第84話 入信希望者あり
「でも、レーナさんはそちらのニコラスさんとも、夫婦関係なんですわよね……?」
「ええっと……」
リッカ嬢は、涙を拭った後、不可解なものを見るような目で私を見てくる。
それに関しては、なんと言ったものか……。
「うん! ニコとクリスは私のパパだけど、ママの一番は私なんだよ!」
直後、アンナリーザは砂糖菓子片手に元気に答える。
「レーナは私を孤独な世界から救い出してくれた恩人です。そして、クリスも私を家族として迎えてくれました」
「ニコはとても頼りになりますし、とても誠実で優しい、信頼に足るドラゴンなんですよ」
ニコラスとクリスが、何かそれっぽい事を言ってくれるけれど、これはフォローになるのだろうか……?
「クリスー、ネフィーはー?」
「うん、ネフィーもとっても頼りになるトレントだよ」
「えへへーいっぱい頼っていいよ!」
ネフィーの質問に、クリスが答えれば、ネフィーはクリスの膝の上で嬉しそうに胸を張る。
「えっと、随分ご家族の仲がよろしいんですね……?」
「ええ、まあ……」
困惑した様子のリッカ嬢に、私もなんと答えたらいいかわからない。
「この家の家長はレーナですから、レーナの決めた事なら、我々がどうこういう事ではありませんし、実際そのおかげで楽しくやれています」
ニコラスが、何かそれっぽい事を言ってまとめようとしてくる。
さっきはジャックに反発していたが、どうやらアンナリーザを膝の上に乗せて機嫌が直ったようだ。
「ク、クリスさんはそれでいいんですか……?」
「レーナを守る事と、ニコも家族に加わる事は相反する事ではありませんし、むしろ、僕に万が一何かあった時の事を考えると、ニコがいてくれた方が安心なんです。今はアンやネフィーもいますし」
呆然とした様子のリッカ嬢の問いに、クリスは穏やかな笑顔で答える。
あ、この顔は、とりあえずいい話ぽい感じにしてさっさと話を切り上げたい時の顔だ。
クリスは女の子に言い寄られて私を理由にふる時、大体こんな感じの顔をする。
穏やかな顔でパートナーへの絶対の信頼を見せ付けると、大体相手はあきらめていくからだと、前にクリスが言っていた。
「そう、だったのですね。他者への寛容、相手への揺るがない愛情と信頼、それこそが、モフモフ教の真髄なのですね……」
「そこまで大それたものではないと思うけれど……」
どこか感動した様子でリッカ嬢が言う。
というか、結局モフモフ教に帰結するのか。
夜逃げしても逃げ切れるだろうか。
「……例えば私が、初恋の人にそっくりだったクリスさんに一目惚れしてしまったとして、クリスさんと結婚したいと言い出したとして、一般的に考えれば妻子ある人間への横恋慕なんて許される事ではありませんが、モフモフ教ではこれをどうとらえますか?」
「えっ……」
例えば、と言っているけれど、例え話に聞こえない。
そしてクリスが明らかに動揺している。
「……モフモフ教というか、私個人の意見としては、別にクリスがリッカさんの事を好きになって、両思いだというのなら、別にいいんじゃないかしら?」
「レーナ!?」
私が答えれば、慌てたようにクリスが私の方を見る。
少し落ち着いて欲しい。
「だけど、相手にその気が無かったり、嫌がる相手に無理矢理、なんて事は良くないわよね? だから、もしそうなったら、その時は私がクリスを守るわ。だって家族って助け合いでしょう?」
つまり、クリスが嫌だといえばそれで終わる話だ。
「なる程……確かに筋の通った意見です。だからこそあなたはこんなにも多くの人を惹き付けるのでしょうね。レーナさん、私、あなたのお話をもっとお側で聞きたくなっちゃいました! これからたまにレーナさんのお話を聞きに尋ねさせていただいてもいいでしょうか!?」
しかし、リッカ嬢はなんだか興奮した様子で私達とリッカ嬢と学長の間にある机に身を乗り出す。
……この反応は、やはりクリスの言うように例の皇女様かもしれない。
「リッカ、レーナと友達になるのー? じゃあ、ネフィーとも遊ぶ?」
一方ネフィーはのん気にリッカ嬢に話しかける。
「まあ、ぜひよろしくお願いしますね」
「あ、ずるい、私も一緒に遊ぶー」
そして、アンナリーザもそれに釣られて声をあげる。
「嬉しいっ! アンナリーザちゃんもよろしくお願いしますねっ」
「うん! アンでいいよ!」
ニコニコしながらリッカ嬢はアンナリーザとネフィーと握手を交わす。
なるほど、まずはクリスの周りの家族から落としに来た訳か。
まあ、向こうから見たら、屋上から飛び下りる程好きだった初恋のお姉さまにそっくりの人物、しかも男だ。
身分の差などは問題はあれど、まだ初恋のお姉さまよりは現実的に結婚可能な相手だと判断したのだろう。
チラリと私がクリスの方を見れば、すっかり魂が抜けかかっていた。
そうして、なんとか私達が広場に戻った頃、そこにはなぜかエルフ教の人間に取り囲まれているジャックの姿があった。
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