第55話 モフモフ教

「いえ、実はアンナリーザは家出していて……」

 私がラピスさんに説明をしようとしていると、彼のすぐ後ろでソワソワした様子の女の子が立っていた。

「……何か用?」

 ラピスさんとの話は長くなりそうなので、先にこちらを片付けてしまおう。


「どうもレーナさん、アンナリーザちゃんの転移魔法の代金を頂きに上がりました!」

「…………ごめんなさい、ちょっと詳しく話を聞かせてもらえるかしら?」

 元気な笑顔でそう話す彼女に、私は固まった。


 彼女の名前はメラニー・フォルン、元冒険者で、現在はこの辺で転移魔法による人や物資の輸送を生業としているそうだ。

 年の頃は十代後半から二十代始めという所だろうか、身長は大人とそう変わらないものの、顔にどこか幼さが残っている。

 母の会社とも付き合いがあるようで、魔法石に貯めた魔力の搬入などで彼女とは何度か顔を合わせた事はある。


「レーナさんがアンナリーザちゃんにアルグレドまでお使いを頼んだんじゃないんですか? レーナさんは仕事で忙しいから代理で頼まれて、代金はレーナさんから貰うように言われたんですけど……」

「……それ、いつ?」


 アンナリーザが一晩で東西に長いこの国の東側であるここダージリルから西の端アルグレッドまで移動した謎はわかった。

 そりゃ転移魔法を使えば一瞬だろう。


「昨日の夜、もう店じまいしようとしてたらアンナリーザちゃんが急ぎの用だって言ってて、とりあえず目的地にだけ送って、お代は朝貰いに行く事にしたんです」


 ……まあ、アンナリーザの身元もわかってはいるので請求元もはっきりしている。

 母親である私の商売を知っていて、その娘が変更する種族は違うものの似たような事をやっているエルフ教のある町まで連れて行けと言われたら、何かしらの商談があるように見えるのかもしれない。


 とりあえず、今アルグレドで騒ぎを起しているのはアンナリーザで間違いは無さそうだ。

 私はメラニーちゃんに転移魔法の料金を支払った後、今後アンナリーザが一人で転移魔法の依頼に行かせる場合、正式な書面で委任状を書くので、それがない場合は話を聞かないようにお願いする。


「ちなみに昨日の夜、我々の教会にアンナリーザちゃんが訪ねてきました」

 メラニーちゃんが帰った後、ラピスさんが付け加えるように言う。


「……あの、ラピスさん、その事、詳しく聞かせていただいても?」

「ええ、そのために来ました」

 私の言葉にラピスさんは頷く。


「アンナリーザちゃんは、エルフ教に興味があって、親に内緒でこっそり家を抜け出して来たと言うのです。アンナリーザちゃんは魔術学院の試験を観戦した人間の間では有名でしたし、そんな優秀な人材がエルフ教に興味を持っているならと、彼女は教会に招き入れられました」


「……なる程」

 ラピスさんの言葉に頷きながら、私はアンナリーザの行動範囲の広がり方に内心頭を抱えた。


「アンナリーザちゃんは教会の建造に関わったテオバルトさんからも促成魔術について色々と教わっているようで、教会の内部や周囲を見て随分と感心しているようでした」


 エルフ教をアンナリーザが訪ねたのは、純粋にテオバルトが促成魔術を使って作った木でてきた教会を直接見たかったというのもあったのかもしれない。


「自然との調和を重んじるエルフ教の教義を説明すると、彼女はこう尋ねてきました。この教会が生きた一本の木なのが大事なら、その木と話ができたら楽しいのではないか、と」

「……それで、はいと答えて今に至るという訳ですか?」

 私が尋ねれば、ラピスさんは首を横に振る。


「トレントの存在は広く知られていますし、樹木をトレントにする魔法もありますので、彼女の言わんとすることはすぐに理解できました。確かにそう出来たら素敵な事でしょう。しかし、我々はそれは難しいと答えました。その手の魔法にはそれなりのリスクとコストがかかりますから」


「まあ、そうですよね……」

 私はラピスさんの言葉に頷く。

 その辺の魔術理論は昔一通り読み漁ったので、実践した事はないものの、知識としてはある。


「人工でトレントを作るとなると、それなりに儀式の準備も必要ですし、その状態を維持するのにも定期的に膨大な魔力を注ぐ必要があります。トレントを召喚して眷属を作らせる方法もありますが、眷属ですから、元となったトレントとは主従関係が生まれ……」


「つまり、教会をトレントにするのは色々とめんどうだから、実質不可能って答えたのね?」

 ラピスさんの説明は私も知っている事だったので、ざっくりと話をまとめて先の話を促す。


「ええそうです。すると、アンナリーザちゃんは、最近自分が考えたというある魔術の理論を我々に話したのです。ゴーレムを作る魔法を応用してトレントを作るというものでしたが、その理論は画期的なものでした」

「あ、もしかしてアンちゃんが学校で先生に言ってたアレかな~」


 私の言葉に頷きながらラピスさんが答えれば、先程まで大人しく話を聞いていたデボラちゃんがポツリと漏らした。

 ……多分、そうなのだろう。


 当時は疲れていて、熱心に話すアンナリーザの話もほとんど聞き流してしまっていたけれど、今になって思うと、ちゃんと聞いておけば良かった。


「トレント自身に光合成と好気呼吸の能率を上げて魔力に変換する回路を組み込み、埋め込んだ魔法石にそれを蓄積させる事により、自立して自己を保てるだけでなく、昼も夜も活発な行動が可能となります」

「アレで小さな花が継続的な魔法供給なしにすごく元気に動き出して、皆びっくりしてたよね」


 ラピスさんの説明に、ダリアちゃんも思い出したように言う。

 ……というか、それが本当なら、かなり画期的な魔術ではないだろうか。


 私の娘すごい。

 細かい術式に興味を惹かれつつそう思って、同時に後悔する。


 きっと、あの日アンナリーザは、この事を私に伝えて驚いて欲しかったのだろう、褒めて認めて欲しかったのだろう、それに気づいて、胸の奥がきゅっと締め付けられた。


「その革新的な理論に感銘を受けた我々は、すぐに町中の同胞に召集をかけて、話し合い、早速皆でアンナリーザちゃんと共に教会をトレントにする儀式魔術を行ったのです」

「ん? という事は、別に教会をトレントにしたのは皆さんの合意の元だったんですよね?」


 ラピスさんの最初の話だと、てっきりアンナリーザが勝手に教会をトレントにして立てこもっているのだとばかり思っていたけれど、実際は少し違うようだ。


「ええ、なので正確には教会をトレントにしたのはアンナリーザちゃんと私達です」

「……それで、どうしてアンナリーザが教会に立てこもる事になったんです?」

 その流れで、なぜアンナリーザが教会に立てこもる事になるのか。


「問題は、トレントの人格だったのです。トレントと言うと、随分と気の長く、のんびりした性格を想像されると思います」

「まあ、トレントと言ったらそうよね」

 大きなため息をつきながら言うラピスさんに、私は頷く。


「しかし、それは恐らく、自然で長い時間をかけて育った木に魂が宿ったからこそ、あのような性格になるのです。そして、我々の教会の元となる木は、先日促成魔法で急速に作られた元は幼い木でした……」

「……教会の木で作ったトレントは、私達の知っているトレントとは違った、という事ですか?」

 私の言葉に、ラピスさんは静かに頷く。


「ええ、生まれたトレントの人格は幼く、気の短いものでした。しかし、そこまではまだ良かったのです。これから皆でそのトレントを育てていけばいいのですから。トレントはネフライトと名付けられました」

「その後、問題が起こったんですね?」


「はい。ネフライトは好奇心が強く、おしゃべり好きな性格でした。しばらくはその場にいた皆と談笑を楽しんでいたのですが、ネフライトは一人だけ見た目が違い、かつ精神年齢も近いらしいアンナリーザちゃんを随分と気に入ったようでした」


 まあ、一人だけ猫耳なうえに、アンナリーザは今年のわが国全ての魔術学院の入学者の中でも最年少だったらしいし、エルフ教に入れるのは一人前の魔術師か魔術学院関係者なら、当然アンナリーザはその場で一番若い事になる。


「ネフライトがなぜ一人だけ姿が違うのかと尋ねると、自分のいた所ではモフモフ? は沢山いるけれど、ここからは遠い地域だからと答えました。我々はそこでアンナリーザちゃんがエルフ教に興味があってやってきたらしい事を伝えると、じゃあアンナリーザもエルフ教に入信してずっとここにいればいいとネフライトは言いだしました」


 ……確かにモフモフは沢山いるけども、随分とざっくりした説明だ。


「そしてアンナリーザちゃんは実はここには家出して来たのでここに住むと言い出しまして……」

「……言いかねませんね」

 というより、そう言って拗ねる姿が目に浮かぶようだ。


「ならばエルフ教に入信するかとネフライトが尋ねると、アンナリーザちゃんはエルフよりモフモフの方が好きだから、嫌だと言いだしました。すると、ネフライトは彼女と離れたくなかったのか、なら自分がモフモフ教に改宗すると言い出しました……」


「えっ……」

 なんだか、雲行きが怪しくなってきた。


「当然、エルフ教の教会であるネフライトが改宗するなど、認められる事ではないと皆は猛反対しました。するとアンナリーザちゃんはなら全員モフモフ教に改宗すればいいと言いだしました。しかし、ママに頼めば皆モフモフに、そう言いかけたところで、彼女は泣き出しました」


「えぇ…………」

 ラピスさんの言葉に私は困惑する。

 なぜ、そこで突然泣くのか。


「急に母親が恋しくなったようで、ママに会いたいと泣き出して、それを見たネフライトがじゃあ一緒にママに会いに行こうと言い、アンナリーザちゃんは自分が来た町はここよりずっと東にあって、東というのは日がのぼる方向だと言いました」


「まさか……」

 そこまで聞いて、私はハッとした。


「はい。現在ネフライトはアンナリーザちゃんと共にこの町へ向かっています。モフモフ教への改宗を拒否したエルフ教の人間は、全員ネフライトにはじき出されてしまいました」


 アンナリーザは立てこもるだけではなく、更にこっちへ向かっているらしい。

 いや、しかし、距離を考えると転移魔法、飛行魔法を使うならともかく、陸路なら十日以上かかりそうなものだけれど。


「え、えっと…………」

「改めて問います。今回、アンナリーザちゃんがエルフ教の教会を奪取してこの町に向かっているのは、あなたの差し金ですか?」


 答えに詰まる私に、ラピスさんがギロリと睨みを利かせて尋ねてくる。

「違います!」

 慌てて私はそれを否定する。


「では当然、今回の件の解決にご尽力いただけるのですよね?」

「ええ、もちろん……」

 ラピスさんの言葉には、有無を言わせないような凄みがあった。


 まあ当然、私の娘がやった事なので、解決に協力するのは当たり前なのだけれど、アンナリーザは今回も随分派手にやらかしてくれたようだ。

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