第75話 代償

「なにこれ……」

「とりあえずネフィー達のもとへ向かいましょう!」

「そうね」


 近づいていけば、ネフィーの周りを複数の合成獣キメラや魔術師達が飛び回っているのが確認できた。

 合成獣を足場にして戦っている冒険者らしき人達もいて、その中にはクリスの姿も見える。

 ネフィーと対峙している巨大な虫の合成獣は、クモのような身体にカマキリの腕、蜂のような羽とハエのような頭をしていた。


 どうも合成獣達は虫の魔物がネフィーに攻撃するのを防いだり動きを乱してかく乱しているようだ。

 合成獣は単体で飛んでいるのが多いけれど、何人かの合成獣の主らしい人が合成獣に跨って何か指示を出しているのも見える。


「レーナ! 帰ってきましたのね!」

「ローレッタ、一体何があったの?」

 グリフォンに乗ったローレッタがニコラスに乗った私を見つけて声をかけてきた。


「詳しい話は中の人達に聞いてください。今は当家の人間と有志の方々であの虫の相手をしていますが、私達や合成獣達の魔力が戻りきっていない今、そう長くは持ちません、早く中へ!」

 切羽詰った様子のローレッタに促され、私達はネフィーの前へ行く。


「あ、レーナとニコ帰ってきたー!」

 側に寄ると、ネフィーは私とニコラスに気づいたようで、すぐに目の前の壁にニコラスでも無理なく入れる大きな入り口を作ってくれた。


「ママ!」

「アン、何があったの?」

 ネフィーの中に入ってニコラスから降りれば、猫姿のアンナリーザが泣きながら私に飛びついてきた。

 アンナリーザを受け止めながら、私は一体何があったのか尋ねる。


 辺りを見回すと、怪我人やぐったりして壁に寄りかかったり横になっている人が随分と多い。

 そして、部屋の中心にはネフィーの頭上にあった光の輪を出現させているのだろう魔法陣が発光していて、その周りを多くの人が囲んでいる。

 あれだけの眩い光を放つ巨大な輪を出現させるには、全体的に魔力不足の今、一人二人では足りないのだろう。


「さっき、ブオオオ~って大きな音が鳴ったらね、町中の魔物達が集まってきて、あのおっきい虫になっちゃったの! それでネフィーに襲い掛かってたんだよ! ネフィーの枝とか根っことかをあの鎌でざくざく切ってネフィーをいじめるの!」

 両手を大きく動かし、目に涙を浮かべながらアンナリーザは身ぶり手ぶりを交えて私に説明する。


「そう、それでどうなったの?」

「エリーのママ達が合成獣達を引き連れて助けに来てくれたんだけど、虫が強すぎて攻撃があんまり効かなかったの!」

 泣きじゃくりながらアンナリーザが言う。


「あの魔物の装甲が硬すぎるんだ。魔法が使えるようになったとはいえ、魔力の回復も万全でない状態で、皆も十分な力は出せないんだ」

 アンナリーザの話を捕捉するようにテオバルトが出てきて付け加える。

 ローレッタが外で戦っていた時、エリック君の姿も見えた気がしたけれど、そのエリック君にも戦闘面では歯が立たないテオバルトはここで後方支援をしているのだろう。


「……あの魔法陣は、その事に関係があるのかしら?」

 なんとなく察しはつくけれど、確認の意味を込めて私は尋ねる。

「ああ。現状では、俺達全員の力を合わせたってあの虫は倒しきれない。だが、ネフィーは光合成によって魔力を生み出しているだろう?」


「だからね、皆でネフィーに光を当てて、光合成を手伝うの! それで力が溜まったらネフィー砲であいつをやっつけるの!」

 テオバルトの言葉に続けるように、アンナリーザが強い口調で言う。


「ネフィー砲? ……ああ、例の破壊魔法ね」

 やはりそうだったか。

 確かに、ネフィーの魔力の回復効率を考えれば、それが一番現実的だ。


 今日はとても天気がいいから、しばらく放っておけば日が暮れる前には町中の魔物を全て始末して重傷者を手当てするくらいの魔力は回復するはずだけれど、目の前にあんな脅威が現れた以上、そんな悠長な事もしていられない。


「この方法はアンが思いついたんだ。今はそれを実現させる為に有志の人間達で可能な限り足止めをしている間にネフィーの魔力を回復させて、最大出力のネフィー砲をぶつける。それしか今あいつを倒す方策はない」

 真剣な顔でテオバルトが言う。


 目の前では、魔力を使い果たしたのか、魔法陣に魔力を注いでいた女の人が、フラフラした様子で部屋の隅に歩いていって倒れこむように横になる。

 そして、それを見た壁にもたれかかっていたおじいさんがフラフラと魔法陣の前に行って魔力を注ぎだす。


 よく見れば小さな子供も一緒になって魔法陣に魔力を注いでいる。

 アンナリーザやテオバルトも魔法陣の方からまっすぐこっちに来ていたからさっきまでは二人も魔法陣に魔力を注いでいたのだろう。


 私はこの時、やっとこの部屋の人達の大半が部屋の隅でぐったりしている理由がわかった。

 皆、この作戦を実行する為に、体調を崩すギリギリまで魔力を注ぎ、限界が来たら魔力がまた回復するまで隅で邪魔にならないように休んでいたんだ。


 何人か元気に動いている人達もいたけれど、その人達はケガ人や倒れた人の手当てや看病等の世話をしている。

 多分、魔術の心得の無い人達だろう。


 怪我も命に関わる程で無ければ、そのまま放置してその分の魔力をネフィーを照らす光へとまわしていて、魔法陣に魔力を注ぐ人達の中には怪我人もいる。


 ……皆、今この状況を何とかするにはこうするしか他に方法は無いと考えて、今自分達が出来る最善を尽くそうとしている。

 魔法陣の周りで魔力を注ぐ人間の中には母や妹のリアもいて、正にこの町の人間全員を巻き込んだ総力戦というありさまだ。


 部屋の中央にある魔法陣を見れば、一般的な照明魔法の応用で、より大規模で強い光を出し、複数の人間からの不安定な魔力供給でも安定して発動状態を維持できるようにカスタマイズされている。


「この魔法陣、アンが考えたの?」

「うんっ、魔法陣の組み方は家で習ってたし、この前学校で照明魔法と魔力の質や出力差の問題とその対策も習ったから……そしたら、ダリアお姉ちゃんとデボラお姉ちゃんも、エリーも魔物を引きつけるんだって行っちゃった……」

 私が尋ねれば、アンナリーザは俯きながら耳を頭につけて目に涙を溜める。


「私も一緒に行きたかったけど、ママにここで皆の事守ってって頼まれたし、どうやったらあいつを倒せるか考えて話したら、皆それに賛成してくれたけど、でもそしたら皆どんどん怪我したりボロボロになってくの……!」

「アン……」


 感情が溢れてしまったのか話の時系列がグチャグチャだけれど、アンナリーザは私の言いつけを実行しようと自分に出来る精一杯の事を考えてその方策を皆に示したのだろう。

 そして、そんなアンナリーザの姿に周りの人達は触発されて、今、自分の出来る事をやろうとしている。

 けれど、どうやらアンナリーザは自分の提案した作戦で周りの人達が疲弊し消耗していく事が恐ろしくなってしまったようだ。


「アンが考えたのは限られた魔力でどうやったらあの虫を倒せるかという事と、そのために必要な魔法陣だけだ。その後、どうやってそれを実行するかは周りの大人が考えた事で、その作戦に参加するかどうかを決めたのも本人達だ。アンが責任を感じる事じゃないさ」


「ううううううう……」

 テオバルトがアンを慰めるようにしゃがんで声をかけるけれど、アンナリーザはワンピースの裾をくしゃくしゃに握って泣き出してしまった。


「よしよし、怖かったわね、でも、もう大丈夫よ」

「そうですよアン、私もいます!」

 私がアンナリーザを抱きしめてあやせば、ニコラスも横からアンナリーザを元気付けようとする。


 ……できる事ならアレは使いたくなかったけれど、こうなってしまっては仕方が無い。


「ネフィー! ストルハウスにしまってた荷物の中に、黒い木箱があるんだけど、それ出せる?」

「わかったー! えーっと、えーっと……これ?」

「ええ、ありがとう。中身は割れ物だから、ゆっくり下ろしてね」


 私はネフィーに声をかけて、ストルハウスにしまっていた荷物の中から、ある木箱を出してもらう。

 木箱を開ければ、ある薬の入った遮光瓶が仕切りの中に並んでいる。

 よし、特に割れたりはしていないようだ。


「レーナ、コレはなんです?」

「私が庭で育ててた薬草で作った特性の強壮剤よ。一時的に疲れが吹っ飛んで魔力回復も早まってすごい力が出せるけど、その後三日寝込む事になるわ。それが今ここに二十四本ある」

 箱を覗き込みながら聞いてくるニコラスに、私は答える。


 私は箱の中から一本の瓶を取り出すと、それを一気に飲み干す。

 えぐい苦味と口と喉を焼くような辛味が広がり、趣味の悪い香水のような臭いが鼻から抜けていく。

 元となる薬草は育てるのも、薬を精製するのにも手間がかなりかかったし、需要もそれなりにあるので、実際かなりいい値段で売れる。

 だけど、ネフィーの魔法石に魔力が半分も溜まっていない今、この状況をどうにかするにはコレしかない。


「さあ、我こそはと思う魔術師は好きに飲んだらいいわ。一人一本が限度で、身体への負担が酷いけど、効果は保障するわ。あ、子供は飲んじゃダメよ? 最悪死ぬから」

 一通りの説明をした後、目を丸くして私を見ているアンナリーザに念を押す。


「……味は酷いですが、まあ私には飲まない理由はありませんね。これ以上アンを泣かせるわけにもいきません」

 振り向けば、ニコラスが眉間に皺を寄せてなんとも言えないような顔をしながら言う。

 手には薬の空き瓶が握られていた。


「妻や子供達が命がけで時間を稼いでくれているんだ。俺にできる事は何でもやるさ!」

「アンちゃん、ここはおばあちゃんに任せておきなさい!」

「ホントにマズイわねコレ……でもまあ、お姉ちゃんの調合なら、効果は間違いないわよね」

 テオバルトや母、リアも私の元にやってきて薬を飲んだ後、苦い顔をしながら言う。


 それがきっかけになったのか、魔法陣で魔力を注いでいた人や壁際で休んでいた人達がやってきては薬に手を伸ばし始める。

 皆飲んだ後は眉間に皺を寄せて苦々しい顔になっていた。


 薬を飲んだ二十四人で魔法陣を囲み、私達はラストスパートをかける。

「さあ、それじゃあさっさと魔力を満タンにして、あの虫を駆除するわよ!」

「「「「「おおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」

 私の呼びかけに答えるその声は、魔法陣を囲む魔術師だけでなく、その周囲からも聞え、全身に声が響いてくる。


 さて、あの虫にはうちのアンナリーザを泣かせた代償を支払ってもらうとしよう。

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