第67話 黒いローブの男

「ある日突然結界が現れて町から出られなくなり、結界が勝手に消える翌日まで中からあらゆる手段を使っても結界を破れない、特定の地域で突然マジックアイテムはおろかあらゆる魔法が使えなくなる……そんな不可解な現象と危険生物、今はまだ奇跡的に破滅的な事態には至っていないが、これは明らかに危険だ」


 身体の前で手を組み、重々しい口調でテオバルトが言う。

 新聞の記事を見ると、どうやら何者かが黒いローブの男を装って何かしているのは間違いないらしい。


 もしかしたら以前、ギルドに仕事を探しに行った時にちょうどよく特別危険生物関連の仕事を受注できたのも、目撃情報が無いだけで、その偽黒いローブの男の仕業かもしれない。


「だが、妙だと思わないか?」

「妙?」

 テオバルトの言葉に、私は首を傾げる。


「個人か組織かは知らないが、不可解な現象や特別危険生物の召喚や繁殖が全部黒いローブの男のせいだとして、目的はなんだ? 殺戮が目的なら、魔法が使えなかったり、町から出られなくなった所に特別危険生物をぶつければいい。だが、実際はそのどれも別々に違う場所で起こっている」


「まあ、まだ奇跡的に破滅的な被害が出てないっていうのも、そのおかげよね」

 危険生物が現れたとして、初期の段階で封じ込めが成功したり、ある程度戦える人間が前に出て避難を助けられれば、全体の生存率はかなり上がるだろうし、突然魔法が使えなくなったり町に閉じ込められたりしたって、一日程度で元に戻り、他に危険が無いのならそんなに大きな被害も出ないだろう。


「それに、特別危険生物の召喚なんて、百年以上も前に禁術指定を受けていてその方法を記した本はかつて帝国によって焚書にされたはずだ。まだ現存している本があるのか、あるいは新しくその方法を編み出したのか……」

 深刻そうな顔をするテオバルトに、私は目を逸らす。


 とりあえず、以前アンナリーザに勝手に使われた上級者向けの召喚魔術の本は見つからないようにしなくては。

 ちなみにアレは一昔前の文字で暗号化された魔術書が骨董市で安く売られていたのを、私が翻訳して新しくまとめた物だ。

 つまり筆跡も私の字なので色々マズイ。


「そ、そうね……まあでも、黒いローブの男の目的はなんとなくわからないでもないわ」

「何、本当か?」

 なんとなく話題を逸らしたくて、話を戻せば、テオバルトは目を見開いて食いついてきた。


「不可解な現象、なんて言われてるのは要するに、既存の魔術でまったく同じ事を出来る物が無いからだし、特別危険生物の召喚も、既に失われたはずの技術……どこでその技術を手に入れたかは知らないけれど、黒いローブの男はその魔術を実際に試してみているんじゃないかしら?」


 多分、各地で目撃されている黒いローブの男というのは、最初の私の事件を新聞か何かで知って、顔を出さずにそこそこ特徴的な見た目だからと、私同様に罪をなすりつける為に『黒いローブの男』という存在を利用しているのだろう。

 犯人が天才魔術師なのか、何かの拍子に一昔前の高度な魔術書を解読してしまったのかは知らないけれど。


「なるほど、確かにそれなら……だが、それなら人のいない山奥でやればいいのに、なぜ人が多く住んでいる場所で試すんだ?」

 理解できない、というような顔をするテオバルトだったけれど、私としては、なんでそこで不思議に思うのか謎だ。


「そんなの決まってるじゃない、不可解な現象に関してはその魔術がいかなる人間にも通用するのか調べる為、特別危険生物に関しては対人間の反応や、駆除に来た冒険者達に対する強度を見たかったんでしょ」

 私が言えば、テオバルトは一瞬目を見開いた後、少し考えるような素振りを見せる。


「……それで、住民達に被害が出て、いや、既に出ている。当然騒がれて、お尋ね者にもなるし、こんな事をすれば極刑は免れないんだぞ? それなのに、魔術の実験の為にそこまでやるか?」


「やる人間がその技術を手に入れたからこうなってるんじゃないの? テオバルト、あなたは昔からそうだけど、他人の人間性だとか道徳心だとかいう不確かな要素を過信し過ぎよ」

 戸惑ったように言うテオバルトに、私は小さくため息をついた。


「…………レーナ、黒いローブの男の最終目的はなんだと思う?」

「さあ? ただ手に入れた力を試してみたかっただけかもしれないし、もしかしたらその力を使って何かしようとするかもしれないけれど、その辺はわからないわ」

 できれば何かしようとする前に捕まって欲しいものではあるけれど。


「……最近、とある宗教を立ち上げたそうだな」

「知ってたのね」

「ああ、アンから直接聞いた」

 やはりモフモフ教の話は届いていたらしい。

 というか、アンがテオバルトに懐いている時点で、その話が伝わらない訳が無かった。


「今では町中モフモフ教の話で持ちきりさ。俺は入信するつもりは無いが、レーナ、今や獣人化魔術は他の国や地域にも広く知られているし、モフモフ教の噂もすぐに広まるだろう」

 テオバルトは出された紅茶を飲み干すと、なにやら意味深な事を言い出す。


「そして現状、黒いローブの男と交戦状態になり、退けられたのは初めて黒いローブの男が確認された時の事件のみだ」

「……何が言いたいのかしら」

 静かに席を立ったテオバルトに、なんとなく彼の言わんとした事の察しはついたけれど、一応尋ねてみる。


「つまりレーナ、確証は無いが、用心しておくには越した事は無い、という事さ……そろそろ俺の昼休みも終るので失礼するよ」

 テオバルトはそう言い残すと、玄関から帰って行った。


「………………………………いや、意味わからないんだけど!?」

 思わず私は頭を抱えて声を上げる。

 本当に意味がわからない。


 多分、今、各地で暴れまわっている黒いローブの男は、名前と姿を借りて好き勝手実験してるだけの魔術師だろうから、別にいい。


 それより、問題はモフモフ教の話が既に町中に広まっているという事だ。

 なんで皆そんなにノリノリなの!?

 というか、モフモフ教に入信するとか言ってる大部分は単純に自分の欲望を正当化できるからそう言ってるだけでしょう!?


 この恋愛脳共がああああああああああ!!!!!!


「大丈夫ですよレーナ! その黒い男とやらがレーナの魔術を封じて再戦を挑んできた所で、私が返り討ちにしてやりましょう!」

「えっと、僕も剣の腕ならそれなりに自信はあるし、大丈夫だよ!」


 机の上に頭を乗せてうんうん唸る私に、ニコラスとクリスが的外れな形で元気付けてくる。

 別にその辺は心配してない。

 だって今各地を騒がせている黒いローブの男とはそんな因縁無いし。


 そして、更に問題なのが、現在の私の仕事とモフモフ教が直結してしまっている事だ。

 賛同者も多いようではあるけれど、既存の夫婦制度や家族制度を壊しかねないモフモフ教に反発する人間だって当然いるはずで、第一、私の母も恋多き女ではあったけれど浮気は絶対許さないという人間だ。


 母の会社の施設を間借りしているような状態でコレは色々まずい。

 勝手に増える信者といいように解釈されて広まる教義……正直アンナリーザがオフィーリア魔術学院に落ちていたら逃げ出していたに違いない。


 けれど、今ここで私が逃げると、アンナリーザの恵まれた学習環境を取り上げる事になる。

 何より、モフモフ教をこのまま放っておくのは色々と危険だ。


「よし、モフモフ教の集会を開きましょう」

「え、集会!?」

「とうとうやる気になってくれたのですね、レーナ!」


 私が立ち上がって宣言すると、驚くクリスと、何か勘違いしているニコラスがそれぞれ私を見てくる。

 ……とりあえず、まずは方針を決める事が必要だろう。

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