第72話 町が大惨事
……おかしい。
どういう事だ。
「大盛況ですね、レーナさん!」
「さっきの演説、とっても素敵でした!」
集会の手伝いに来てくれている会社の子達が口々に私の先程の演説や、この異様なまでの盛り上がりをを褒める。
私は確かに演説中、この町の人々からモフモフ教に関する興味を削ぐ魔術を発動させたはずだ。
それなのに、どういう訳か集まった人々は私の演説に熱狂し、しかも違うと言ったはずなのに、
「つまり、お互いの想いが通じ合っていれば恋に身分なんて関係ないんですね!」
「これで堂々とハーレムを作れる!」
「モフモフ教万歳!」
という有様だ。
おかしい。
何者かが私の術の発動を阻害したうえに、別の精神干渉魔法をかけているのでは……?
すっかりお祭り騒ぎになっている周囲を見渡して、首を傾げていると、幻影魔法を上映する予定だった女の子が、焦ったように会社の子達に何か話しているのが目に入った。
「何かあったの?」
「レーナさん、それが、急に幻影魔法が使えなくなってしまって、しかも、さっき試してみたら他の魔法も使えないんです」
「え?」
気になって声をかけてみれば、なんだかおかしなことになっているらしい。
「それで私が代役をやろうとしたら、私も使えなくなってしまっていて……」
うさぎの耳をぺたりと下げて彼女は言う。
先程、精神干渉魔法が発動しなかった事もあって、私は転移魔法でロッドを出そうとした。
しかし、何も起こらない。
浮遊魔法を自分にかけようともしたけれど、身体はびくともしない。
「魔法が、使えない……?」
嫌な汗が私の頬を伝う。
「あれ、俺いつの間に変身魔法解いたんだ?」
「え、あれ? 人間の姿になれない?」
徐々に周囲からそんな声が聞えるようになる。
「ママー、モフモフになって戻れない~」
しばらくすると、私の元に走ってきた白猫姿のアンがそう言って私の元にやって来た。
「皆さん、今すぐ私の周りから離れてください!」
周りの様子を見て何かに気づいたらしいニコラスがそう言って周りの人間に離れるように言った直後、彼は元のドラゴンの姿に戻った。
「ニコラス!?」
「……姿を変えるには基本魔力で化けているのですが、どうやら、魔力その物が使えなくなっているようですね」
幸いネフィーの中はかなりの広さと天井の高さがあったので、ニコラスが元の姿に戻ってもその事で問題は起こらなかった。
恐らくこうなったのは皆魔法を使えなくなったからだろうけれど、人間とドラゴンであるニコラスの間に変身魔法が解けるまでの時間差があったのはどういう事だろう。
そんな事を考えていると、頭上から甲高い声が聞えてきた。
「レーナ~、ネフィー、なんか変ー……」
「ネフィー……まさか!?」
ネフィーは縮小魔術によって元の身体を小さくしている。
そして、今は我が家に来たばかりの頃のサイズになってもらって、私の家の庭で集会の会場になってもらっている。
中に入る時は皆ネフィーの身体にかかっている縮小魔法が適応されて小さくなるので、収容人数は本来の大きさの時とかわらないけれど、もし、今縮小魔法が解けたら。
中にいる人達は縮小魔法が解けると共にネフィー自身も大きくなるから影響は無い。
ただし、外は違う。
直後、ものすごい轟音と破壊音が聞えた。
「きゃー! ネフィーが大きくなっちゃったー!」
「そっか、ネフィーは魔法で小さくなってたから……」
窓から身を乗り出して町を見渡すアンナリーザを支えながら、クリスが呟く。
……一応参加者を受け付ける時に、この辺に住んでいる人達は皆家族で遊びに来ているのは確認したので、人的被害は無いだろう。
ただ、家屋とその中身は別だ。
私の最近拡張した庭も、家も全てはネフィーの下敷き……流石に今度こそ破産だ。
「……魔法石の魔力がすっかり空になってる。みんなの姿が変わっちゃったのも、魔法を使えなくなったせいね」
眩暈を覚えつつも、近くにあるネフィーの魔法石を見る。
多分、魔法の発動を阻害するというよりは、魔力その物を霧散させて結果的に魔法を使えなくする術式なのだろう。
人間、ドラゴン、トレントでそれぞれの魔法が切れるまで時間差があったのも、元々の魔力容量に差があるためだ。
そんな事を呆然としながらも考えていると、町中に非常時を知らせる鐘が鳴る。
「魔物だー! 魔物が出たぞー!!」
そんな声と悲鳴が聞えてきて、町を見下ろせば、若い男性が叫びながら先日私達が退治したカマキリの魔物に襲われているのが見えた。
「大変! ネフィー、あの人助けてあげて!」
「いじめちゃだめー!」
慌てたアンナリーザが声をあげれば、その直後、ネフィーが巨大な根をしならせてカマキリの魔物を潰す。
そしてそのまま息を切らせてしりもちをついている男性を根でつまみ上げて私達のいる部屋へ男性を入れる。
「魔物が! さっきの以外にも色んな魔物が急に現れて町を!」
必死の形相で訴える男性に、皆息を飲む。
ほとんどの人間が魔術師で、魔法が使えない今の状態で、大量の魔物が町に攻め込んできたら……。
「やー! ネフィーに登ってこないでー!」
ネフィーの声に外を見れば、ネフィーの身体を登ってこようとする虫の魔物をネフィーが次々と根で叩き落として潰していく。
「有機物からも活動エネルギーを取り出せるようにしたから魔法が使えない今でも動けるんでしょうけど、普段の食事だと後どれ位持つか……」
「大丈夫ですよレーナ、最近はネフィーにせがまれて度々暗がりの森で狩りをしては毎回私の狩った獲物を全部ネフィーは元気に食べていましたから。少なくとも数日は持つんじゃないでしょうか……」
心配する私に説明するニコラスに、思わず私は呆れた。
「なにやってんの……まあ、今はそれに助かったからいいわ。つまり、ネフィーの中はしばらくは安全みたいね」
「……あれ? ねえママ、今って魔法が使えないんだよね?」
しばらく窓から外の様子を見ていたアンナリーザは、私の方を振り返って尋ねてきた。
「そうね」
「じゃあなんでネフィーは私達の声が聞えたり外で逃げてた人を見つけられたの」
「……! いいところに気がづいたわね、アンナリーザ」
私がアンナリーザの言葉に頷けば、不思議そうな顔をして更にアンナリーザは首を傾げて尋ねてきた。
まさかこんな状況でも冷静に事象を観察して物事を考える事ができるようになっているなんて! と、私はちょっと感動した。
「ネフィーの視覚や聴覚、嗅覚は魔法石に依存したものだけれど、本来のトレントにもそれらの機能を持った器官は備わっているの。でも、ネフィーのように自分の周囲や身体の中を同時に見渡したり自分の中に居る人間の声を聞き分けたり出来る程じゃないし、嗅覚もそんなに鋭くは無いわ。ここまではわかる?」
「うん、だからネフィーはトレントの身体を作る時に魔法石を身体じゅうに埋め込んで魔力の通り道を繋げて、その感覚を大きくしているんだよ!」
私の話をうんうんと聞きながら、アンナリーザは答える。
ネフィーを作る根幹のアイデアや理論を考えたのはアンナリーザだからか、私の話をしっかりと理解している。
「そうね。だから私はネフィーが魔力切れを起こしても活動できるようにと考えた時、ネフィーの食べた有機物……ごはんをバクテリアが分解したエネルギーを魔法石と繋げた器官にも魔力とは別の経路で流すようにしようと考えたの」
「でも、そのエネルギーは魔力じゃないんだよね?」
「ええ、でも新しい経路やその周辺の器官をそれ用に作り変えれば、ネフィーは一切の魔力を使わず魔法石を通して周囲を見渡したり自分の身体の内外の人と話す事が出来るようになるのよ」
「そうなんだ、すごいね!」
目を輝かせながらアンナリーザは言う。
確かに、我ながら画期的なアイデアだったと思うけれど、こうやって素直に賞賛されるとなんだかむず痒い。
ずっと一人で研究してきて成果も秘匿してきたので、なんだか変な感じだ。
……まあ、まさかこの改造がこんな形で役に立つとは思わなかったけれど。
「あっ、ママ、アレなあに? あのビリビリしてる透明な壁みたいなの」
再び窓から外を見だしたアンナリーザは、不思議そうに私に尋ねてくる。
言われるがままにアンナリーザの指差す方を見れば、町の境辺りでまるで透明な壁を伝うように町の周辺で稲妻のような光が広がっていく。
「もしかして、結界……?」
「……黒いローブの男」
稲妻の形を見て私が呟くのとほぼ同時に、クリスが呟いた。
「え?」
「黒いローブの男だよレーナ、突然町中で魔法が使えなくなる、特別危険生物が襲ってくる、町から出られない、新聞に書かれてた通りじゃないか!」
私が聞き返せば、どこか興奮した様子でクリスが言ってくる。
「その新聞俺も読んだぞ!」
「でも、今起こってるのはその全部じゃないか!」
「もう終わりだ……」
「魔法が使えなくて逃げ場も無いのに危険な魔物が沢山襲ってくるって事!?」
直後、私達の話を聞いていたらしい人達が口々に話し出す。
ざわざわと辺りに恐怖や焦りが伝染していくのがわかる。
まずい、わからない事だらけだけど、とりあえずなんとかこの場を治めなければ。
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