第63話 ネフィーは可愛くなりたい

「すごーい! ネフィーちっちゃくなっちゃった!」

 夕方、私が帰ると、既に家に戻っていたらしいアンナリーザは、私が肩に乗せている植木鉢に納まりそうなサイズにまでなったネフィーを見て声をあげた。


「えへー、ネフィー可愛い? 可愛くなった?」

 私の肩から降りてアンナリーザに抱きかかえられたネフィーが、期待に満ちた様子でアンナリーザに尋ねる。


「…………可愛くない」

「ぴゃっ!?」

 けれど、アンナリーザは小さくなったネフィーを見ると、随分と渋い顔をして呟いた。

 あまりのショックにネフィーが固まる。


「だって前はこの辺におっきい魔法石が集まってて、大きな目みたいで可愛かったのに、ちっちゃくなっちゃったんだもん……」

 アンナリーザはネフィーの幹の部分を指でなぞりながら不服そうに言う。


 確かに、アンナリーザがなぞったその部分には以前、大型の人工魔法石がまとまって配置されていて、顔に見えなくもなかった。


 というか、あの配置は多分、顔を模してわざとそう配置したのだろう。

 そう指示したのはアンナリーザかエルフ教の人達かは知らないけれど。

 けれど、今はその顔の面影もなく、あるのはかすかに光る、子供の爪の先程の大きさになってしまった魔法石だ。


「ネフィーを小さくし続けるには縮小魔法を維持する魔力が必要なのだけれど、ネフィーは魔力を自分で生成できるから、その魔力をネフィーが生成した分から使えるようにネフィーの身体を作り変えたのよ。多分そのせいね」

「それでどうしてネフィーの魔法石が小さくなるの?」

 私が説明すると、アンナリーザは怪訝そうな顔で私に聞き返してくる。


「魔法石が小さくなったんじゃないわ。ネフィーが大きくなったのよ。ネフィーの身体を作り変えるのには促成魔法で新たな器官や組織を作ったりしたから」

「じゃあ、ネフィーは今、縮小魔法で小さくなってるけど、本当は前以上に大きいの?」


「ええ、前は私達の住んでる家よりちょっと大きいくらいだったけれど今は、魔術学院の校舎よりもちょっと大きい位かしらね」

「わあっ、お話に出てくるお城みたい! でも、ネフィー身体中に魔法石がキラキラして可愛かったのに……」

 アンナリーザは一瞬私の説明に猫耳を立てて目を輝かせたけれど、すぐに耳を伏せてしょんぼりとした顔になった。


 どうやらネフィーの顔がなくなったのが相当にショックだったらしい。

 ネフィーもアンナリーザに可愛くないと言われた事が悲しかったらしく、アンナリーザの腕の中で力なくしおれている。


 ……どうしよう、罪悪感が酷い。


「……ネフィーに顔があればいいのよね?」

「うん……」

 私が尋ねれば、アンナリーザは静かに頷く。


「なら、今から作りましょうか」

「作れるの?」

 できるだけ明るく私が提案すれば、アンナリーザは不思議そうな顔で私を見る。


「ネフィーは元々自分の身体をある程度自在に動かせるもの。こっちで指示を出せばうろとかで可愛い顔が作れるわよ」

「……ネフィー、可愛くなれる?」

 今まで黙っていたネフィーも、恐る恐るといった様子で私に聞いてくる。


「ええ、せっかくだから魔法石の位置も調整して、とびきり可愛い顔を作りましょう」

「うん、作る……」

 アンナリーザに抱えられたネフィーに目線を合わせて手を差し伸べれば、ゆっくりとネフィーの腕のような位置にある枝が私の手に重ねられた。


 今の状態で放っておくと、ネフィーの中で促成魔術等で身体をいじる事に悪い印象を残しかねないし、ネフィーを身体を改造する事に対するアンナリーザの心象も良くないだろう。

 ここはなんとかネフィーの身体を改造する事に対する二人の印象を回復しなくては。


 私はクリス達が夕食の準備をしているうちに、リビングの奥のソファーにアンナリーザとネフィーを挟む形で座る。

「まずは目ね。ネフィー、これ位の大きさの洞を、二つ作ってみて」

 私はすこし身体を屈めて、指でネフィーの幹の部分をなぞって円を二つ書き、洞の大きさと位置を教える。


「わかったー、こう?」

 ネフィーのがそう言った後、もりもりと樹皮が動いて私がなぞった部分に二つの洞ができた。


「そうそう、上手ね。これで目は出来上がりね」

「わあっ、ネフィーすごい!」

 私の指示通りにすぐに洞を作ってしまったネフィーに、アンナリーザが感嘆の声をあげる。


「次に口は、私がこれからなぞる所に合わせて洞をつくってみて」

「こう?」

 笑った口の形をイメージして下半分の半円を目の少し下の部分になぞって描けば、すぐに私が触れた部分がそのまま窪むような形で洞ができる。


「ええ、ばっちりよ。これでとりあえずの顔はできたから、今度は目や口の位置だったり大きさを微調整しましょうか。ママはあまりこういうのが得意じゃないから、アンが指示を出してくれるかしら?」

「わかった!」

 声をかければ、アンナリーザが意気込んだ様子で返事をする。


 私の好みで顔を作ってもそれをアンナリーザが気に入るとも限らないし、そもそも、この場合は新しいネフィーの顔をアンナリーザが気に入らないと皆幸せになれないので、私はアンナリーザに声をかける。

 既に顔らしい最低限のパーツは揃ってるので、致命的な失敗は起こらないだろう。


「うーん、目はもうちょっと大きい方が可愛いかも」

「こう?」

「あと、目はもうちょっと離して……あ、もうちょっと戻って、そう、それくらい」


 アンナリーザはネフィーの顔を覗き込んだり、ソファーに倒れて少し視線を離したりしながら熱心にネフィーの顔に指示を出す。

 そしてその度にネフィーは指示に合わせて洞の位置を移動させたり、形を変えたりする。


「……これだけ指示に対してすばやく身体を動かせるなら、練習すれば顔に表情も付けられるんじゃないかしら」

「表情?」

 ポツリと私が呟けば、アンナリーザが不思議そうに私の言葉を繰り返す。


「嬉しい時は笑ったり、怒った時は怒った顔になったり、その時のネフィーの気持ちに合わせてネフィーの顔が変わったら、ネフィーが今どんな気持ちなのか、皆すぐにわかると思わない?」

「それ、いい……!」

 私が説明すると、わくわくした様子でアンナリーザは目を輝かせる。


 トレントには元々人間の顔のような器官は存在しないけれど、野生のトレントにも『顔』を持つ個体も多く存在する。

 幹の部分に顔のような模様がある場合もあれば、人間そっくりの精巧なものを持つ個体もいる。


 『顔』はそのトレントの精神の発達度が反映されていると言われ、話す度に口元を動かしたり、話の内容に表情を変えたりする個体は、それだけ長く生きていて、かなり高位の力を持っている場合が多い。

 そう考えると、今回ネフィーが自分の『顔』を作るのは、トレントとしての成長とも言えるかもしれない。


「ネフィーは声と行動で結構何を考えているかはわかりやすいけれど、表情もついた方がもっと親しみやすいかもしれないわね」

 今までのネフィーは幹に魔法石で作られた顔っぽい模様はあったけれど、ネフィーの言動とは裏腹に全く動かないので、私はそれを模様としか思っていなかった。


 けれど、ネフィーのその都度の感情が表れる模様ならば、それは間違いなく『顔』だ。

 実際に辺りの光や音を察知しているのはネフィーの内外に埋め込まれた魔法石だけれど、そうしてネフィーの感情が視覚的に見えるようになった方が、アンナリーザもネフィーに愛着が湧きやすいのではないかと思う。


「親しみってなあに?」

「うーん……好きだなあ、仲良くなりたいなあとか思う気持ちかしらね」

「じゃあ、顔を動かして表情を作ったら、ネフィー人気者?」

 質問に答えれば、ネフィーは何か期待した様子で私に聞いてくる。


「まあ、視覚的に感情を伝えられる分、今よりもコミュニケーションは取りやすくなるんじゃないかしら?」

「ならやるー!」

 元気いっぱいにネフィーが背伸びしながら宣言する。


「ネフィーは人気者になりたいの?」

「だってネフィー、モフモフ教の教会だもん!」

 ネフィーの思わぬ返事に一瞬私は固まる。


「え? なんでモフモフ教……?」

「だってネフィー、モフモフ教作るって言ったもん!」

「んん?」

 何を言っているのだろうこのトレントは。

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