第61話 更地にしよう!

「それじゃあネフィー、この前の破壊魔法をあそこめがけて思いっきり打ってみて」

 魔物寄せの魔法に釣られて群がる討伐対象の魔物達を指差して、私は指示を出す。


「わかった! いっくよー!」

 ネフィーはそう言って、目の前に光の玉を作り出すと、それを魔物達が群がって蠢いている所へ放つ。

 すると、目の前が眩い光に包まれたかと思うと、正面から強い爆風が吹き、何とかその場で踏ん張って光が収まれば、魔物がいた場所だけでなく、その周辺も消し炭になっていた。


「これは、前より明らかに威力が高くないかな……?」

「ホントだー! なんでだろう?」

 引きつった顔でクリスが言えば、ネフィー自身もその威力に驚いた様子で不思議そうにする。


「エルフ教のあるアルグレドは元々曇りや雨の多い地域だし、この前は夜日が沈んでからだったけれど、この地域は大体、毎日晴れで日差しも強いからじゃないかしらね」

「日差しの強さでネフィーの破壊魔法の威力が変わるって事?」

 私が説明すれば、クリスが尋ね返してくる。


「元々ネフィーを動かしている魔力も、日光を浴びることで作り出している訳だから、日差しが強ければそれだけ沢山の魔力を作ることが出来るという事ね」

「へー」

「ネフィー、今日はとっても元気だよ! コレも天気が良いから?」

「そうかもしれないわね」

「わーい!」

 クリスが感心したように相槌を打ち、ネフィーもはしゃいだ様子で私の話を聞く。


 母とコレットさんにお願いして三十日の休暇を貰った私は、その話し合いの翌日、地元タージリルから遠く離れた廃村へとやってきていた。


 現在、この村周辺では特別危険生物に指定されているカマキリの魔物が大量に繁殖しているらしい。

 肉食で動く生きた獲物しか食べない、成虫は成人男性位の大きさになるモンスターで、一つの卵から数百匹の幼虫が生まれる。


 原因ははっきりしていないけれど、村にやって来た行商人の荷物に、卵を産み付けられた物があり、それがこの村で孵化したのではないかと言われている。

 卵からかえったばかり幼虫は、大体人間の手の平大位の大きさしかないけれど、それらが人目に付くことなく森に放たれると厄介だ。


 始めは虫や小型の魔物等を食べるその魔物は、一週間程で幼児程度の大きさまで成長する。

 そうなった時にはもう複数の群れを成したその魔物に家畜や人間が襲われるようになり、もう一週間も経てば完全な成虫となり、普通の人間では手が付けられなくなってしまう。


 一時はかなり混乱したようだが、現在は住民の避難はもう完了してるし、住民達には国から生活を立て直す為の見舞い金も出ている。


「それにしても、今回の仕事はこの辺一帯で大量に繁殖している特別危険生物の駆除という事でしたが、周りの人家等は消し炭にして良かったのですか?」

 無人になった村や先程のネフィーの破壊魔法で消し炭になった人家だった物を見ながらニコラスが尋ねてくる。


「瓦礫とかに卵が一つでも残ってるとまた繁殖して大変なことになるから、今回の依頼元である国からも全て燃やして更地にしろって指定されてるし大丈夫よ」

 そういえば、ニコラスとネフィーは私とクリスが仕事を請けてここに移動してから召喚したので、細かい事は知らないのだった。


「さっきのは、ネフィーの破壊魔法の威力は日光の強さで変わるんじゃないかと思って確認してみただけよ。今日の仕事内容は、この辺を囲ってる結界の中の物を全て消し炭にして更地に戻す事よ」

 なので、さっきのネフィーへの指示の意味と、今回の仕事内容を説明する。


「結界の中と言うと、さっき通ってきた森からこの村や畑、全部ですか?」

 きょとんとした顔で尋ねてくるニコラスに、私は頷く。


「そうよ。確実に魔物を根絶やしにする為に、魔物が発見された村の周辺から広めに結界を張ってあるの。魔物は自力で結界から外には出られないし、結界内の魔物を卵含めて全部駆除すればお仕事終了よ」

「なる程、しかし、コレだけの規模を更地にするというのなら、普通はもっと人員を集めるべきでは?」


 ニコラスのもっともな質問に私は説明する。

「ええ、普通は森を焼き払う事にしたのなら、そのためのスキルを持った魔術師なんかを複数、一ヶ月くらいかけて集める訳だけれど、私達で同じ事をしてしまえば、元来集められた複数人で山分けする事になる報奨金を独占できるわ」


「でも、そんなに上手く行くかなあ、ギルドの人はレーナがこの申し出をした時、随分乗り気だったけど……」

「ああ、それは多分、前に私が似たような事をした実績があるからでしょうね」

「前に新聞に載ってた、レーナがSランクに上がるきっかけになったやつ? 確か、森にいた三種類の特別危険生物を一人で根絶やしにしたとかなんとか……」


 クリスの言葉に私は頷く。

 元はといえばアンナリーザが思い付きで大量に魔物を召喚してしまった結果の尻拭いだったのだけれど、その実績のおかげで今回の仕事を受けることが出来たので、世の中何がどう転ぶかわからない。


 今回は、依頼元が魔術師を募集した直後だった事もあり、交渉の結果、一週間以内に私が依頼を完遂できたら、報奨金はこちらで全て貰える事になった。

 こういった申し出は度々来るらしいけれど、返り討ちに遭ってパーティーが全滅する事もある為にそれなりの実績を持つAランク以上の冒険者でないと認められないのだ。


「……まあ、あの時の報奨金も結構な額だったけれど、今回は焼き払う土地が広い分、更に報奨金の額も高いわ。さっき見た通り、カマキリの魔物達は成虫になってるし、年中繁殖期らしいから、もしかしたらもうどこかに卵を産み付けてるかもしれないわね」


 辺りを見回しながら私は言う。

 森や廃屋など、辺りは卵を産み付けられても見つけられ無そうな遮蔽物でいっぱいだ。


「普通の卵はちょっと焼く程度じゃ死なないらしいけれど、低温には弱いらしくて、氷付けにするか、さっきのネフィーみたいに破壊魔法で後も残らない位に消し炭にすれば大丈夫よ。ニコラスは念のために残骸を全部踏み潰しておいてね」

「わかったー」

「承知しました」

 作戦の概要を説明すれば、ネフィーもニコラスも二つ返事で快諾する。


「……本当に、この広さを全部カバーするつもりなの……?」

「そりゃもちろん。だってそうしないと報奨金もらえないじゃない」

 クリスはどこか困惑したように尋ねてくる。

 確かに、更地にすると言っても、今回の範囲はかなり広くて、とても一日では終らないだろう。


 魔力をいくらでも使っていいのなら、私が最大範囲で氷結魔法を六、七回使えば全体をカバーできるだろうけれど、私の手元にある魔法石全ての魔力を足しても足りないし、そもそも足りない魔力を補うためにお金を稼ごうとしているのにそれでは本末転倒だ。


 ここは自前の魔力だけで乗り切りたい。

 そのために広範囲攻撃が可能なニコラスとネフィーを連れてきたのだ。

 まあ、ネフィーをそのまま留守番させるのは不安なので、ネフィーも参加できそうな仕事を選んだという側面もあるけれど……。


「レーナって時々、本当に突拍子もない事を真顔で実行しようとするよね……」

「あら、でも十分実現可能なラインだと思うけれど? 私一人だと流石に骨が折れるけれど、今回はニコラスとネフィーがいるもの。結界の外は荒野が広がってるだけだし、気にせず暴れていいわよ」


 とりあえず、期限は一週間もらえたので、骨は折れるだろうけれど、全力で取り組めば出来なくもないと思う。

 一旦全て更地に戻したとして、しばらくの間様子を見て、また卵から孵った幼虫が出てくるようだと報奨金も満額は貰えないので、その辺は気を付けたいけれど。


「それで、僕は何をすればいいの? 僕はアイテムを使った多少の属性攻撃や剣での攻撃位しか出来ないけれど……」

 私が話すと、クリスは小さくため息をついた後、尋ねてきた。

 クリスは今回の仕事で自分は特に役に立たないと思っているようだけれど、それは違う。


「いいえ、クリスにはクリスにしか出来ない大事な役目があるわ」

「大事な役目……?」

 不思議そうにクリスは聞き返す。


「ええ。ネフィーの中に入ってネフィーに指示を出してちょうだい。手分けして作業したいけれど、多分ネフィーだけだと心配だから。後、コレが一番大事なのだけれど……」

「な、何?」


「日が暮れだした頃には作業を一旦終えて帰るけれど、多分その時には私もニコラスもヘトヘトだから、夕食の準備とアンの相手お願い」

「まあ、それが一番大事だよね……だけど、程々にね。この前アンが家出した理由、忘れた訳じゃないでしょ?」

「ううっ、それは、そうなんだけど……」

 呆れたようにクリスが言うけれど、そんな事言われても、この場合、どうしたらいいのか。


「……とりあえず、もう疲れるのはどうしようもないから、今日はその分アンに甘えてみなよ、その方が多分放っておかれるよりはアンも喜ぶからさ」

 つまり、何でもいいからアンナリーザをちゃんと構ってあげよう。という事なのだろう。

 確かに、その方がまだアンナリーザも寂しくはないだろう。


「ほう……その手がありましたか……」

 しかし、私が納得しかけたその時、すぐ後ろでニコラスが感心したように呟いた。

「……もし、今考えている事を実行しようとしたら、はっ倒すわよ?」

「なぜです!?」

「むしろ、なんで許されると思ってるのよ……」

 なんで解せないみたいな顔をしているんだこのドラゴンは。


「ねえレーナ、僕が同じ事したら怒る?」

「え、クリスはまあ、別にいいけど……」

 私がニコラスとしばらく言い合っていると、クリスがちょいちょいと私をつついて尋ねてきた。

 別にクリスなら、特に問題はないので怒りはしないけれど、なんでそれを今聞くのだろう?


「くっ……! やはりまずはレーナに認められる為にはそれなりの働きを見せる必要があるのですね……!」

 私が答えた直後、ニコラスがその場に崩れ落ちて、なんだか悔しそうに何か言っている。


 別にそれなりの働きを見せたからといって、じゃあ褒美にアンナリーザを嫁にやろうとはならないけど!?


「信頼を得るのって大変だよね……僕で良かったら、色々教えられるよ?」

「クリス……!」

 その場に崩れ落ちたニコラスに、クリスが腰を落として優しく話しかける。


 ……多分、クリス的にはこうする事でニコラスの好感度を上げたいのかもしれないけれど、それで上がる好感度は、多分、恋愛というよりは友情方面のもののような気がする。

 だけど、色々めんどくさいので、とりあえず良しとしよう。

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