第51話 ゴシップと乱闘

 週刊オーディエンス新聞が発売された日、アンナリーザは学校から帰ってくると神妙な顔をして私に話しかけてきた。


「ねえママ、今日学校で言われたんだけど……」

 いつもは帰ってくるなり元気いっぱいに「ただいま!」と言ってくるアンナリーザが、今日は帰ってくるなり無言で私の所までやって来てこうきりだした。


「な、なにかしら?」

 学校で何かひどい事でも言われたのだろうか、と心配になりながらアンナリーザの言葉を待つ。

 しかし、アンナリーザの言葉は意外なものだった。


「私、ママと夜一緒に寝ない方がいいの?」

 しゅんとした様子で大きな猫耳を伏せながらアンナリーザが尋ねてくる。


「あら、どうして?」

「大人には夜ベッドに入ってもやる事があるって、私がいると邪魔なの?」

 その言葉に私は固まった。


「ママ……?」

 私が言葉につまっていると、アンナリーザが不安そうに私を見上げてくる。


「だ、大丈夫よアン、私はやる事は全部寝る前に済ませてるから!」

 アンナリーザは何の事かわからずに聞いてきているのはわかっているので、とりあえず夜、何をするのかには触れず、アンナリーザの質問にだけ答える。


「そうなんだ! じゃあ、今日もママと一緒に寝てもいい?」

「もちろんよ!」

「えへへ~」


 私が答えれば、アンナリーザは嬉しそうに私に抱きついてきた。

 できればもうしばらくアンナリーザにはそういうものを知らずにいて欲しい。


 一番心配だったアンナリーザが学校で何か言われて嫌な思いをする事はなかったようだけれど、まだ安心は出来ない。

 ダリアちゃんとデボラちゃんにも話を聞くために、私はリアの家へと向かう。


「あー、確かに何人かアンちゃんを見てヒソヒソ話してたけど、皆腫れ物に触るような感じで、特にトラブルはなかったよ~、まだ七歳の女の子をからかったりしたら完全に悪者だもん」

 私が学校での事を尋ねれば、デボラちゃんは間の抜けた様子で笑う。


「それに、アンはだいたい私達と一緒にいるから、もし誰かが何か言ってきたら、私やデボラが許さないわ!」

 だから安心してくれていいとダリアちゃんは胸を張る。

 二人の言葉に私が胸をなで下ろすと、その直後、デボラちゃんが思い出したように口を開いた。


「あ、でも、エリーちゃんは乱闘騒ぎを起こしてた~」

「エリック君が乱闘!?」


 新聞にはテオバルトの名前は書かれていなかったけれど、知っている人が見れば、一緒に添えられたイラストと相まって、誰だかわかるような書き方だった。

 まさかその事で誰かに何か言われたのだろうか。


「うん、エリーちゃんのお父さんは学校の先生やってるんだけどね、誰かから新聞の事聞いて記事を読んじゃったみたいで……」

「あぁ……」


 どうやら、エリック君の乱闘相手は父親であるテオバルト本人らしい。

 父親が友達の母親と不倫しているかもしれないと聞いてどういうことだと憤慨したのかもしれない。

 正直、呼んでもいないのに定期的に訪ねてくるテオバルトには特に同情心は湧かないけれど、エリック君やローレッタにまで迷惑がかかってしまっている事に関しては素直に申し訳なく思う。


「結局、先生とエリーちゃんは早退したんだけど、おかげで学校の話題は殆どエリーちゃん親子が持っていっちゃったんだ~」

「そ、そう……」

 無事誤解が解けれていればいいけれど……いや、誤解が解けていたとしても、さすがにアッシュベリー家にはお詫びに向かうべきだろう。


 早速通信用の精霊をローレッタの元へ飛ばして、オーディエンス新聞に書かれた事について説明したいと話せば、大体事情はわかっているけれど、話は聞きたいとローレッタは言い、私はこの後アッシュベリー家を訪ねる約束を取り付けた。


 下世話な新聞記者がアッシュベリー家の近辺で張っているかもしれないので、人目につかないよう屋敷の中に転移してもよいかと打診すると、だったら応接室に来て欲しいと、応接室に対応する転移魔法陣が精霊を通して送られてきた。


 魔術師の家は今まで積み重ねてきた研究資料のつまった場所なので、その研究成果を盗もうとする輩への対策が講じられる。

 家主に許可されないと家の中に入れない結界や、家の中へは専用の転移魔法陣がないと転移できない結界などが張られる事が多い。


 それから私は一旦家に戻って、表向きは私の婚約者という事になっているクリスにダリアちゃんとデボラちゃんから聞いた話を伝える。


「という訳だからクリス、ちょっとこれからアッシュベリー家にお詫びと釈明をしに行くから、ついてきてもらえないかしら?」

 さすがに万が一にも人様の家庭を壊すような事はできないし、もし誤解がとけずに話がこじれていたら、私一人で行って釈明してもあんまり説得力無いだろう。


「いいよ。つまり、僕とレーナがテオバルトさんの身の潔白を証明すればいいんだね」

「ええ、もしまだテオバルトが不貞を疑われているようならね」

 クリスの言葉にため息をつきながら私は頷く。


「ママとクリス、エリーの家に行くの?」

 話がまとまった所で、影で話を聞いていたらしいアンナリーザがひょっこりと姿を現した。


「え、ええ、ちょっとね」

「私も行く!」

 嫌な予感がした直後、その予感はすぐに現実の物となった。


「遊びに行くんじゃないんだから、大人しくお留守番してちょうだい。夕食の準備はして行くからニコラスと二人で食べて、先に寝てて」

「やだ! 私も行く! ……エリーの事、気になるもん。絶対一緒にいくもん」


 耳をぺたんと伏せて、俯きながらアンナリーザは呟く。

 どうやら、アンナリーザはアンナリーザなりにエリック君の事を心配しているようだ。


「レーナ、まさか私だけ一人留守番なんてさせませんよね?」

 どうしたものかと思っていると、背後からニコラスが声をかけてきた。

「ニコラス、まさかあなた一人で留守番も出来ないの?」

「出来ません!」

 振り返りながら私が言えば、元気よくニコラスが答える。


「嘘つくんじゃありません!」

「私だけ一人蚊帳の外なんてあんまりじゃありませんか!」

「そもそも、アンを連れて行くとも言ってないわよ!」

「やだ! 私も行く! エリーの家は遊びに行った事あるから知ってるもん! もう私だけで行く!」


 アンナリーザを閉じ込めたとして、自力で脱出して飛行魔法でアッシュベリー家へ突撃なんてされたら元も子もない。


 散々揉めた結果、ニコラスには使役術式を使って強制的に留守番をしてもらう事にして、アンナリーザは私の側で大人しくしている事を条件に連れて行く事にした。

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