第85話 ミニアさん
「一体何をやっているの?」
「ああ、レーナさんお久しぶりです。レーナさんとネフライトに会いにきたのですが、お忙しいようなのでここでお待ちしていたんです」
近づいて私が話しかければ、ルチルさんはこちらを振り返り、ニコニコと答える。
「彼はレーナさんのご友人で、獣人化魔術を考案した魔術師だそうなので、少しお話をお聞きしていたのです」
「俺の望みは獣人化魔術を広く世に伝えることだからな。知りたいという人間には喜んで教えるさ」
ルチルさんの言葉を捕捉するようにラピスさんが言えば、話を聞かれていたというジャックがどこか得意気に答える。
「それにしても、この町ではすっかりモフモフ教が根付いているのですね」
「根付いているというか、なんというか……」
感心した様子で言うルチルさんに、どう答えたらいいものかと私は言葉を濁す。
「ネフライトも町の人達から愛されているようで安心しました」
「うん! ネフィーは人気者なんだよっ」
「ネフィーの歌も作ってもらったんだよ!」
ルチルさんがネフィーを抱えたアンナリーザにしゃがんで目線を合わせながら言えば、アンナリーザとネフィーが元気に答える。
「まあ、それはとっても素敵ね。是非聞いてみたいわ」
「私も聞きたい! さっきお迎えに行った時に歌ってた歌でしょ?」
「そうだよ! じゃあ歌うねっ」
優しく微笑みながらルチルさんが言えば、アンナリーザも歌を聞きたいと言い、ネフィーは上機嫌に先程の歌を歌いだした。
西の町アルグレドからやって来た
可愛いトレント それがネフィー
モフモフ教の教会だ
ちっちゃいけれど ホントは大きい それがネフィー
遊ぶの大好き それがネフィー
ある日大きな虫がやって来た
みんなを助ける それがネフィー
ネフィー砲で撃退だ
強いけれど とっても優しい それがネフィー
みんなの友達 それがネフィー
「最初は音楽だけだったんだけど、それを聴いてた子達がこの歌詞をつけてくれたんだよっ」
「そうなんだ、私、この歌好き!」
「ネフィーも好きー……ルチル、どうして泣いてるの?」
楽しそうに話すネフィーとアンナリーザが話す中、ネフィーの言葉に目を移せば、ルチルさんがなぜかさめざめと泣いていた。
「いえ、ネフライトがここまで皆に愛されて幸せそうに暮らしているのが嬉しくて……」
ハンカチで涙を押さえるルチルさん。
よくみれば後ろのラピスさんも空を仰いで目頭を押さえている。
「あの、今日は何か私に用があったのでは?」
このままでは話が脱線しそうだったので、私は話を戻す。
「ああ、そうでした。レーナさん、ニコラスさん、静かな場所でお話をしたいのですが、少しお時間を頂いても?」
「私ですか?」
思い出したようにルチルさんが言い、突然指名されたニコラスは不思議そうに首を傾げる。
「ええ、存在が伝説でしか確認されない黒竜、そのお話を是非聞きたいと思いまして」
そう言ってルチルさんの後ろから現れたのは、二十代半ばくらいに見える、黒い髪に尖った耳をした女の人だった。
「初めまして、私、エルフ教で古代魔術の研究をしています、ミニアと申します。」
「…………失礼ですが、どこかで私と会った事はありませんか?」
「いいえ? もし以前にあなたと会った事があるなら、私は黒竜のあなたを放っておきません」
「そうですか、ではきっと他人の空似なのでしょう」
笑顔で挨拶するミニアさんにニコラスは初め不思議そうな顔をしたけれど、すぐに笑顔で挨拶を返した。
場所は近所の個室の飲食店でする事になり、ミニアさんがニコラスから色々と昔の話を聞きたいとの事だったので、少し時間がかかりそうだ。
「じゃあ、ママとニコ、またどっかいっちゃうの?」
「そうね。まあ、遅くても暗くなる頃には戻るわ。クリス、そういう訳だから、後はよろしくね」
私のスカートの裾を握って不満そうに言うアンナリーザの頭を撫でながら、私はクリスに言う。
「うん、でもレーナ、出来るだけ早く帰ってきてね」
「……努力するわ」
クリスは私の手を握ってそう言うけれど、手を握る力がかなり強い。
さっきのリッカ嬢との会談で、そうとう精神が削られているようだ。
「私も行く」
「アンナリーザ、ちょっと両手を手を出してみて」
また私達に付いてこようとするアンナリーザに言う。
「なに?」
不思議そうにアンナリーザが私の前に両手を出すと、私は財布の中から小銅貨と中銅貨を合わせて二十枚ほどアンナリーザの手の上に乗せる。
これだけあれば、好きな屋台を回って十分に遊び回れるだろう。
「お小遣いよ。ジャックに会うのも久しぶりでしょう? 今日はいっぱいお祭りを楽しんできなさい」
「わあっ、ママありがとう! ジャックー、あっちで飴細工のお店やってたから見に行こうっ!」
アンナリーザは目を輝かせて、嬉しそうにジャックのもとへと走っていった。
とりあえず、アンナリーザの興味がジャックに逸れてくれてよかった。
「レーナ! なんという事をっ」
一方、ニコラスはワナワナと震えながら私に抗議してくる。
「心配しなくてもアンナリーザはジャックの趣味から外れてるし大丈夫よ……あと十年したらわからないけど」
「そんな! 十年なんて一瞬ですよ」
「一瞬だとしても、少なくともそれは今じゃないわ。ほら行くわよ」
「くっ……わかりました……」
私が腕を引けば、渋々としながらもニコラスは頷いた。
「……随分とレーナさんの娘さんを気にかけているのですね?」
転移魔法でルチルさん達が予約していたという店に移動して個室に案内され、挨拶もそこそこに一息ついたところで、ミニアさんがニコラスに言った。
「ええ、アンはすぐになんにでも興味を持って突進してしまうので心配なのです。まあそこが可愛くもあるのですが……」
「確か、アンナリーザちゃんはニコラスさんの直接の娘さんではありませんよね」
「血は繋がっていなくても、アンは私の家族ですし、私の未来でもあります」
「……使い魔にされて自由を奪われてもなお、恨むでもなく、あまつさえ彼女の娘を心から大切にできる程、そんなにレーナさんが好きなのですか」
デレデレと嬉しそうにアンナリーザの事を語るニコラスに、ミニアさんが不思議そうに尋ねる。
……そうか、第三者から見るとそう見えるのか。
「はて? そもそも私はレーナの使い魔になったからといって別段自由を奪われたとは感じていませんが。家族や今の暮らしを与えられて、感謝しこそすれレーナを恨む理由が見当たりませんが……」
「なっ……嘘も言っていなければ洗脳魔法もかけられていない……?」
キョトンとするニコラスに、ミニアさんは首から下げたルーペで私とニコラスを交互に見ながら驚きの声をあげる。
おそらく、アレは魔術の反応や相手を取り巻くオーラなどで相手の精神状態を見るものだろう。
ミニアさんは、どうやって私が黒竜を手懐けたのか気になるのかもしれない、と以前ローレッタに呼び出された時の事を思い出す。
「なぜ嘘をつく必要があるのです? 私は私の意志でレーナの使い魔になったのです」
「失礼しました、伝承では黒竜はドラゴンの中でも特に気位が高く排他的だったとありましたので……」
不思議そうにするニコラスにミニアさんが答える。
「確かに私の生まれた村ではそういったきらいがありましたが、私は子供の頃に村を出たのであまり当てはまらないのかもしれません」
「そうでしたか……ニコラスさんは、なぜ黒竜の村を出たのですか?」
興味深そうにミニアさんは続きを促す。
「幼馴染に誘われたから、ですね。私も外の世界に興味はありましたが、大人達は頑なに私達が村の外に出る事を禁じていたので」
「その幼馴染は、今は何を?」
「わかりません。私はある日氷付けにされて、目が覚めたら七百年経っていましたので。彼女が今何をしているかまでは……」
「……ニコラスさんは、その幼馴染の彼女に七百年も氷付けにされる理由に心当たりはありますか?」
「いえ全く」
「そうですか……それにしても、相手を生かしたまま七百年も凍らせる古代魔法、とても興味深いです」
二人の会話を聞いていて、私はあれ? と首を傾げた。
ニコラスは別に自分を氷付けにした犯人が幼馴染だとは言っていないのに、なぜミニアさんは犯人がわかったのだろう。
なんだか、ついさっきも似たような事があったような……。
…………………………。
いやいやいや、流石にそう何度もあんな事がある訳がない。
きっと話を聞きながら詳細を想像していてそれが当たっただけだろう。
そうに違いない。
私はそう自分に言い聞かせた。
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