第68話 レーナはつっこみを放棄した
「……という訳で、なんだか知らないうちにモフモフ教の教えが尾ひれ着いた形で広まっちゃったのが、今回の原因みたい……です」
現在、私は母の会社の一号店の上の階にある事務所に来て、仕事の途中だったらしいコレットさんと母に現在町中で噂になっているらしいモフモフ教について事情を説明しに来ている。
ちなみにニコラスとクリスには留守番を頼んでいる。
昼休み後の予約客は全て対応が終ったけれど、アンナリーザとネフィーが学校から帰ってきた時に誰もいないと何をしでかすかわかったもんじゃない。
「あー……なる程、そういう事でしたか……」
「だから母さん言ったじゃない! もっと誠実に生きろって……!」
納得した様子のコレットさんとは対照的に、母は頭を抱えている。
「それでレーナさんはこれからどうするつもりなんですか?」
一方コレットさんは冷静に今後の予定を私に尋ねてきた。
「はい。このまま更に教えに尾ひれがついて広まって暴走する前に、集会を開いて信者の把握と教えの統制をとりたいと思っているのですが、獣人化魔法とモフモフ教が密接に繋がっている以上、その辺の内容も母やコレットさんに相談したいと思いまして」
「そうでしたか。確かにコレは一歩間違えると大問題に発展しかねませんが、上手くすれば大きな利益が期待できます」
私の説明が終ると、コレットさんは何か考えているような様子で言った。
「待ちなさい、そもそもこういうのは利益とかそういう問題じゃないでしょう!? そんな教義がまかり通ったら、風紀が乱れるどころの騒ぎじゃないわ!」
席から勢いよく立った母は、信じられないものを見るような目で私達を見る。
「でもブリジッタさん、我々は客商売な訳ですし、ここで対応を誤ると私達だけでなく、多くの社員やその家族を路頭に迷わせる事にもなりかねませんよ?」
「うっ……で、でも、賛同者は多くても、私みたいに思う人間だって少なからずいるはずよ! 人気商売なんだから、評判はだいじでしょ!」
コレットさんの言葉に一瞬怯みつつも、母は食い下がる。
その辺の言い分は私もよくわかる。
けれど、今更そんな事言ってもそれでモフモフ教が無かった事に出来ない位に盛り上がってしまっているのもまた事実なのだ。
「まあ、そうでしょうけど……私に考えがあるの」
「その話、詳しく聞かせてもらえますか」
コレットさんが興味を惹かれた様子で私に話の続きを促してくる。
「それはですね……」
そうして私がモフモフ教の集会の話をし終わると、コレットさんはにっこりと笑った。
「いいですね、それ」
「これ、しゃりしゃりするー! いい匂いー!」
「やったー! ネフィー本当にご飯食べられるようになったんだね!」
「二人共、食べながら話すんじゃありません」
新しく買った幼児用の高めの椅子に座り、初めての食事に大興奮するネフィーと、そんなネフィーに大興奮しているアンナリーザをため息混じりに注意する。
母とコレットさんとの打ち合わせを終えた私は、帰りに幼児用の椅子を一つ買って帰り、ネフィーに以前から計画していた食事を食べられるようになる改造を施した。
「すごいね、本当にネフィーを食事できるようにしちゃうなんて」
ご機嫌でアンナリーザに夕食を食べさせてもらっているネフィーを見ながらクリスが驚いたように言う。
「まあ、味覚の再現は流石に無理だったから、匂いや温度を感じる感覚器官の役割を果たす魔法石を新たに作った口の中に埋め込んで、口の中に神経を集中させて触覚を鋭くさせた、擬似的な感覚だけどね」
それでも一応ネフィーは食事は楽しめているので良しとしよう。
「それでも、やっぱりすごいよ。最近はネフィーも顔の表情を変えたりアンの真似してジェスチャーとかするようになったし、どんどん人間っぽくなっていくね」
アンとネフィーを見て微笑ましそうにクリスがくすりと笑った。
「確かにそうだけど、今回の改造の肝はそこじゃないわ。体内に取り入れた食物をバクテリアに分解させて、その時に発生するエネルギーでネフィーが活動できるようにしたのよ」
「つまり?」
「こうする事で、魔法石に貯めた魔力を消費しなくてもネフィーが活動できるようになって日常的に使う魔力の節約になるの」
そして、ネフィーの食事は有機物だったら何でも良いので、最悪木炭でも骨でも食事代わりに出来る。
「今後はそうして生み出したエネルギーも魔力に変換して貯められるようにするのが目標ね」
「さすがはレーナ、日照不足の土地でも戦闘で遅れをとらないようにとの配慮ですね」
「違うから」
ニコラスはまた何か物騒な勘違いをしている。
「アン、モフモフ教は今どんな感じ?」
とりあえず、そろそろモフモフ教の集会についてアンと打ち合わせをしよう。
「いっぱい増えたよ! 最近はね、私がモフモフ教に誘った人が他の人にモフモフ教を紹介してくれたりしてるんだよ!」
嬉しそうに声を弾ませてアンナリーザは話す。
「そう、じゃあ今モフモフ教の人が何人位いるとかわかるかしら?」
「うーん、わかんない……」
「なら、今度モフモフ教の人達でパーティーをやらない?」
「パーティー? わーい! やるやるー!」
「ネフィーもやるー!」
私が提案すれば、アンナリーザとネフィーは二つ返事で話に乗ってきた。
「そうね、じゃあネフィーには会場になってもらおうかしら」
「会場?」
ネフィーが不思議そうな顔をして身体を傾ける。
「皆にネフィーの中に集まってもらうの」
「いいよ! ネフィーはモフモフ教の教会だからね!」
私の言おうとした事の意味を理解したらしいネフィーはどこか得意気な顔で胸を張る。
本当にすっかり表情豊かになったものだ。
「ママ、パーティーはいつやるの?」
「そうね、十日後のお昼にしましょうか、その日は満月の休息日で町の大体の人がお休みだし」
この辺の地域で広く信仰されているルナーン教では、新月と満月の日は全ての職業の人が働く手を止めて神への祈りを捧げる休息日とされている。
といっても、聖職者はともかく、皆が皆、信仰に熱心な訳でもないので、朝目が覚めた時と夜寝る前に申し訳程度に祈りの言葉を唱えて他は遊ぶかだらだらするかがこの町での一般的な休息日の過ごし方だ。
「でも満月の休息日ってルナーン教の習慣だよね? モフモフ教なのにその辺はいいの?」
「いいんじゃない? モフモフ教は他の宗教と掛け持ち可能みたいだし、そういう事にすれば。その方が都合もいいし」
「そりゃそうだけど……」
クリスは本当にそのゆるい感じで行くのかとでも言いたげな様子だったけれど、モフモフ教の場合、むしろそれ位の軽さじゃないとダメだ。
「楽しみだなあ、モフモフ教のパーティー」
「ネフィーいっぱいがんばるー!」
「ええ、これが世界を掴む第一歩となると思うと、とっても楽しみですね」
アンナリーザとネフィー、ニコラスが楽しそうに今度のモフモフ教の集会について話していたけれど、なんか一人色々と間違っている気がする。
面倒だからもうつっこまないけど。
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