第64話 浪漫とモフモフ教
「モフモフ教作るの? じゃあ私もやるー!」
「アン!?」
ネフィーの話を聞くなり、アンナリーザは楽しそうだと目を輝かせる。
「夕御飯の準備できたよ~」
一体どうやってアンナリーザとネフィーを宥めようと思っていると、クリスが声をかけてきた。
「わーい! ごはんー」
そしてアンナリーザはクリスの声を聞くなりソファーから立ち上がりそそくさと席に着いてしまった。
「……ごはんって楽しいの?」
「ごはんは美味しいよ!」
ソファーに残されたネフィーがアンナリーザに尋ねれば、アンナリーザは椅子に座ってナイフとフォークを持ちながら元気良く答える。
「レーナ、ネフィーもごはんしたいー」
食事に興味を示したらしいネフィーは、ねだるように私に言う。
「ネフィーはトレントだから人間のご飯は食べられないわ。太陽の光と水で生きられるもの。身体のつくりがそうなってないの」
私はネフィーを抱き上げて、ソファーのクッションと一緒にテーブルのお客様用の席の前に移動してそこにネフィーを下す。
椅子だけだとネフィーがテーブルに隠れてしまうけれど、下にクッションを置けば、ネフィーの顔はまだ半分隠れるけれど、魔法石の密集している場所がテーブルの上に出るので、少なくとも私達の様子はわかるだろう。
「レーナ、今日ネフィーの身体を小さくしたみたいに、ネフィーも食べられるようにしてよー」
私の隣の席に下したネフィーが一息つくと、再びねだってくる。
「うーん、ネフィーの場合、特に必要な機能ではないんだけど……いや、食べた物を体内で分解してエネルギーに変える働きをネフィーに導入できれば……でも、構造があまりに違いすぎるし……上手くすれば魔力の節約にもなるけど……」
あれ? そう考えると研究してみる価値はあるんじゃないの? という気がしてきた。
その場合、色々と問題も多そうだけれど……。
「レーナ、思ったのですがレーナは国でも獲るつもりですか?」
「……………………は? なんで国?」
私がネフィーの食事について考えていると、ニコラスが妙に真剣な顔をして私に尋ねてきた。
「今日、ネフィーの身体を改造して一度縮小魔法をかけたら、ネフィーの魔力で常に縮小魔法を維持できるようにしたでしょう」
「したわね」
ニコラスの言葉に私は頷く。
それは当初の目的通りだけれど、それがなんだというのだろう。
「その時にネフィーのエネルギー効率を良くするために身体を作り変えると同時に、魔力の生産効率も上げようと組織構成を根本から見直していましたね」
「小さくなると光合成による魔力生成の量が減ってしまうから、その辺は前々から考えていたのよ」
「おかげでネフィーの破壊魔法の威力が更に上がりました。小さくなっている状態では縮小魔術に魔力を取られているので大した出力は出ませんが、元の大きさに戻った時の威力は更に上がりましたね」
「大丈夫よ、ネフィーの縮小化を解いたり、ネフィーから魔力を取り出したりするのは私しかできないようにしておいたし」
一応私もネフィーが勝手に元の大きさに戻ったり、アンナリーザがネフィーの力を使ってまたろくでもない事をしでかす危険を考慮していない訳じゃない。
ネフィーの力は私の魔力でしか解放できないようにしておいた。
私の魔力と遺伝子情報を使った特殊な術式だ。
どうせアンナリーザの事だから、小さくなったネフィーをあちこち連れまわすのだろうし、この辺の対策は必須だろう。
「ええ、つまり、もはや城というべき大きさのネフィーの力を十分に引き出せるのはレーナだけという訳です」
「まあ、少し大きくし過ぎたなとは思ってるわ……」
促成魔術で細胞を操作しながら必要な細胞や組織を新たに作っていった結果だったのだけれど、ネフィーはまだ生まれたばかりの若木で、今後何十年、何百年と成長する事を考えると、思う所がないでもない。
「七百年前にも城その物をゴーレムにして移動要塞とする技術はありましたが、要塞を動かすのに必要になる莫大な魔力についてはどこの国も頭を悩ませていました」
「ああ、そういえばそんな御伽噺あったわね。移動要塞を動かす為に外法に手を出した悪い魔術師の話」
ニコラスの言葉に、昔私がアンナリーザよりも小さかった頃に母に聞かせてもらった寝物語を思い出す。
「実際それ程までにエネルギー問題は深刻でした。しかし、ネフィーならその問題を解決した、無敵要塞になれるでしょう。それも小さくなれるのなら敵地に潜入していきなり元の姿に戻っての奇襲という手も使えます」
「え、ネフィーの小型化ってそういう意味があったの?」
「そんな訳ないでしょう……」
なにやらニコラスがネフィーの特性を生かした戦略を語りだすと、それを聞いたクリスが驚いたように私に聞いてくる。
なぜ、私がそんな事をしなきゃいけないのか。
「空間魔法をネフィーの魔力を使って常時展開できるようにしていましたね」
「それは、余剰魔力が結構あったから……」
ネフィーを巨大化したら、光合成できる葉の面積が増えて、魔力の生産量も上がった。
半日も強い日光に当てれば魔法石がほぼ満タンになる程で、満タンになった魔力はただ保存もされず垂れ流されて消費されるだけなので、せっかくだから私もその恩恵に預かりたい。
それに、自前の魔力を消費しないストルハウスに大容量の保管庫、しかも自動で魔力を生成してくれるなんて、それだけで夢のような代物だ。
きっとこれからはネフィーを連れて行くだけで、私は大抵のAランクの仕事は一人で片付けられるだろうし、下手するとSランクの仕事も内容次第では可能かもしれない。
「ネフィーの身体を小さくするだけならもう少し小さく済んだでしょう。以前見せてもらったネフィーを小さくする計画を記したものにも、ネフィーの全長は元から五割ほど大きくなるかならないかという所でしたし、ネフィーをアンの遊び相手にするだけならそれで事足りたはずです」
なのにわざわざ手間をかけてまでこんな機能を盛り込むというのはそういう事ではないのか、と尋ねてくるニコラスに、私は驚く。
「……読めたのね」
まさか、以前私がクリスに見せたネフィーの改造計画書をニコラスが理解していたとは思わなかった。
「この時代の文字はクリスが教えてくれましたし、元々魔術の心得は多少ありましたから」
「ネフィーの魔力生産効率の良さを目の当たりにしたら、もっと色々詰め込みたくなっちゃって……」
だって目の前に無尽蔵の魔力ととてつもない可能性を秘めた素材があったとして、金銭やめんどくさいしがらみも無しに自分がその恩恵を受ける事ができるとして、その可能性を試すのを躊躇う理由がどこにあるのだろう。
「いえ、私は別にレーナを責めてる訳では無いのです。ただ、小さくなれば縮小魔法で魔力を取られる分、弱体化するとはいえ、ネフィーにこれだけの能力を付加するのなら、何か意図があるのかと思いまして」
「無いわよそんな予定!」
本当にそんな予定は無いのでくれぐれも早まらないで欲しい。
特にニコラスとアンナリーザとネフィー。
「そういえば、ネフィーの身体の組織を変質させて、伸縮性や防火性能を付け加えたりもしてましたよね」
「え、僕は夕食の買出しの為に先に帰らせてもらったけど、あの後別れてから帰ってくるまでの短い間にレーナそんなに色々やってたの?」
ニコラスの指摘に、驚いたようにクリスが私を見る。
「それは興が乗ったというか、つい色々なアイデアが頭に降りてきて……元々植物学もゴーレムや変質魔法についても一通り学んでいたし、魔力切れの心配も無く好きなだけアレコレできると思ったらつい……」
理論が既に出来ていて、魔力の心配も無いのなら、後は作業するだけなので、時間はそうかからない。
だからつい、テンションが上がってロマンを詰め込んでしまったのだ。
「ねーねー、つまりネフィーはどうなっちゃったの? ものすごーく強くなったって事?」
今まで大人しかったアンナリーザが、首を傾げながら私に尋ねてくる。
どうやら夕食を食べ終わったようだ。
「まあ、そんな感じね。でも、小さくなってるとその分魔力を持っていかれちゃうから、今のネフィーの力はせいぜいやっと歩き出した子供位のものよ」
「じゃあネフィーは何したらいいの?」
アンナリーザの真似なのか、ネフィーは身体を微かに傾げながら尋ねてきた。
「好きにしたらいいわ。あ、でもモフモフ教は広めなくていいから」
「大丈夫! モフモフ教の代表はレーナだよ!」
「なんでよ!?」
「代表は一番偉い人がなるんだよ! この家で一番偉いのはだから、レーナが代表だよ!」
私の問いかけに、ネフィーは元気良く答える。
「いやいや、私は別にモフモフ教なんて……」
「レーナ、ちょっと」
私が言いかけると、クリスが静かに立ち上がってテーブルから少し離れた所で手招きをした。
「……レーナ、子供の遊びかもしれないけどさ、こういう時は完全に蚊帳の外にされるよりは、一応それなりの地位ももらえるようだし、中から様子を見た方がいいんじゃない?」
促されるがままに席を立ってクリスと連れ立って廊下の方まで出て行けば、小声でクリスが耳打ちしてきた。
「うっ、それもそうだけれど……」
「それに、子供のやる事だからそのうちすぐに飽きるかもしれないし、下手にダメって言ったら反発して余計に面倒な事になるかも……」
「確かに……」
クリスのいう事も一理ある。
この前アンナリーザが家出した時の事もあるし、感情に任せて否定してもへそを曲げてしまうかもしれない。
ここは大人しく成り行きを見守るべきか……。
こうして私はこの日、モフモフ教の代表となった。
つまり、私は別に野望も野心も持っていないし、別段今後世界を揺るがせるような大きな計画を持っていた訳でも無いのだ。
………………本当に、それだけだった。
信じて欲しい。
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