第89話 結婚報告
「大々的に式とか挙げて完全に夫婦って事にしとかないと本当に取り返しの付かない事になりそうで……」
「でも、モフモフ教の教えのせいで、あんまり効果あるかもわからないわよ? それに結婚なんて、教会で誓いを立てて名簿に名前を記入するだけじゃない」
頭を抱えながら言うクリスに、私は首を傾げながら言う。
一応クリスとは前から偽装結婚するという話だったけれど、モフモフ教の教えがかなり広がってしまった今、果たしてそれにどれ程の効果があるのかはわからない。
リッカ嬢もモフモフ教の教えにいたく感銘を受けているようだったし。
「いや、正式な手順を踏むって結構重要だと思うんだけど……名前とか」
「まあ、名乗る名前が変わるっていうのは大きいかもね……」
「その時は、僕がフィオーレ姓になる方向でお願いします……」
「確かにその方が安全よねえ……」
確かに、名前というのは重要な気もする。
クリスの場合、元々女で、更に国から逃れる時に名前を変えているせいで、元々の姓に対して特に執着も無いのも大きいのだろう。
「レーナ、その場合、式はモフモフ教の結婚式、という事になるんですよね?」
「まあ、そうなるわね」
ニコラスの質問に私は頷く。
ここまでモフモフ教が盛り上がってしまった以上、一応教主となっている私の結婚式はモフモフ教のものとしてあげる必要があるだろう。
教会はネフィーを使うとして、問題は今後モフモフ教に改宗するだなんだと言っていた人達がモフモフ教の結婚式を挙げたいと言い出してくるだろう事だ。
そこまでしてしまえば、もう迂闊にモフモフ教自体を無かった事にする事もできない。
…………つらい。
「すばらしい! 是非やりましょう! 出来るだけ早く式を挙げて早く結婚しましょう!」
ニコラスは急に席から立ち上がって私の側にやってくるなり、私の手を握って嬉しそうに言う。
「……随分と乗り気ね?」
確かに式を挙げるというのなら、クリスと並んで私の夫という事になっているニコラスも式に参加する事になるのだろうけれど、なぜ、ニコラスはこんなにノリノリなのか。
「それはそうです。既に一緒に暮らして家族になっているとはいえ、正式にそうなる事はまた違いますから。……ところで、正式に結婚したら私達は新婚という事になるのですよね?」
「そ、そうなるわね……」
「結婚したばかりの新婚家庭に関係ない男が一人いつまでも居座るのはおかしな話ですよね?」
そういうことか。
どうやらニコラスはこの結婚をジャックを追い出す口実にしたいらしい。
それに、モフモフ教なら、重婚も、あらゆる立場の相手との恋愛、結婚が認められているので、私と結婚しても、アンナリーザとも結婚できるというのもあるのだろう。
むしろ、名実共にアンナリーザの父親としての地位を獲得し、今後より堂々とアンナリーザに寄って来る男を排除できる。とか考えてそうだ。
「俺は生身の人間に興味は無い。あるのは獣人だけだ」
「そういう問題ではありません! むしろ、なおさらアンに近づけられません」
「少なくとも、あと十年はそういう心配は無いから安心しろ」
「安心できません!」
「レーナ! やっと目を覚ましたんですって? お店はどこももう通常営業……また増えてる!?」
ジャックとニコラスが言い合っていると、母が驚きの声をあげる。
「あ、母さん、私、結婚するから」
「三人と!?」
「いや、クリスとニコラスと。ジャックはただ町にいる間、宿を貸してるだけだから」
「なんだ、びっくりしちゃったわ~、母さんまたレーナが新しく男を囲い込んだのかと……え、ジャック?」
「そう、獣人化魔術を発明したあのジャックよ」
驚いたように母はジャックを見る。
最近は獣人化する人も増えたせいで、狼男が食卓に座っていても、すぐにジャックとはわからなかったのだろう。
「なっ……アレだけの事をしておいて……!」
「そうは言っても、あの時獣人化された人達も皆もとに戻したし、今はジャックの発明した魔術のおかげでかなり稼がせてもらってるし、町に滞在している間の宿くらい提供したってバチは当たらないでしょ?」
ジャックを指差してわなわなと震える母に私は言う。
「けど、前にジャックはアンちゃんを誘拐したのよ!?」
「あれはアンが勝手に押しかけてただけって事は本人から聞いてるわ。それに、アンも懐いてるし、特に変な事をされた訳でもないし」
「獣人にされてるでしょうが!」
「それは本人の意思だったみたいだし、今も気に入って猫耳生やしてるし、別に良いじゃない」
「……レーナ、今からでもまた獣人になる気はないか」
「無いわ」
私と母の話を黙って聞いていたジャックがキリッとした様子で言ってきたので、私は断る。
モフモフ教だからといって、別に獣人化する義務は無い。
それは例え教主であってもだ。
「お義母様、先程のお話の詳細をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「あらやだお義母様だなんて、うふふ」
一方、ニコラスに先程ジャックについて言っていた事を詳しく聞かれた母はどこか嬉しそうに照れる。
見た目だけならクリスやニコラスは母の好みのど真ん中を撃ち抜いているのせいか、最近は母がクリスやニコラスに甘い気がする。
「ブリジッタさんも僕とニコラスがレーナと結婚する事に関しては大丈夫なんですね」
「まあ、二人共良い子だし、アンちゃんも懐いてるし、あとレーナは一度言い出すと言う事を聞かないから……」
「確かに……」
納得したようにクリスは母の言葉に頷く。
「それにしても結婚なんてめでたいわ! 盛大にお祝いしなくちゃ!」
「………………ええ、そうね」
満面の笑みで私を見る母に、なんともいえない気分になるけれど、結婚の目的を考えると、盛大にしなければ意味がないので頷くしかない。
「え!? レーナ、何か悪いものでも食べたの? あなたこういうの昔から嫌がってたでしょ……?」
驚いたように母が言う。
確かに、私は昔から何かにつけて母が私に可愛らしい服を着せたり、私の進学や妹の予備校入学など、事あるごとにホームパーティーを開いて盛大に私達娘の事を祝いたがるのを煩わしく思っていた。
それは母なりの愛情表現だったのかもしれないけれど、仲の悪い実家へのあてつけや、男がいる時はのろけ、フリーの時は男漁りの口実にされていた感もあったので、嫌だったのだ。
おかげで十四歳になる頃には自分が主役のパーティーなのに一度も顔を出さないなんて事は多々あった。
「僕がお願いしたんです。ちゃんと式を挙げたいって。そうしたらレーナも頷いてくれて……」
「愛の力は人を変えるのね! あの頑固なレーナがこんなに歩みよるなんて! クリス君、ニコラス君も、これからもレーナとアンちゃんの事をよろしくね……!」
クリスの言葉を聞くなり、母は感極まったようにクリスとニコラスに声をかける。
「はい!」
「もちろんです!」
クリスとニコラスはそれぞれ返事をしながら大きく頷く。
「そうと決まればこうしちゃいられないわ! 会社に戻ってコレットと話し合わなくちゃ。盛大な結婚式にするわよ!」
母はそう言うなり元気よく張り切って転移魔法で移動した。
「レーナ、なぜお義母様はあんなに張り切っているのですか?」
母の姿が消えた後、不思議そうにニコラスが尋ねてくる。
「この辺だと、子供の結婚式の費用は全部親が出すのがしきたりなのよ。一応子供の結婚準備をする親に親族や知り合いがカンパしたりするけれど、形としてはそうなるの」
「……僕は天涯孤独の冒険者、ニコラスも身内のいないはぐれドラゴン。つまり、僕達の親の分までブリジッタさんが払うって事!?」
ハッとしたようにクリスは言う。
「そうなるわね。でも、ちゃんと私からもまとまった額をカンパするし、式の打ち合わせは一緒にするから、そこまで懐は痛まないはずよ。クリスも気になるなら適当にギルドの仕事をこなしてカンパしたらいいわ」
「じゃあ、そうしようかな……盛大な結婚式にしたいっていったの僕だし、それなりの額をブリジッタさんに渡さないと」
私が頷いて答えれば、クリスは覚悟を決めたように拳を握る。
「それなら私もクリスの狩に連れて行ってください……ああ、でも式を挙げるならますますミニアさんの所に行かなければ。もし本当に彼女がハンナなら、金を出せとは言いませんが、報告はすべきでしょう」
思い出したようにまたミニアさんに会いに行くとニコラスは言いだした。
「ああ、それならちょっと待って」
今度は特に止めるつもりは無いので、私はストルハウスからある魔法道具を二つ取り出すと、それをニコラスの服の胸ポケットへ入れた。
「ミニアさんの所へ行くのなら、コレを持って行きなさい」
「なんですか? コレは」
「お守りよ」
不思議そうに尋ねてくるニコラスに、私はそう答える。
「ミニアさんの研究室はエルフ教の教会で聞いたらいいわ。アルグレドへはこの時間なら転移魔術師が広場に何人かいると思うから、そこで飛ばしてもらえば良いわ。費用は銀貨一枚もあれば足りるけど、貸しましょうか?」
「いえ、その程度であれば大丈夫です。よくクリスの狩に連れて行ってもらってますので、その時の報酬がありますから」
「そう、じゃあ夕食までには帰ってくるのよ」
「はい。それでは行ってきます」
そう言ってニコラスは玄関から出ると、羽をはやして広場の方まで飛んで行った。
「……帰ってくると思うか?」
「まあ、無理でしょうね」
ニコラスを見送った後、部屋に戻ればジャックがニヤニヤと笑いながら尋ねてくるので、私もため息交じりに答える。
「大丈夫かな、ニコラス……」
クリスは普通に心配そうだった。
そしてその日、案の定ニコラスは帰ってこなかった。
使役術式に組み込まれている紋を使っての召喚も試してみたけれど出来ない。
つまり、ニコラスは召喚魔法対策をされた場所にいる事になる。
かかった! とその瞬間、私は小躍りしたい気分になる。
その日の夜、私は内心ウキウキしながらベッドに潜った。
明日、ニコラスを迎えに行くのが今から楽しみだ。
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