第62話 大発見

「ネフィー頑張ったよー!!」

「え、ええ、そうね……」

 日が傾きかけた頃、私は唖然としていた。


 なぜなら、早くても四日はかかるだろうと思っていた作業が一日でほぼ終りかけていたから。

 ネフィーの破壊魔法は、そんなに何発も連続で撃てるような物ではないだろうと、私は思っていた。

 しかし、今日の天気が随分と良かったからなのか、ネフィーは破壊魔法を次々と連発する。


 遠くから見ていると、何度か連続で打ったら疲れたのか休んだりもしていたけれど、それでも少ししたらすぐにまた破壊魔法を打ちだした。

 そして段々慣れてきたのか、広範囲を一度に消し炭にしたりするようになってきた。


 多分、威力を落としてその分範囲を広げたのだろうけれど、それでも、十分な火力はあるようで、攻撃を受けた家屋や木はほとんど原型を保っていない。

 私の言いつけを守って炭の残りカスのような残骸や、向かってくるカマキリの魔物を踏み潰すネフィーは、遠目に見ても随分と楽しそうだった。


 結局、辺りが夕焼けで赤く染まる頃には、辺り一面焼け野原になっていた。

 カマキリの魔物は卵を木の陰や家の軒下等に産み付けるらしいので、この辺に卵を産み付ける事はまず無いだろうけれど、念のため魔物達が入らないよう駆除済みの地域とまだ手をつけていない地域を隔てる結界を張っておく。


 家に戻れば、疲れたのかネフィーはすぐにうとうとし始めて、学校が終ってから外に遊びに行っていたアンナリーザが帰ってくる頃にはぐっすりと眠っていた。

 日が落ちると、ネフィーの動きは明らかに鈍くなった。


 ネフィーの身体に埋め込まれた魔法石を見れば、魔力がほとんど残っていない。

 あれだけの魔法を使ったのであれば、そりゃ三百六十一個の成人と変わらない大きさの魔法石を埋め込んでいてもすっからかんになるだろう。


「ええ!? じゃあ今日は皆で私置いて遊びに行ってたの!?」

「遊びじゃないわ。危険生物の駆除よ」

 帰ってきたアンナリーザになぜネフィーは寝ているのかを尋ねられて、今日私達が何をしていたのかを教えると、アンナリーザは随分と不服そうな顔をした。


「明日は私も行く!」

「学校に行きなさい」

「だって私もママ達と遊びたいもん……」

 猫耳を頭にぺたりとつけて、しゅんとした様子でアンナリーザが言う。


「今度学校がお休みの時に遊びに行きましょ。それに、ネフィーが小さくなったら、もっと色んな所に一緒に行けるようになるわ。町中で一緒にお買い物や図書館にも行けるわ」

「わあ! ママ、それ本当?」

 アンナリーザの頭を撫でながら私が言えば、たちまちアンナリーザは目を輝かせて私を見る。


「ええ、そうなったらとっても素敵でしょう?」

「うん!」

「だけどそうするには魔力が足りなくて、その魔力を買うお金を稼ぐ為に私もクリスもニコラスもネフィーも頑張っているのよ」

「そっか……」


 渋々だけれど納得した様子のアンナリーザを前に、私は今日、家に帰る前のクリスとの会話を思い出す。


「僕が思うに、レーナに必要なのはもっと甘える事だと思うんだ」

「甘えると言っても……私も結構自分だけじゃ無理そうな事とかは周りに頼るようにしてると思うけれど……」

「大人相手ならそれでいいかもしれないけど、アンにはもっと気持ち的な部分で愛情表現をした方が良いと思うんだ」


「気持ち的に……って言っても、例えば……?」

「そうだなあ……」

 そう言ってクリスはいくつかの具体例を挙げたけれど、もしかしてそれを試すタイミングは今なんじゃない?

 なんとなくテーブルの方を見れば、ニコラスと夕食の準備をしていたクリスと目が合った。


 クリスはにっこりと笑って大きく頷いた。

 ……よし。


「あ~今日はとっても疲れちゃったな~、アンがぎゅってしてくれたら、明日も頑張れるんだけどな~」

 腰掛けていたソファー寝転がって、チラリとアンナリーザを見てみる。

 少しわざとらし過ぎただろうか。


「ママ、ぎゅってする?」

 アンナリーザはきょとんとした顔で私を見た後、ちょっとソワソワした様子で私に聞いてきた。


「する」

 身体を起こして私が言えば、アンナリーザは私の膝の上に跨って抱きついてきた。


「ぎゅぅ~。ママ、元気でた?」

「ん~、アンのおかげで明日も頑張れそう」

「えへ~、そっか~」


 アンナリーザを抱きしめながら私が答えれば、どこか嬉しそうな声が聞える。

 そっか、こんな事でいいのか。

 アンナリーザの頭を撫でながら私は思った。


 すぐ後ろでニコラスがソワソワしているけれど、それはスルーする。


 翌日、当初の予定を大幅に早めて特別危険生物の駆除の仕事は完了した。

 ネフィーが前日と同じようにかなり頑張ってくれたので、私もニコラスも余力を残した状態で、昼過ぎ頃には結界内を完全に焼け野原のような状態にできた。


「これで仕事も一段落だね。それにしても、ネフィー大活躍だったね」

「そうね」

「えへへ~ネフィーすごい? えらい?」

 ネフィーの中で一休みしながら私とクリスが話していると、ネフィーが上機嫌に話に入ってくる。


「ええ、とってもすごいし、えらいわね」

「わーい!」

 素直に褒めれば、ネフィーは嬉しそうにはしゃぐ。


 昨日、魔法石にはほぼ魔力が残っていなかったのにも関わらず、今日もネフィーは昨日と変わりない働きを見せた。

 近くにあったネフィーの魔法石に触れれば、あまり貯蔵量は無いものの、昨日の夜よりも微かに回復している。

 つまり、今朝から今までの時間に、広範囲を消し炭にする程の出力の破壊魔法を連発できるだけの魔力を回復した事になる。


「…………ねえネフィー、ちょっといいかしら?」

「ぴゃっ!?」


 言うが早いか、私はネフィーの魔法石からいくらかの魔力を吸い取って、氷結魔法を使って、その地面を凍らせる。

 たちまちネフィーの目の前の地面が氷付けになり、ネフィーが驚いたように声を上げる。


「ネフィーの魔法石は、普通の魔法石と同じように問題なく魔力を取り出す事もできるのね……」

「いきなりどうしたの?」

 呟く私に、不思議そうにクリスが尋ねてくる。

 私は今、とんでもない発見をしたのだけれど、クリスはまだ気づいていないらしい。


「レーナ、もしかして今回、我々は別に働かなくても良かったのでは……?」

「エルフ教の件で蓄えがほぼなくなってしまったし、そうでもないわ」


 一方、ニコラスはどうやらピンときたらしい。

 とりあえず、クリスへの説明はニコラスにお願いするとして、私は先に仕事を終わらせるべく、地元のギルドへと転移魔法で向かった。


 ギルドで請け負った仕事が完了したと伝えると、随分驚かれたけれど、私もこんなに早く片付くとは思わなかった。

 今回は仕事が本当に完了したか、ギルドの職員さんが確認を取るらしいので、呼びに行くなら出来るだけ早いほうが良い。


 確認係のギルドのお姉さんは、飛行魔法を使えるようで、私が転移魔法でネフィーの前に連れて行くと、本当に魔物の駆除が出来ているか確認するために飛び立って行った。

「本当に駆除だけでなく、一日とちょっとで結界の中、全部を焼け野原にしてしまったんですね」

 しばらくして戻って来たお姉さんの笑顔はちょっとひきつっていた。


「成虫の駆除は確認取れましたので、ギルドの方で報奨金の半分をお支払い致します。卵も完全に駆除できているかはわかりませんので、そちらは二週間程間を置かせていただきまして、問題ないようでしたら残りの額もお支払いいたします」

 お姉さんの言葉に頷き、私は再びお姉さんとギルド本部へ戻り、報奨金を受け取る。


 手続きを終えてネフィーの元に戻って来た私は、早速先程確認したのと同じ魔法石の魔力残量を確認する。

「天気が良いとはいえ、この短時間でもうこれだけ回復してる……」

 これだけで私が一日に貯められる魔力量よりもかなり多い。


 更に、他の魔法石を確認しても魔力量は同じように回復していたので、三百六十一個全てを合わせればかなりの量になる。

「えっとレーナ、さっきニコから話聞いたんだけど、つまりネフィーにしばらく日光浴させておくだけで、ネフィーを小型化するだけの魔力は手に入るって事?」

 ニコラスから説明は受けたようだけれど、クリスはまだいまいち事の重大さがわかっていないらしい。


「ええ。だけど、重要なのはそれだけじゃないわ。魔力の生産効率が人間の比じゃないの」

 私はクリスの言葉に頷いてから、自分の口元が釣り上がっていくのがわかった。

 要するに環境さえ整えば無尽蔵に大量の魔力が無料で手に入るという事だ。


 これは、夢が広がるなんてものじゃない。

 私は初めて自分が魔法を使えた時のような高揚感を感じていた。

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