第9章 破滅の歌が聞こえてくるよ♪
第88話 可能性
気がつくと私はふわふわで温かい何かに包まれていた。
毛布と言うよりは毛皮のような、温かさ。
呼吸も聞こえてくる。
アンナリーザがまた布団に潜ってきたのだろうと思ってその毛並みに手を滑らせて、私は違和感を憶える。
なんだか、妙に大きいような……。
不思議に思って目を開ければ、そこには気持ち良さそうに寝息をたてるジャックがいた。
しかも、なぜか上半身裸で仰向けに寝ているジャックに抱きつくような形で寝ていた事に気づく。
「!?!?」
慌てて身体を起こせば、背後から私の腰に回されている腕があり、振り向けばクリスが私に抱きつきながらうなされた様子で眠っている。
途端に割れるような頭痛と吐き気に襲われた。
だめだ、完全に二日酔いだ。
どうやら昨日、皆を転移魔法で私の寝室のベッドにまとめて運んで、そのまま眠ってしまっていたようだ。
そして、私の足元には大きな毛玉のような何かが寝息を立てている。
なんだろうと思って反対側に回って覗き込んでみれば、長毛種の巨大な犬だとわかった。
そしてその犬の腹辺りにアンナリーザとネフィーが犬の毛にうまりながら眠っている。
「あ、レーナ起きたのー?」
アンナリーザと一緒に寝ていたと思ったネフィーは、私が近づくと眠っていた顔の表情を変えて私に話しかけてきた。
「ええ……ネフィー、一応聞くけどこの大きな犬って……」
「ニコだよ! とってもモフモフだよ!」
「ああ、やっぱり……」
そんな会話をしていると、ネフィーの元気な声に起こされたのか、ニコラスやアンナリーザがもぞもぞし始め、ジャックとクリスも気だるげに身体を起こし始めた。
「うう……頭痛い」
かすれた声でクリスが呟く。
「とりあえずこれ飲みなさい。少しは楽になるから」
私は販売用に作った二日酔いの薬を四人分ストルハウスから出すと、クリス、ジャック、ニコラスに配り、残った一本を飲んで一息つく。
私を含めて大人達は全員二日酔いなのか恐ろしくテンションが低い。
「ママ、おはよう! 今日から学校が始まるから早く朝ごはんの準備しよ!」
「ネフィーもお手伝いするー!」
一方、アンナリーザとネフィーは朝から元気いっぱいだ。
…………ん?
「えっ、学校、今日からなの……?」
「そうだよ! 昨日私がそう言ったらママ、じゃあ早く帰って寝なきゃって言って転移魔法で新しいベッドに移動した後、睡眠魔法使ったんだよ?」
憶えてないの? と小首を傾げるアンナリーザに居たたまれなくなった私は、ベッドから降りて立ち上がる。
「さて、じゃあ朝ごはんの準備しましょうか!」
「うん、昨日お店の人にいっぱい作ってもらったもんね!」
「ネフィーちゃんと保管してるよ!」
「……うん?」
また身に覚えの無い出来事に私は首を傾げる。
「えっと、ネフィーは何を保管してるの?」
「朝ごはん!」
「昨日、お店の人もう帰るって言ったら持たせてくれたやつだよ! 朝ごはんにするっていってたでしょ」
そうだったっけ? と私は思いつつ、私達はリビングへと向かう。
ネフィーとアンナリーザに言われるがままにテーブルの上にストルハウスに収納されていた品々を取り出せば、料理と一緒にメッセージカードが一緒に出てきた。
『親愛なるレーナ・フィオーレ様
レーナさんにネフィーの魔力を無償提供していただいたおかげで店を三日と空けず再開する事が出来ました。
魔物が発生した際は私も家族でネフィーの中に避難させてもらいました。
魔物を倒した直後、ご自身が辛い状態にも関わらず、娘の怪我も優先的に治療していただきました。
本当に何から何までありがとうございました。
心からの感謝を込めて。 レストラン黄昏(たそがれ)店主 オネスト・カルリ』
とても丁寧な文字で綴られた感謝の言葉に、嬉しくなると同時に、当時は完全に保身の為に動いていていっぱいいっぱいだったせいで、こんなに感謝されているのに誰の事だか顔も思い出せない自分に少し罪悪感を覚える。
オネストさんが真心かけてつくってくれたのであろう朝食は、朝食にしてはかなり豪華だったけれど、とても美味しかった。
「ニコラス、ところであなた昨日、ミニアさんに前どこかで会った事ないか聞いてたわね」
アンナリーザが朝食を食べ終え、ネフィーと学校に向かって部屋が急に静かになると、私はニコラスに昨日聞き忘れたミニアさん関係の事を尋ねる事にした。
クリスはリッカ嬢の招待をフレデリカ皇女と確信しているので話が早いけれど、ニコラスの場合、まずミニアさんがエルフ教で古代魔法を研究している魔術師としか認識していない気がする。
「ええ、なぜだか前に会ったような気がするのですが、もしかしたら他人の空似かもしれません。きっと私の知り合いに似ていたのでしょう」
「それ、前に私に話してくれたハンナさんじゃない?」
「ハンナ……言われてみれば少し雰囲気が似ているような気もしますが、そういえば、彼女はどんな顔だったでしょうか……」
「……結論から言うと、私はミニアさんの正体はハンナさんなんじゃないかと思ってるわ」
「つまり、ハンナがエルフに化けてエルフ教で古代魔法を研究していると?」
「ええ」
怪訝そうな顔で尋ねてくるニコラスに、私は頷く。
「しかし、現在古代魔法と呼ばれているものは、七百年前既にハンナ自身が使いこなしていたものですよ?」
だとしたら、なぜ今になってそんな研究をするのかとニコラスは言う。
「……ところでニコラス、七百年前にはミニアさんが使っていたような時間を操作する魔法はあった?」
「いえ、当時私はハンナと世界中を周りましたが、そんなもの見た事も聞いた事もありません。もしあったとしたら、私が封印された後に開発された魔法じゃないでしょうか」
「その時間操作魔法をハンナさん本人が編み出したとしたらどうかしら? そうすれば、ニコラスが七百年間時を止められた状態で凍らされていたのも説明が付くと思うの」
「はあ……だとして、ハンナは何がしたいのです?」
私が考えを話せば、ニコラスは話半分という様子だったけれど、続きを促してくる。
「そこまではわからないけれど、もし彼女が完全に時間を操作する事が出来るのなら、帝国の建国神話やこの七百年でニコラスの言うように世界が大きく変わったのも、全て彼女の仕業と考えれば納得できるのよ」
「突然話が大きくなりましたね」
急にスケールの大きくなった話に、ニコラスはにわかには信じられないと言うけれど、時間操作魔法にはそれだけの事をやってのけるだけの可能性がある。
その気になれば歴史や世界その物を変える事だってできるだろう。
「エルフ教の人達は皆遺伝子操作魔法でエルフの姿になっているけれど、元となる遺伝子サンプルが現存してる獣人ならともかく、物語の中だけの存在のエルフを遺伝子操作で作るなんて、不可能とは言わないけれど、そう簡単にできる事じゃないわ。一から遺伝子をデザインするようなものだもの……七百年前はエルフも実在したのよね?」
「つまり、そのハンナとやらは時間操作魔法を駆使して本物のエルフの遺伝子サンプルをかなり状態の良いまま持っているということか。もしそうなら大幅に研究期間を短縮できるだろうな」
ジャックが横から私の言わんとしている事を言い当てる。
やはり遺伝子関係の魔術に関してジャックは鋭い。
「前にニコラスは、七百年前は人型の種族が人間以外にも沢山いたって言ったわよね? それがどういう訳か今では人間しか残っていないけれど、例えば消えた人達もニコラスと同じように時を止める魔法で凍らされていたとしたら?」
「仮にそうだとして、ハンナにそうする事が可能だったとして、そんな事をする理由がわかりません」
「……そうね。だからこの話は一旦置いといて、もし、ミニアさんがハンナさんだったとしたら、ニコラスはどうする? どうしたい?」
随分前置きが長くなってしまったけれど、やっと私は本題に入る。
「どうしたい、とは?」
「また一緒に暮らしたいとか一緒に冒険したいとか……ニコラスを封印したのはハンナさんみたいだけど、ニコラスは別にハンナさんの事を恨んでいる訳ではないんでしょう?」
そう、ニコラスはある日突然氷付けにされて、その後七百年間封印される事になったというのに、その犯人であるハンナさんに対して、悪い感情を持っている訳ではないようなのだ。
だったらもう、兄妹でも親子でも夫婦でもいいからハンナさんとニコラスがまた暮らすようになってくれれば、色々と私も安心できる。
「そうですね。あの日ハンナが私を封印していなければ、その七百年後に生まれるアンとも出会えなかったでしょうし、今は楽しくやれているので特に憎いとは思ってませんね」
「じゃあ……」
「もし、ハンナが今私の前に現れたとして、また交友を結ぶことはやぶさかではありません。今の暮らしを捨ててまた一緒に暮らしたいとは思いませんが、共に冒険するのは楽しそうですね」
「あー、うん、なるほど」
なんとなく、ニコラスがこんな返事をしてくる事は予想していた。
ハンナさんの事は嫌いではないようだけれど、みすみすアンナリーザとの暮らしを捨ててまで一緒に暮らしたいとは思わないのだろう。
「けれど、そういわれると段々ミニアさんの正体がハンナなのか、他人の空似なのか気になってきました……。ちょっと今から行って確かめてきます」
話はそれからです。とニコラスは立ち上がる。
「待ちなさいニコラス! それはそれで色々まずいから! とりあえず今は待ちなさい! 動くのはこの話し合いが終わってからにして!」
「わかりました。まだ何かあるのですか?」
慌てて私が止めれば、ニコラスは案外素直にまた席に座りなおした。
「ええ、まだクリスの話が残ってるわ」
私も席に座りなおし、先程から腕を組んで黙り込んでいるクリスに視線をうつす。
ジャックがいるからリッカ嬢の正体はまだ明かせないにしても、今クリスが彼女に狙われている事は話しておくべきだろう。
明らかにこれまでのクリスのファンとは毛色が違いすぎる。
「……レーナ、僕考えたんだけどさ、結婚しよう」
クリスが深刻そうな顔で切り出す。
まさかこんなシリアスな雰囲気でプロポーズされる日が来るとは思わなかった。
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