第66話 モフモフ教と非実在人物
「大体、私は嫌いなのよ、恋愛至上主義というか、そういうの。母親が正にその典型で子供の頃、本当に苦労したんだから」
「しかしレーナ、モフモフ教が広がれば、レーナも色々とやりやすくなるのでは?」
「どういう事?」
ニコラスの言葉に私は首を傾げる。
「この土地の気風はモフモフ教と相性がいい。それどころかむしろこんな宗教を待ち望んでいた感さえあります。ここで一気にモフモフ教を広めて勢力を拡大すれば、その内モフモフ教圏の地域をまとめて国家として独立を……」
「……しないわよ?」
なぜ、そうなるのか。
「しないのですか? もしそうなったら私はいっぱい手柄を立てますよ?」
「だとして、アンナリーザを嫁にはあげないわよ?」
「なぜです!?」
「なんでもよ。それに、そんな事したら帝国が黙ってないし周りから総攻撃を受けて終わりよ」
「帝国というと、クリスの故郷のユトピリア帝国ですか?」
私の言葉にニコラスはきょとんとした顔で聞き返してくる。
やはり文字は教わっていても、ユトピリア帝国についてはクリスからほとんど聞いていないようだ。
「そうよ。基本的にこの世界の土地は全部帝国の領地もしくは自治権を認められた属国の領地な訳で、勝手に国なんて作ったら元の国だけでなく、宗主国の帝国が黙っていないわ」
「……つまり、この世界はユトピリア帝国の支配下にある、という事ですか?」
「ええ、そうよ」
ニコラスの言葉に私は頷く。
つまり、下手に独立を宣言しようものなら、他国と地続きのこの土地では周辺各国から袋叩きにあって終わるだけだ。
「……クリス、そういえば私が尋ねてもあまり故郷の話をしてくれませんでしたが、元いた国でお尋ね者になっているだけなら、普段から性別を偽る必要は無いですよね? つまり、帝国に関わらず方々で指名手配されているのでは……」
「本国と比べて役所で似顔絵と名前の手配書貼ってあるだけで誰も僕の事知らないし、大丈夫だよ」
ニコラスの質問に、クリスが居心地悪そうに答える。
クリスの場合、怪我させた相手が悪かったというか、当時ユトピリア帝国の継承権第三位だった四人兄妹の三番目の皇女、フレデリカに自殺未遂を起こさせ、最終的に縁談を破談にしてしまった事が大きい。
ちなみに、現在は即位直後に長男が事故死し、現皇帝の長女には子供もいないので、今はフレデリカが皇位継承権一位という事になっている。
クリスの事件以降、病気療養中とされて表舞台に姿を現してはいないけれど……。
また、クリスの事件を受けて、同世代の人間と直接触れ合い見識を広める為にと試験的に跡継ぎ以外の皇族の子女を学校に通わせていたのだけど、末の弟は学校には通わず家庭教師を付けられる事になったらしい。
皇族の子女が通うような学校ならそれなりの家柄の人間しか通えないだろうし、責任をとらされる事になったであろうクリスの家族や学校関係者を思うと、クリスもあまりその事を話したくはなかったのだろう。
「……では独立はもう少し先にして、まずはモフモフ教を広めることが重要ですね。モフモフ教は掛け持ち可能なので、その辺から軽い信者層を増やして……」
「ニコラスまだそんな事……なんて?」
何か今、変な言葉が聞えた気がする。
「モフモフ教の拡大こそが覇権を握る要です」
「その後よ」
「モフモフ教は他の宗教と掛け持ち可能なのが強みでもあります」
「なにそれ、というか、宗教を掛け持ち……?」
ちょっと何を言っているのかわからない。
「ええ、以前モフモフ教の布教が順調だとアンとネフィーが話していたので、話を聞いてみたら、モフモフ教の勧誘をして別の宗教を理由に断られそうになったら、なら両方やったらいいと勧めた所、成功したのが始まりだったようです。あしらわれているだけかとも思いましたが、先程の彼、彼女達を見るとそうでもないみたいですね」
軽い。
思った以上に勧誘のノリが軽い。
「なんでそんなゆるゆるな勧誘であんな本気の宗教みたいな感じになってるのよ……」
「……思ったんだけど、さっきの人達ってあんまりアンと接点があるようには思えない人達だよね」
「まあ、そうね」
言われてみれば、身なりのいい壮年男性に、美人な若い女性、結構年がいっていそうなお爺さん、全員、魔術師には見えなかったし、一体どういう経緯でモフモフ教に入信しようと思ったのか。
「もしかして、モフモフ教ってもうアンが直接布教する段階から、アンが勧誘した信者が知り合いにモフモフ教を広めるような状態になってるんじゃない? それで教義に尾ひれがついてああなっちゃったのかも」
「一体どんな尾ひれの着き方なのよ……」
「例えば、モフモフ教を友達に勧めた人が、その後友達から恋愛相談とか受けたとして、相手はその答えをモフモフ教由来の考え方と思っちゃうとか、そういう話の積み重ねじゃないかな」
「たった三十日足らずの間に広まりすぎじゃない……?」
でも、なんとなく教義の内容はこの辺の地域の人達が好みそうな内容ではある。
一夫一妻制とは言っても、不倫相手を家に連れ込んだら妻が既に他の男を連れ込んでお楽しみ中だった、なんて話も聞くくらいには奔放な人も多い。
一応表向きは浮気をしちゃいけない事になるし、その事が公になれば周りから非難されるけれど、内心羨ましいなんて酒の席で言い出す人達は男女共にいる。
私はそんな信用ならない人間とは怖くて恋愛なんてできない。
だけど、この町でそれを口に出すと、それはまだ本当の恋をしてないからだとか言われて男を紹介されたりするので、口には出さない。
しかも皆、善意や親切心でそう言ってくるのであって、全く悪意の無い所が始末が悪い。
……誰か、酒の席で適当にモフモフ教についてこうだったら入信する、みたいな設定を語って、それを大真面目に信じてしまった人でもいたのだろうか。
「人の噂話って、たまにものすごい早さで伝わったりするから……話の正確さは置いといて」
「もうこれどうすんのよ……」
噂話こわい。
軽くめまいがしてきた。
「レーナ、ここはせっかくなので勢力拡大しましょう。国獲りを目指さないにしても、商売のうえで有利に働くはずです」
ニコラスはニコラスで何か言っているけれど、それはそれで面倒な事になりそうだ。
そんな事を考えていると、玄関のドアをノックする音がした。
「誰かしら?」
まだ次の施術希望者が来る時間ではないのだけれど、獣人化が楽しみすぎて早めに来ちゃったのだろうか。
「レーナ! レーナはいないか!」
「この声だけでも伝わってくる暑苦しさはテオバルトね……」
その声を聞いただけでげんなりした私は、立ち上がろうと浮かせた腰を落ち着け、椅子に座りなおす。
テオバルトがこのタイミングで私の元を尋ねてくるなんて、理由が手に取るようにわかる。
きっとモフモフ教について、何かしらの陰謀論を考えて、私を糾弾しに来たのだろう。
「どうします、追い返しますか?」
「いいえ、ここに通してちょうだい。追い返したり居留守使っても後々めんどくさそうだし……」
「わかりました」
ため息交じりに私が言えば、ニコラスは小さく頷いて玄関へと向かって行った。
「レーナ、話がある」
「なんとなく予想はつくけれど、何かしら?」
リビングに通されて促されるままに椅子に座ったテオバルトは、真剣な顔で私に言う。
私の隣に座っているニコラスは明らかに警戒した様子だし、クリスは私達にお茶を用意しながら心配そうにこちらを窺って来る。
「という事は、今朝の新聞はもう読んだんだな」
「え、読んでないけど?」
最近は昼食後のゆったりした時間に新聞を読むのが習慣になっていたので、今朝の新聞にはまだ目を通していない。
テオバルトの言葉に、また何かゴシップ記事でも書かれたのだろうかと私は慌てて今朝の新聞に目を通す。
「………………は?」
結論から言うと、私の予想は大きく外れた。
というか、一瞬記事の内容が理解できずに私は固まった。
「以前、レーナとアンが暮らしていた森で現れたという黒いローブの男が、最近方々で目撃されるようになったらしい」
確かに新聞には、この国だけでなく世界各地で召喚禁止指定を受けている特別危険生物が各地で猛威を振るったり、不可解な現象が起こる事件が発生していて、その度に黒いローブを深く被った男の目撃情報が寄せられているとある。
「んん……?」
けれど私は首を傾げる。
以前、私とアンナリーザが森で遭遇した事になっている黒いローブの男は私が責任逃れのためにでっちあげた非実在人物だ。
その現実には実在していない人物が、なぜ各地で不可思議な事件に暗躍している事になっているのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます