第74話 不穏な気配
しまった、空中に投げ出されながら私は思った。
魔法陣の描かれた地面の下に、何かしらの衝撃が伝わったらその周囲のもの全てを弾き飛ばすような魔法陣でも描かれていたのだろう。
爆発の衝撃でニコラスの背中から空中に投げ出されながら私は思う。
眼下では成人男性の身長位はありそうな体長の大量のクモ達が蠢いている。
ニコラスとはかなり離れてしまった状態で、落下していく時間が、妙にゆっくりに感じられた。
もうダメかもしれない。
最悪の結末への予感が強まる中で、私は視界の端で魔法石周りにある三つの魔法陣のうち一つの光が消えているのを見た。
ニコラスのしっぽが初手で魔術封じの魔法陣を一部削っていたらしい。
多分、もう魔法は使えるはず。
だけど、そんなすぐには消費された魔力は戻らない。
「ニコラス!!!!」
ありったけの声で叫ぶ。
出てきた声は自分のものとは思えないような甲高い悲鳴だった。
地面が目前に迫ってきたギリギリのタイミングで私は真下にいたクモの上に今あるありったけの力で風魔法をぶつける。
クモの頭が潰れて、その上に私は着地する。
おしりは打ったけど大した怪我はない。
スカート部分は確実にクモの体液で汚れているだろうけれど。
先程の衝撃でひしめき合いながら町に向かって移動していたクモ達が一瞬、私の着地した場所から遠ざかった。
けれど、それは本当に一瞬で、すぐにクモ達が食事発見とばかりに寄ってくる。
まだ戦える程の魔力なんて回復してないと辺りを見回してニコラスを探せば、結構離れた所にいた。
こちらに向かって飛んできているようだけど、クモ達はもう私の目の前に迫っている。
こんな所で……!
いつもならこんな魔物達一瞬で蹴散らせるのに。
いよいよクモの前足が私に触れようとした時、目の前のクモ達は凍りついた。
「レーナ!」
直後、頭上からニコラスの声が聞えたかと思えば、私はしっぽにすくい上げられて再びニコラスの背中に乗せられた。
「怪我はありませんかレーナ」
「遅いのよ、まったく…………助かったわ」
下を見れば、凍りついたクモ達の周りを避けるように新たに召喚されたクモ達が通っていく。
身体中に嫌な汗が噴出して心臓がうるさいくらいにドクドクと存在を主張する。
本当に危なかった。
もしニコラスのしっぽが最初に地面についた時、魔術封じ用の魔法陣の要を都合よく削り取っていなければ、私はまともに着地もできずにクモ達の餌になっていただろう。
「多分、魔法石や魔法陣がある下に何かしらの衝撃を受けたらその原因となったものを弾き飛ばす魔法陣があって、その上に土を盛って今の魔法石と魔法陣を設置したのね」
「……その場合、私達はどうしたらいいのでしょう。レーナもまだ存分に魔力が回復していないようですし、私も氷結魔法は今ので打ち止めです。それに回復を待っている間にも魔物はずっと召喚され続けてしまいます」
「さっきはあの仕掛けがわからなかったからこうなってしまったけれど、わかってるのならなんて事はないわ。大き目の岩でも投げつけて、あの召喚用の魔法陣を壊してしまえばいいのよ」
「しかしレーナ、この辺は見晴らしのいい草原で手頃な岩は無いのですが」
ニコラスは辺りを見回しながら言う。
「あら、投げられそうな物なら私達のすぐ下にあるじゃない」
「……なるほど」
私が言えば、ニコラスは静かに頷く。
足元の氷付けになっているクモ達を、適当な大きさに砕いて魔法陣に投げつければいい。
「魔物が外に出たら大変だから、結界の魔法陣と魔法石には当たらないように気をつけてね」
「わかりました」
そう言ってニコラスはクモ達が氷付けにされた塊をしっぽで適当な大きさに砕き、その氷を次々とクモが召喚されて来る魔法陣に向かって投げつける。
すると、ニコラスが投げた氷のつぶてはものすごい勢いで上空に弾き飛ばされたけれど、魔法陣の形を崩す事には成功したようで、クモの召喚は止まった。
「魔術封じの魔法陣は効果範囲を囲んだ全ての魔法陣が揃って初めて発動するタイプだったけれど、魔物を召喚していた物は個別で発動する物よ。これ以上町に魔物を増やさないためにも、町の周りの魔法陣を潰していきましょう」
「そうですね。ではこの場所を基点として、右回りに進んで行って魔法陣をつぶす事としましょう……ところでレーナ、帰ったらアンに私の活躍を伝えてくださいね」
「それはニコラスの働き次第ね」
こうして私達はしばらく軽口を言い合いながら魔物が召喚される魔法陣を潰して回った。
移動しているうちに多少は回復した魔力でニコラスが適当に単体で行動している魔物を凍らせてはそれを投げつけて魔法陣を潰すという簡単な作業だ。
四つ程魔法陣を潰した時、町全体から魔物の鳴き声とも地響きともつかないような不気味な轟音が辺りに響き渡った。
轟音が響き出した途端、今まで各自バラバラに動いていた魔物達はいっせいに町の中心に向かって移動を始める。
「一体、何が起こっているのでしょうか……アン達が心配です。戻りましょう」
「待って、魔術が使えるようになってしばらく経ってるし、ネフィーやネフィーの中にいる人達の魔力も多少は回復しているはずよ。この町は魔術師も多いし、今は魔物達の召喚を止める事に専念しましょう。魔物達の動きからして魔物達に何かの指示を出しているのかもしれないわ」
手当たり次第に目に付いた人間を襲え、なんて命令かもしれない。
私だって心配じゃない訳ではないし、魔力はまだそんなに回復はしていないだろうけれど、魔法が使えるようになった今、元々体力に自信があったり、獣人化した有志の人達に魔術師が加われば、避難もより早く進むはずだ。
それに、ネフィーの中まで避難できれば、まず安全だろう。
だったら、今は私達にしかできない事をやった方がより被害を少なくできる。
「私もだいぶ魔力が回復してきたし、少しは作業を手伝えるわ。急ぎましょう、ニコラス」
「もちろんです」
私とニコラスは不穏な気配を感じながらも先を急いだ。
そして、なんとか全ての魔物を召喚する魔法陣を潰して戻った私達が目の当たりにしたのは、本来の大きさに戻ったネフィーと同じ位の大きさの虫の魔物と、頭上に眩い光の輪を輝かせるネフィーの姿だった。
ちょっと何が起こっているのか、理解できない。
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