい人間まで根絶やしにしようとしているのか、今までわからなかったのですが、今日はなんとなくその理由がわかった気がします」

 ニコラスがそう言いながら水を私とクリスに差し出す。


「どういう事?」

「思想ですよ。ハンナは今の帝国を作り上げる上で、一夫一妻制だとか、女性は貞淑であるべきなどの思想を広めて来た訳ですから、それを覆すレーナの思想やそれに感化された人々は彼女にとっては危険な存在なのです」

 尋ねてみれば、思ったよりもそれっぽい答えが返ってきて私は固まる。


「思想……ね、まあ確かにそう考えると、モフモフ教の思想に感化された人間が集まるイベントにわざわざ襲ってくる理由もわかるけれど……」

「だとすると、もし今度の襲撃を退けられたとしても、それで見逃してはもらえないよね……」

「むしろ本気になって潰しに来るでしょうね」


 そうなると、今更ニコラスを差し出しただけでどうなるとも思えないし、最悪の場合、本気で世界を相手に戦う事になりそうだ。

 大事になる前に交渉の場が欲しい。

 だけれど、私が彼女に今後も見逃してもらう代わりに、差し出せるものが見当たらない。

 そもそも、ハンナさんが求めているものもよくわからない。


 ……世界を、支配したいのだろうか。

 だとすると、彼女の望みはもう叶えられているし、完全に私は彼女の理想とする世界を乱す危険分子でしかないので、交渉の余地もなさそうだ。


 だけど……。


 私は自分の膝の上を見る。

 さっきまではしゃいでいたアンナリーザが私の膝の上でぐっすりと寝ている。


「アン寝ちゃった?」

「そうね」

「起こさないように、しー、だね」

 眠ったアンナリーザを覗き込みながら、ネフィーは自分の口の前に枝を指のように一本立てて身体を傾ける。


「ええ。ネフィーはいい子ね」

「でしょっ」

 小声で話し合えば、ネフィーは満足そうに言う。


 私一人だったらともかく、アンや他の人達を巻き込む訳には行かない。

 アンナリーザの寝顔を見ながら、私はなんとしてでも生き残る決意をした。

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