第54話 エルフのお客さん
「アンが家出したみたい……」
「アンが!?」
「あー……、最近レーナに構ってもらえなくて寂しそうだったもんね」
一階に戻ってアンナリーザの置手紙を見せながら私が説明すれば、ニコラスは驚いていたようだったけれど、クリスは妙に納得した様子だった。
「私、そんなにアンを蔑ろにしたつもりはないんだけど……家でも大体クリスやニコラスに見てもらってて特に寂しくはなかったはず……」
「きっと、アンはレーナに構ってほしかったんだよ。僕やニコラスといる時もよくレーナの話するし、アンの一番はレーナなんだよ」
私が首を捻ると、クリスは呆れたように小さくため息をつく。
「そんな事言っても、最近は私も忙しくて…………もしかして、だから最近しょっちゅう夜は私のベッドに潜り込んできてたのかしら?」
「多分ね」
クリスが私の言葉に頷く。
「だけど昨日はニコラスと寝るって言い出して……」
「待ってください、昨日アンは私の部屋に来てません」
途端にニコラスが会話に割り込んできた。
「ああ、それならクリスの所に行けって私が言ったから」
「なぜですか!」
納得がいかないと言わんばかりにニコラスは詰め寄ってくるけれど、私としては、むしろなんで私が笑顔でアンナリーザに添い寝する事を許すと思っているのか。
「うーん、本当はレーナにやきもちやいて欲しかったのに、そうならなくて悲しかったとか? 僕の部屋にも昨日アンは来てないし……」
「……まさかとは思うけど、アンが出て行ったのって、昨日の夜じゃないわよね?」
「いやー、流石にそれはどうだろう」
クリスもそうは言うけど、はっきりとした否定材料は見つからないようだ。
もし、夜のうちにアンナリーザが飛行魔法で魔力の続く限り全速力で飛んだとしたら、今頃アンナリーザはどこにいるのだろう。
「とにかく! 今すぐアンを探さなくては!」
「まあ待ちなさい、とりあえず連絡用精霊で心当たりを確認してみるわ」
焦ったように声を上げるニコラスを嗜めながら、私はまず母に連絡を取ってみる事にした。
早速通信用精霊を二つに分けて片方を母の元へ飛ばす。
しばらくしてから手元に残った精霊から母の声が聞える。
人工精霊を扱う心得のある魔術師同士しか使えないけれど、こうやって連絡用妖精を使えば離れた場所にいても話せるので、こういった急用がある時は便利だ。
「え? アンちゃんは来てないけど……家出? まあ、お腹がすいたら帰ってくるわよ。レーナも子供の頃はよく家出してたわよね~森で魔物を仕留めたはいいけどその後の処理の仕方がわからなくて半泣きで帰ってき……」
「あっちにはアンは行ってなかったみたいね。次はリアの所へお願いね」
話の途中で通話を切って、出先の精霊に次はリアの所の精霊に繋ぐように片割れの精霊を通して伝える。
「僕、時々聞えてくるレーナの子供時代の話を聞くたびにやっぱりレーナはアンのお母さんなんだなって思う」
クリスが後ろで何か言っているけど無視だ。
「そうでしょうか? 話を聞く限りアンの方がまだ平和的です。母親がいきなり知らない男を連れてきてもいきなり決闘を挑んだりしませんし、アンの方が懐が広……」
「まだ小さい娘にいきなり求婚してきたドラゴンを討ち取る事無く一つ屋根の下に住まわせて将来の可能性も残してあげている私が、なんだったかしら?」
流石にイラッとしたのでニコラスの言葉を遮って私は彼の方へ振り向く。
「いえ、これ程までに心の広いレーナでさえやんちゃな時期があったのですし、アンは将来どんな大人になるのかなあ、と」
「……まあいいわ」
ニコラスがかなり苦しい言い訳をしていたけれど、大人しくなったので今はよしとしよう。
そうこうしているうちに、出先の精霊がリアの元へ着いたらしく、手元にいる精霊からリアの声が聞えてくる。
「ねえリア、アンが家出をしたみたいなんだけど、そっちに行ってないかしら? もしいないようなら、デボラちゃんにちょっと探してもらいたいんだけど」
「アンナリーザちゃん? 来てないわ……ちょっと待ってて、デボラ~デボラいる~?」
リアのデボラちゃんを探す声がしばらく続いた後、デボラちゃんをみつけたらしいリアは、事情を説明してアンナリーザを探してくれるようにデボラちゃんへ頼んでくれた。
デボラちゃんはすぐに了承してくれて、しばらくの沈黙の後、困ったような声が聞えてきた。
「レーナおばさま、アンちゃん見つからない~! 少なくともこの町と周りの森とかにはいないみたい」
「そう、ありがとうデボラちゃん……」
デボラちゃんにお礼を言いながら私は頭を抱えた。
それはつまり、アンナリーザが夜のうちにどこか遠くへ行ってしまった可能性を示唆している。
「暗がりの森とか探してみる~? ダリアに乗せてもらったらひとっ飛びだし、お昼前には大まかに全体を見てまわれると思う~」
「助かるわ、お願いできる?」
「いいよ~、アンちゃん見つけたら、美味しいおやつ連れてってね~」
「ええ、その時は好きなだけ食べてちょうだい」
「うふふ、やった~私もダリアもいっぱい食べるから覚悟しておいてね~」
これで見つかってくれればいいのだけれど……。
ダリアちゃんとの通話を終了しながら私は考える。
もし、見つからなかったら……。
「とりあえず、今日が学校休みの日でよかったね」
「そうね。アンの学校の休みと仕事の休みを合わせてたから、今日と明日は私も自由に動けるしね」
困ったように笑うクリスに、私はため息をつきながら頷く。
まさか、久しぶりの二日続けての休みが、こんな形で始まるとは思いもしなかった。
「どうしようおばさま~、アンちゃん見つからない~! 暗がりの森以外にもこの辺で怪しそうな所全部探したのに見つからないよ~」
昼過ぎ頃、焦った様子のデボラちゃんとダリアちゃんが家にやって来た。
アンナリーザが知らない間にダリアちゃんの探知魔法をかいくぐれる程の技術やアイテムを手に入れたか、それを持っている人物と一緒にいるという事もなくはないかもしれない。
けれど、前に母やリア、魔術予備校の先生があらゆる手を尽くしてダリアちゃんの探知魔法に挑んで惨敗しているらしいので、この可能性はあまり高くないだろう。
「そう、大丈夫よ。ありがとうね、アンを探してくれて……そうなると考えられるのは、本当にもうこの辺にはいないかだけど……最近のアンの様子で何か手がかりになりそうな事とかない?」
休みの日にわざわざアンナリーザを探してくれたダリアちゃんとデボラちゃんにお礼をいいつつ、私は何か手がかりになりそうな事はないかと尋ねてみる。
「アンは一昨日、ゴーレムを作る授業の後、促成魔法で育てた植物でゴーレムを作って見せてテオバルト先生を感動させてたよ。それでママに言ったら褒めてもらえるかな~ってウキウキしてたんだけど、次の日はなんかしょんぼりしてた」
「アンちゃんはテオバルト先生大好きだよね~先生の仕事や研究の話をいつも興味深そうに聞いてるし、この前も促成魔法を使って小さな種から大きな木の教会を一日で作った話とか目をキラキラさせてたし」
「わかりました。あの男は一回しめましょう」
ダリアちゃんとデボラちゃんが順番に最近のアンナリーザの事を話していくと、途中まで大人しく話を聞いていたニコラスが何か物騒な事を言い出した。
「ダメだよニコ、あの人エリック君よりも弱いんだから……人間の世界では弱い者いじめをする奴は、モテないよ?」
「ぐっ……そうでした…………!」
宥めるようにクリスが言えば、ニコラスがハッとしたような顔で悔しそうに言う。
最近一緒に狩りに出かけたり、ニコラスに頼まれて文字を教えたりしているせいか、クリスはだんだんニコラスの扱いが上手くなってきている気がする。
「………………」
しかし、ダリアちゃんとデボラちゃんの話を聞いて、私はある想像をしてしまった。
いや、流石のアンナリーザでも、そんな事はしないだろう。
「おばさま、アンの事が心配なのはわかるけど、今は落ち着いて」
「ああ、大丈夫落ち着いてるわ、ダリアちゃん……ただ、なんとなく嫌な予感がして」
難しい顔をしている私を、アンナリーザの心配をしていると思ったらしいダリアちゃんが私を落ち着かせるように優しく言い聞かせてくる。
「だ、大丈夫だよ、きっとアンちゃんは見つかるよっ!」
「ありがとうデボラちゃん……」
デボラちゃんも私を元気付けようとしてくれる。
リアの娘達はなんて良い子達なんだろう。
でも、だからこそ、なんて答えたらいいのか困る。
アンナリーザがテオバルトの言っていた木でてきた家に興味を示して何かしようとしているのではないかとか、やりかねないと言うか、アンナリーザにはそう思えるだけの前科があり過ぎる。
いや、しかし、エルフ教の本部があるという西側の地方はちょうど王都を挟んで東側のこの町と反対側に位置していて、ほぼ国の端と端だ。
いくらアンナリーザが昨日の夜から出発したとして、そう簡単に行ける距離じゃないし、多分途中で魔力切れを起こすはずだ。
そんな事を考えて自分を落ち着かせようとしていたら、玄関のドアがノックされる音がした。
「こんにちは。アンナリーザちゃんの母親の、レーナ・フィオーレさんでいらっしゃいますか?」
「あ、はい。そうです……」
ドアを開けた瞬間、私は固まった。
尖った耳をした眼鏡の男性が険しい顔をして立っていたからだ。
「
「……アンナリーザが、エルフ教の方と何か?」
この時点で先程の私の予感は全て的中しているのではないだろうかと扉を押さえる手に嫌な汗をかいてしまったけれど、私は平静を装ってそらっとぼけながらラピスさんに聞いてみる。
「事は一刻を争いますので、手短に説明させていただきますと、アンナリーザちゃんが我々の教会をトレントにして立てこもっているのです……これは、あなたが意図して彼女にやらせた事なのでしょうか?」
やっぱりか。
そう思うと同時に、私は眩暈を覚えた。
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