第56話 何しに来たの!
「そういえば、教会に食糧はありますか? もしかしたら今頃お腹すかせているかも……」
「はい、祭壇の供物と、倉庫にいくらかの備蓄があったはずです」
「……減った食糧分の代金は後でお支払いします」
心配になって尋ねれば、ラピスさんが静かに首を横に振る。
エルフ教の人には申し訳ない限りではあるけれど、とりあえずアンナリーザがひもじい思いをしている事はなさそうで少しホッとした。
「お願いします。我々としても、事は穏便に済ませたいのです。レーナさんがアンナリーザちゃんを連れ帰り、我々の元にネフライトが戻ってくれば、これ以上どうこう言うつもりはありません」
トレントがこの町に向かう理由がアンナリーザを私に会わせるためならば、私がアンナリーザを迎えに行く事で、すぐに解決できるかもしれない。
ラピスさん達はそれを期待しているのだろう。
「ありがとうございます……ところで、そのトレントは教会として機能する程の巨体なのですよね、それがこの町を目指して東へ向かっているなんて、周りへの被害は大丈夫なんですか?」
「我々の教会は町の外から中心へと続く大通りに面していて、町から出ると東側はずっと荒野が広がっていますので、現状では特に大した被害は報告されていません」
「そうですか……」
とりあえず、事を解決すれば教会に備蓄していた食糧以外の損害賠償はしなくて良さそうだ。
最近はアンナリーザに寂しい思いをさせてまでひたすら働きまくったおかげで、結構な額の貯金がある。
……まあ、隣の家が空き家になったので、薬草を育てるために庭を拡張して少し目減りしてしまったけれど。
トレントの暴れっぷりによってはその貯金が全部吹っ飛ぶどころか借金まで出来そうだったので、私は一安心する。
「しかし、ネフライトの向かう岩山を抜けた先には王都セイローアがありますので、被害を最小限に留めるには今日明日が勝負かと」
「……わかりました。まずはトレントの足を止めさせましょう」
このままトレントが王都に突進したら、それこそ破産だ。
いや、それ以前に、被害状況によっては洒落にならないレベルの罪を背負わされて国賊扱いされそうなので、なんとしてもそれだけは阻止しなくてはならない。
「アンナリーザちゃんとネフライトの居場所は、現在エルフ教で監視しています。飛行魔法で追跡している者達が転移用の魔法陣を準備しているので、今すぐに転移できます。転移先は空中ですので、あらかじめ飛行魔法の準備をお願いします」
「わかりました。それじゃあ私はちょっとアンを迎えに行ってくるわ」
ラピスさんの言葉を受けて、早速私はアンナリーザを迎えに行く事にする。
「待ってください、私も行きます!」
「僕も心配だからついてくよ」
ニコラスとクリスが一緒についてくると言い出したので、二人もアンナリーザの事が心配なんだろうと、一緒に来てもらう事にした。
帰りはいつになるかわからないので、デボラちゃんとダリアちゃんには一旦帰ってもらうことにする。
「今度美味しいおやつをご馳走するわ。ダリアちゃんもデボラちゃんも今日はありがとね」
「わかった~楽しみにしてるね~その時はアンちゃんも一緒がいいな~」
「あの、レーナおばさま、あんまりアンを叱らないであげてね?」
「わかってるわ。二人共アンの事を心配してくれてありがとう」
見送る時、デボラちゃんとダリアちゃんがアンナリーザを気にかけてくれている事がうかがえて、嬉しい反面、申し訳なかった。
とりあえず、今度二人はケーキの美味しいお店にでも連れてってあげよう。
「レーナ、僕、一応念のために武装していきたいんだけど……」
「わかったわ」
ダリアちゃんとデボラちゃんを見送った後、クリスがそう言ってきたので、私は転移魔法の応用で鎧や剣をクリスに装備させる。
以前、ニコラスの巣に向かう時にコレをやって以来、クリスは準備の大幅な短縮に随分と感動して、今ではクリスの武具は専ら私が魔法で装備させている。
「では、現地に転移したら二人とも私の背中に乗ってください」
「わかったわ」
「よろしくね、ニコ」
クリスの準備が終った所で、ニコラスが私達を乗せて飛ぶと申し出た。
一応私は飛行魔法が使えるけれど、クリスを乗せて飛ぶよりは、こっちの方が魔力消費も少なく動きやすいのでありがたい。
「では、今から転移しますがよろしいですか?」
ラピスさんはロッドを構えながら不思議そうな顔をしていたけれど、特にそれについてつっこむ事もなく、私達が彼の呼びかけに頷くとそのまま私達を転移させた。
足元に転移魔法の魔法陣が展開された次の瞬間、私達は空中にいた。
下には広大な荒野と、ものすごい速さで移動する大木が見える。
転移すると、早速ニコラスはドラゴンの姿になり、私とクリスを背中で受け止める。
背中の角のような棘に捕まると、案外ニコラスの背中は安定して乗り心地も良かった。
「なっ、ドラゴン!?」
「人に化けるドラゴンがまだいたなんて……」
「まさか、あれも獣人化魔術の一つの形なのか!?」
「いや、ドラゴンの首にあるあの印は……」
私達の少し上を飛んでいるエルフ教の人達が驚いた様子で何か言っている。
でも今大事なのは、まずあのトレントの足を止める事、そして次にアンナリーザを説得して連れ帰る事だ。
「今からアンナリーザと話してきますので、私が出て来るまでは手出し無用でお願いします!」
声を張り上げてエルフ教の人達にそう伝えると、私はニコラスにトレントの近くまで寄せてくれるよう頼む。
ニコラスがトレントの近くまで寄っていくと、トレントの幹部分の真ん中辺りに窓らしい穴があり、その一つに、驚いたようにそこから身を乗り出しているアンナリーザを見つけた。
「アンナリーザ! 迎えに来たわ! 一旦止まってちょうだい!」
「ママ! ネフィー、一旦止めて!」
「うん、ネフィー止まるー!」
アンナリーザに声をかければ、アンナリーザはトレントに呼びかける。
するとどこからとも無く甲高い幼い感じの声が聞えて、ものすごい速さで動く大量の蜘蛛の足のようだった根の動きが止まってズブズブと地面にめり込み始めた。
木の根の動きが止まったのを見計らってニコラスがトレントの前に降り立てば、幹の部分に入り口らしい穴が開き、地上から少し高い位置にあるその穴まで、何本もの根が折り重なって階段のような形を作った。
「……中に入れって事なのかしら」
「そうだよー! 入って入ってー!」
私が呟けば、また元気な甲高い声が聞こえてくる。
声にしたがって私とクリスと、人間の姿になったニコラスが中に入れば、木の匂いに包まれた、明かり取りの窓のおかげで思ったよりも明るい礼拝堂のような場所に出た。
「奥の螺旋階段を上るとアンに会えるよー!」
辺りを見回していれば、再び元気な声が私達を案内する。
一見、目のような物は見当たらないけれど、一体このトレントはどこで私達の姿を認識しているのだろう。
とにかく言われるがままに、礼拝堂の奥にある螺旋階段を上れば、お酒や農作物や花やお菓子など色々なお供え物がされた祭壇のような物がある部屋に出た。
祭壇は階段のような形で段々になっていて、なぜか一番上の段にアンナリーザが踏ん反りかえって座っている。
「もう! 何しに来たの!」
そして、アンナリーザは腕を組んで偉そうな態度で私達を見下ろしてくるのだけれど、なんだかものすごく嬉しそうな顔をしていた。
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