第90話 お迎え

「ニコ、まだ帰ってきてないの……?」

 ニコラスがミニアさんのもとへ向かった翌日の朝、朝食を食べ終えたアンナリーザが不満そうに言いだした。


「そうね。でも、今日はこれから私達で迎えに行くから大丈夫よ」

「じゃあ私もお迎え行く!」

 クリスと朝食の片づけをしていると、アンナリーザがここぞとばかりに食いついてくる。


「ネフィーも行くー!」

 アンナリーザに続いてネフィーも宣言する。

 ネフィーには魔力が足りなくなった時の為についてきてもらった方が助かるけれど……。


「アンは学校に行きなさい」

「今日は学校お休みの日だもん」

「え」


 アンナリーザの言葉に私は暦を確認する。

 確かに今日は六日に一回の休校日だ。


「ママとクリスとニコは結婚するんだよね?」

「そ、そうね……」

「ニコは親代わりだった幼馴染に結婚の挨拶に行ったんだよね?」

「ええ……」

 アンナリーザは真剣な顔つきで私に言う。


「そんなもの許さん! って言われてニコが閉じ込められてるかもしれないでしょ! だから私も行ってちゃんとニコを私のパパにくださいって説得するの」

「さてはまた小説に影響されてるわね……」


 意気込むアンナリーザに私はため息をつく。

 そういえば、昨日アンナリーザが夕食前に読んでいた本のタイトルは確か、『リリーの結婚』……クリスとニコラスと結婚すると報告したら、妙にテンションが上がっていた原因はコレか。


「まあ、あながち間違ってはいないな」

 それまでジャック大人しく私達のやり取りを聞いていたジャックがニヤニヤしながら言ってくる。


「父親に結婚を反対されて塔に閉じ込められたリリーをロランが娘さんを僕にくださいって言って討ち入りするみたいにママもするんでしょ?」

 なぜかワクワクした様子でアンナリーザが言ってくる。


「しないわよ……多分……」

「状況的に、絶対に無いとも言い切れないけどね……」

 横でクリスが困ったように笑う。


 私は気を取り直して魔術印の刻まれた小さな赤い半球の魔術道具を取り出し、それに魔力を込める。

 私がニコラスに渡したのはニコラスの居場所を知らせる魔石と、ニコラスの目の前で起こったことを記録する魔法道具の二つだ。

 前者は半球体の赤い石、後者はコイン形の石に目玉の目があしらわれた見た目をしている。


 魔法印を刻み込んだ赤い石はマグネットストーンと呼ばれ、球体から割った片割れの同じ魔法印を持つ石と引かれ合い、魔術印を刻んだ術者が魔力を込めれば、魔力で繋がる光の糸が現れる。

 魔力の糸は細ければ遠く、距離が近くなる程太くなり、多くの魔力を注ぐ事でかなり離れた場所でも半球同士を繋ぐ糸を出現させられるのだ。


 けれど、私の右手の中にあるマグネットストーンは魔力を込めても全く何の反応も示さない。

「やっぱり離れ過ぎていて反応しないわね……ネフィー、ちょっと良いかしら?」

「なーに?」


 呼ばれて寄って来たネフィーを左腕で抱きかかえた私は、ネフィーの力を借りてもう一度マグネットストーンに魔力を加える。

 するとたちまちマグネットストーンは眩い光を放ちながら細い糸のような光が西の方角を指し示した。


「やっぱり方角的にも距離的にもアルグレドかしらね……」

 早速私は転移魔法で移動する為に皆を呼び寄せる。


「あれ、ジャックも来るの?」

「ああ、何しろ、世界を変えうる大魔法の片鱗をこの眼で見られるかもしれないからな」

 当然のように私のもとへやってくるジャックにクリスが尋ねれば、ニヤリと笑いながらジャックが答える。


 解析班は多い方が助かるので、昨日の夜、私が声をかければ、ジャックは二つ返事でニコラスの救助に同行してくれる事になったのだ。

 長年多くの魔術師が研究に挑み、未だ誰一人として成し得ていない時間操作魔法、それを既に完成させた存在がいて、その業の一端を直接見られるなんて機会は早々無い。


 アルグレドに移動した私達は、マグネットストーンの指し示す光を頼りに町の外の荒野へと向かう。

「どうやらここみたいね」

 ストルハウスから出した絨毯に飛行魔法をかけて四人と一株で荒野を進んでいけば、マグネットストーンの光は何も無いある一点に吸い込まれて消えている。


 地面に降り立てば、周りに地面と空だけしかない空間のある一点をマグネットストーンが指し示す。

 私がマグネットストーンを持ってその空間に近づけば、次の瞬間私は先程立っていたアンナリーザ達のいる地点からかなり進んだ場所へと飛ばされてしまった。

 もう一度来た方向へ一歩踏み出せば、十歩程の距離を一瞬で進んで元いた地点へと戻る。


「転移魔法を応用した結界の一種なのだろうが、こうしてマグネットストーンで位置を当てられてしまうとどうしようもないな」

「そうなの?」

 やれやれと笑いながらジャックが言えば、アンナリーザが不思議そうにジャックに尋ねる。


「簡単に言うと転移魔法を周囲に張って、中に入ろうとしても入れないようにしているんだ。外側は幻惑魔法で覆っているからわからないし、こんな何も無い場所だと偶然通り過ぎても気づく人間なんてまずいないだろう」

「でもそれじゃあ、どうやってニコを助けるの?」

 結界についてジャックが説明すれば、アンナリーザは不安そうな顔でジャックを見上げる。


「そうだ! ネフィー砲する?」

「ネフィー砲は最悪中にいるニコラスごと吹っ飛んじゃうかもしれないからやめようか」

「そっかあ……」

 横でネフィーが良いことを思いついたとばかりに言い出したけれど、すぐにクリスに止められて残念そうに しょぼんとネフィーは俯く。


「大丈夫、この手の結界の壊し方は心得てるわ……じゃあちょっと皆下がってくれるかしら」

「時間操作魔法の痕跡が残っているかもしれないんだから、あまりやりすぎるなよ……」

「言われなくてもわかっているわ」


 ジャックの言葉に少しムッとしつつ、私はアンナリーザ達が十分安全な距離を取ったのを確認して、目の前の結界が張られていると思われる部分を大規模な土魔法で攻撃した。

 大地に轟音が響き、地面が割れあちこちが不揃いに隆起する。


 すると私達の目の前に魔法陣のような物が描かれた残骸や、人型のニコラスを閉じ込めた巨大な氷が現れた。


「わー! ママすごーい! 地面が割れてグチャグチャになっちゃった!」

 飛行魔法で私の元まで飛んできたアンナリーザが私に抱きつきながら言う。


「足元の地面まで転移型の結界魔法で囲うと、重力に引っ張られてそのまま下の地面に沈んでしまうから、地面だけは無防備にならざるを得ないの。だからこの手の結界は足場から崩せば簡単に破れるのよ」

 説明しながら私は目の前の巨大な氷……のような物を見上げる。


 人型のニコラスを凍らせるだけなら過剰包装と言いたくなる程の大きさだけれど、雪山でもなんでもない、むしろ暑いくらいの場所にそのまま放置されている事を考えると、本当に氷かどうかもわからない。

「まずはこの氷を調べないといけないわね……」

 私がそう呟いた直後、すぐ隣で元気なアンナリーザの声がした。


「ヘル・ファイアー!」

 以前、見た時よりも更に大きな火柱が私の目の前の氷を包み込む。

 アンナリーザの胸にある、以前私がつくってあげた魔法石が光っている所を見ると、貯めた魔力を上乗せしているのだろうけれど、それでもこの年でこれだけの威力の魔法を扱えるようになるなんて……。

 私は娘の成長に密かに感動した。


「あれ!? 全然溶けてない!」

 けれど、やはり目の前のアレは氷のようではあるけれど氷ではなかったようで、アンナリーザの魔法ではびくともしなかった。

 軽く湯気をあげてはいるけれど、全く溶ける気配はない。

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