第50話 モフモフキャンペーン

「でも、なんで急にこんな事に……」

 困惑したようにクリスが言う。


「まあ、逆恨みじゃないかしらね」

「どこの世界でもよく聞く話ですしね」

「そ、そうなの?」

 私とコレットさんが言えば、ちょっと引いたようにクリスが聞き返してくる。


「まず、獣人化魔法反対派の筆頭だった母さんが娘の私にまんまと取り込まれて方針転換とか、獣人化魔法反対派の人達にはそれだけで面白くないでしょうしね」

「それとは別に、学会内での派閥争いもあるし、単純にやっかみもあると思うのよね。ほら、私って美人だし優秀だから」

 私の話にかぶせるように、なぜか得意気に母が言う、。


「要するに、犯人は心当たりが多すぎてわからないわね」

「でも、犯人が誰であれ、今はこのゴシップ記事で注目を集めてる今こそ、絶好の宣伝チャンスでもあります」

 肩をすくめる私に、コレットさんは妙に力強く言う。


「まず確認しておきたいのですが、この新聞の記事のような獣人化魔術による健康被害ってあるんですか?」

「ジャックの研究は完全に人間と言う種族を作り変える目的でされていたから、元々その部分にはかなりシビアに実験を繰り返していたわ。だから可能性は低いとは思うけれど、完全に無いとは言い切れないわ。だからこそ何かあっても責任をこちらに追求しないと施術前に誓約書を書いてもらってるんだしね」

「なるほど……」


 私が質問に答えると、コレットさんは少し考え込んだ。

「けど、もしそれで健康被害が出たとしてもある日突然即死するような事は無いから、異常が出た時点で原因を突き止めてリザレクションで治療すれば済む話よ」

 随分と深刻そうな顔なので、補足情報を伝えておく。


「……ちなみに、獣人化した方達が将来的に何らかの遺伝子異常を起こす可能性はどれ位あるのですか?」

「研究資料を見る限り、まず無いと思うけれど、実際の人間をこれだけ大規模に獣人化させて何十年も経過を見るなんて、前例がないから絶対無いとは言い切れないわね」


「しかし、現状ではその可能性はかなり低い、とレーナさんは考える訳ですね?」

「ええ」

 コレットさんの言葉に私は頷く。


「わかりました。それではこれに関しては後でレーナさんの一般人にもわかりやすい内容の説明を書いてもらうとして、それに加えて我が社ではもしこれで健康被害が発生した場合のリザレクションによる治療保障をつけましょう」

「まあ、治療できるだけの人材は揃ってるものね」

 母の学会でのコネなのか、母の会社は様々な魔術師達との繋がりがあるようだ。


「次に、獣人化した人間の子供への影響についてですが……」

「間違いなく出るでしょうね。それは断言できるわ。普通の人間と子供を作っても優性遺伝で獣人が生まれるわ」


 そもそも、別の姿に化ける変身魔法もあるのに、なぜ遺伝子ごといじる必要があるのかといえば、人間という生物を根本から改変して新しい獣人という種族を作り出したかったからに他ならない。

 ジャックはそうして最終的に世界中の人間を獣人にしようとしていたのだ。


「そうですか……では、当社のサービスを利用して獣人化した人に限り、人間に戻りたい場合やその方達の獣人として生まれたお子さんの人間化を無償で行いましょう」

「さすがに大盤振る舞い過ぎない……?」

 コレットさんの提案に私は首を傾げる。


「私は魔術は専門外なので詳しい事はわからないのですが、人間を獣人にする場合と、獣人を人間に戻す場合の魔力消費は同等ではないのですか?」

「いや、遺伝子をいじる箇所は同じだから変わらないけど……」

 私が答えれば、コレットさんは安心したように頷く。


「では問題ありません。当社の魔力の仕入れ値と獣人化魔法を施術する価格の対比で言えば、一回の施術での利益で後六、七回分の施術費用を稼げます。料金の殆どが技術料ですしね。それに、いつでも簡単に戻れると思った方が、獣人化への抵抗感は薄れるでしょう」


 自信に溢れた様子でコレットさんが答える。

 そんなに利益率が上がるのか……私が個人でやっていた時と料金は据え置きなのに。

 個人でやっていた時一回の施術で稼げるのは約三回分の施術に必要な魔力を買える程度の金額だったのだけれど……。


 私は基本研究のために魔力は自前で貯めるか買うかしかしてこなかったので魔法石に貯めた魔力の買取り価格は知らないけれど、仲介業者の中抜きが酷いのはわかった。


「次に、倫理観だとか、レーナさん個人へ男好きだなんだというゴシップ記事ですが、これはむしろ否定せずに積極的に乗っかっていく方向で行こうと思います」

「……と、言うと?」

 なんだか不穏な気配がしたけれど、ここで聞かないわけにはいかないだろう。


「獣耳をはやしてモフモフだと、素敵な異性にモテまくってしまうという方向にアピールしていくんです。誰とは言わないけど、明らかにレーナさんそっくりの猫耳美女と、そんな彼女に心酔した様子のイケメン二人の絵、これで決まりです!」

 実にいきいきとコレットさんはとんでもない提案をしてきた。


「いやいや、さすがにそれは……」

「なるほど! 獣耳はモテるというイメージを先行させる事でレーナの人格の問題と言うよりは、レーナが魅力的過ぎて勝手にイケメンの方からやってくる、なぜならレーナが獣耳だから! という方向に誘導するのね」

「その通りです」


 渋る私を他所に、母はコレットさんとどんどん話を進めていく。

「なんで母さんは急に乗り気なのよ……」

「だって、獣人化魔法の事は置いておくとして、可愛い娘が言いがかりみたいな記事で散々悪く書かれて後ろ指を指されるなんて我慢ならないわ!」


 私が尋ねれば、淀みなく母は答える。

 どうやら、私以上に週刊オーディエンスの記事にはご立腹らしい。


「なので、レーナさんはむしろ堂々としていて欲しいんです。美人なんですからもっと着飾って、ついでに娘さんみたいに普段から猫耳とか出していく方向にすれば、それだけでいい宣伝になりますよ」

「ええ……」


 それじゃあ完全に見世物状態だ。

 ……まあ、既に新聞記事で注目は集めてしまっているので、むしろコソコソしてた方が逆に後ろめたい事があるんじゃないかと思われそうではあるけれど。


「レーナがアンと同じ猫耳に……」

 不意に、ニコラスがジロジロと私の顔を見ながら呟いた。


「な、なによ」

「いえ、ふと思ったのですが、レーナは本当にアンにそっくりだなあと。多分アンが大人になったらこんな感じになるのでしょうね」

 何か感慨深い様子でニコラスが言う。


「そりゃ、親子だもの、似るのは普通よ」

「そうですか? でもレーナとお母上はあまり似ていないようですが……」

 そう言いながらニコラスは母を見る。


「レーナは父親似なのよ~もう別れたけど、この水色の髪なんかは父親譲りね~」

「ふむ。レーナ、猫耳をはやしましょう。そして私の事をニコと呼んでみてください」

「断るわ」


 あっけらかんと母が答えれば、ニコラスが小さく頷いた後、期待に満ちた目で愛称で呼ぶよう要求してきた。

 何を考えているのか手に取るようにわかる。


「レーナさん、これは大きなチャンスですが、同時に失敗したらただ貶められて悪評が広がるだけで終わっちゃいますよ」

「レーナ、ここはアンの為にも頑張ってみたらどうかな、大好きなお母さんが悪く言われてたら、アンも嫌だろうし……」

「うっ……」


 このまま話を有耶無耶にしようとしたけれど、コレットさんとクリスに真剣な顔で諭された。

 私の事は別になんとでも言えばいいけれど、その被害がアンナリーザに及ぶのだけは絶対に避けたい。


 かくして、私はコレットさんの提案を全面的に受け入れた。


 それから私はクリスとニコラスと一緒に日が暮れるまで広告イラストのモデルをさせられる事になった。

 猫耳もはやすよう指示されたけれど、獣人化ではなく普通の変身魔法で対応したのはせめてもの抵抗だ。

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