第69話 レーナの目論見
モフモフ教の集会の噂はすぐに町中に広まった。
町中やフィオーレ美容魔術の店舗に告知の張り紙をし、店内でも積極的に宣伝してもらったからだ。
モフモフ教について、興味のある人は誰でも気軽に参加して欲しいとも呼びかけたので、当日はモフモフ教について、懐疑的な人達もどんなものかと見に来るだろう。
それでいい。
集まった人が多ければ多い程、その人達に直接私の言葉が届く。
「モフモフ教というのは宗教じゃないの。私が獣人化魔術を行使して希望者に獣人化の施術をする時に念頭に置いている考えよ。自分の意見を言っても押し付けない、相手の意思を尊重するという事で、それが捻じれて広まってしまった……って事にするわ」
「つまり、モフモフ教は哲学とか、経営理念という事にするって事?」
「ええ、その通りよ」
首を傾げながら尋ねてくるクリスに、私は大きく頷く。
モフモフ教の初めての集会が明日に迫った頃、色々と準備も整ったので、改めて私は夕食の席で今回のモフモフ教集会の意図について説明している。
「集会では、その場で獣人化施術の予約を申し込めるようにしつつ、既に獣人化している人や、獣人化する予定のない人達にも楽しんでもらえるように、幻覚魔法による獣人が出てくる物語の上映や、それに合わせて軽食を振舞う予定よ」
なので集会と言うよりはただの催し物という色が強いけれど、獣人化魔法のいい宣伝になるし、フィオーレ美容魔術のイメージアップにも繋がるだろう。
「でも、新月と満月の休息日は全ての職業の人が仕事を休む日なんだよね? それ、多分運営は身内だけじゃ無理そうだし、会社の人達に手伝ってもらうとなると、色々問題があるんじゃ……」
「その辺は大丈夫よ。そのために用意した軽食は全て無料で配る形にするし、動員する職員達は有志を募って私の主催したパーティーの手伝いをしてもらっているという事にするもの」
あくまで表向きそういう体にするというだけだけれど。
「つまり無償だから労働には当たらないって事?」
「ええ。手伝ってもらった職員さんには給料ではなく手伝ってくれたお礼のお小遣いという形でお金は渡すけどね」
「それは、労働ってことにはならないの?」
「この辺では家でちょっとしたパーティーを開いて、手伝ってくれた人にいくらか包むっていうのはよくあるから、その延長と考えれば大丈夫でしょ」
元々、休息日とは別に普段から職員全員に定期的に休みがある状態なので、事情を説明して有志を募った時も、むしろ希望者が多くてくじで人数を絞ったらしい。
まあ、休息日は基本どこの店も開いていなくて退屈なのでそれなら、という人が多かったようだ。
「う~ん、難しくてよくわかんない……」
「要するに、当日は幻影魔法でモフモフが活躍する話を上映したり、おやつとか配って、楽しいパーティーになる予定よ」
アンナリーザは話の内容をあんまり理解できていないようだったので、とりあえず最低限の情報を噛み砕いて伝える。
「幻影魔法? ネフィー知ってる! この前デボラにやってもらったやつ~」
「そっか~、楽しみ~」
ネフィーとアンナリーザは私の説明を聞くと、嬉しそうにはしゃぎだした。
「なる程、宗教ではなく思想として広める事で改宗だなんだと身構える人達の警戒をかわすという事ですね」
「違うから」
ニコラスはまたなにか勘違いをしているが、もうそれはいい。
全ては集会当日までの事だ。
「よし、こんな物かしらね……」
夜、皆が寝静まった頃、私はこっそり窓から飛び立ち、町の周辺に精神干渉魔術を発動する為の印を刻んでいく。
表向きにはモフモフ教を獣人化魔法を広める為に盛り上げていくという事にしてあるけれど、私にそんな気は全く無い。
皆が集会に気を取られている隙に精神干渉魔術でモフモフ教への興味を削ぎ、幻術魔法の出し物でそちらに意識を向けさせる。
モフモフ教へ特に関心の強い人にはこうする事でより念入りにモフモフ教への興味をを削ぐことが出来るし、町全体で精神干渉魔法を使う事で、集会に来る程ではない人達の意識からもモフモフ教への興味をなくさせる事ができる。
魔術師の多い町ではあるけれど、休息日の気の抜けた所、しかも他に関心事がある状態では干渉魔法への防御も疎かになるはずだ。
そしてすぐには気づかれない程度に時間をかけてゆっくりじわじわと術を発動すれば、そうそう気づく人間もいないだろう。
いくらモフモフ教がただの経営理念だの哲学だの言った所で、その考えに感化されてた人間が重婚でもしようものなら、既存の宗教的倫理感に大きく反する事になる。
そして、それを快く思わない人間の批判の矛先は当然私に向けられる事となる。
私はそんなのまっぴらごめんだ。
だから、モフモフ教の事についてはこれ以上話が大きくなる前に、さっさと忘れてもらう事にする。
「ふむ、町を広く囲む術式のようですが、レーナは一体何をするつもりなのです?」
そんな事を考えながら精神干渉魔法の準備をしていたら、すぐ後ろから聞きなれた声が聞えてきた。
「……なんでニコラスがここにいるのかしら?」
「暗がりの森で夜食を食べた帰りに、ちょうど窓からレーナが飛び立つのが見えて、なんとなくどこに行くんだろうと気になりまして」
振り返れば、私が足元に刻んだ印を興味深そうに覗き込みながら答えるニコラスがいる。
「そ、そう、まあ大したことじゃないのよ」
「大した事じゃないのなら、別に教えてくれてもいいのでは? 形からして町全体に作用するような物でしょうか……その魔術印は精神に関係するもの、複雑な命令を与えられる魔法陣ではなくあえて魔術印にしたという事は、発動した時点でその力を直接レーナが操作するという事でしょうか」
ニコラスは魔術印をまじまじと見ながら彼の見解を述べる。
……既にどんな魔術か大まかな予想を立てられている。
ちなみに何で単純な魔法しか発動できない魔術印にしたかといえば、万が一見つかった時に魔法陣に詳細な魔法の内容が描いてあれば状況からして言い逃れが出来ないのと、その方が発動時に多少手間はかかっても使う魔力も少なく済むからだ。
ネフィーのおかげで魔力は好きに使えるようになったものの、魔術をかける相手の大多数が魔術の心得のある人間の場合、あまり大量に魔力を使うと感づかれる可能性がある。
そしてそれは魔術の心得のあるニコラスも同じな訳で……。
「はあ、わかったわよ。大人しく全部話すわ」
これ以上下手に隠すと、当日一体どんな妨害をされるか溜まったものではないので、私は大人しくニコラスにこの精神干渉魔術を何に使うつもりなのか洗いざらい白状した。
「……つまり、レーナはモフモフ教を広めるつもりはないと?」
「そうよ。私はアンに十分な教育が出来て成長を見守れれば……欲を言えば静かに自分の好きなように魔術研究ができれば、特にそれ以上望む事なんて無いわ」
ニコラスの問いに、私は頷く。
「……レーナ、少し私の昔話を聞いてはくれませんか?」
「そういえば、ちゃんと聞いた事は無かったわね」
ニコラスは辺りを見回すと、ドラゴンの姿に戻って自分の尻尾に腰掛けるように言ってきた。
この辺は草原が広がるだけで特に腰を下せそうな場所が無いからだろう。
私はそのままニコラスの尻尾に腰掛けて彼を見上げる。
多分身の上話に絡めて何かしらの要求をしてくるつもりなのだろうけれど、とりあえず聞くだけならいいだろう。
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