第49話 レーナは有名人

 コレットさんの提案に私が頷いてからは早かった。

 翌日から私の元に母の会社で働いているという魔術師の人達が派遣されてきた。


 皆とても勉強熱心な人達で、憶えも早かったので、研修日程は二日だったけれど、一日目で全員獣人化魔法をマスターし、仕事の流れもすぐ憶えてくれて、二日目は私の代わりにカウンセリングや施術をしてもらい、特に問題は無く研修は終了した。


 それを四組繰り返し、その後は昼から夕方までの獣人化魔法の施術に加えてコレットさんと細かな打ち合わせをする日々がしばらく続く。

 コレットさんとは朝の時間に仕事の話をするので、アンナリーザの勉強はクリスに見てもらう事になった。


 クリスに勉強を見てもらう事になった初日、アンナリーザは外は晴れて良い天気だというのに、勉強が終わっても出かけようとしない。


「どうしたの? 今日は外に遊びに行かないの?」

「……いい、今日はママといる」

 私が尋ねれば、アンナリーザはそう言いながら私にしがみついてくる。


「そう、でもこれから家にモフモフにしてって人達が来るから、大人しくしててね」

「わかった!」

 最近全くかまってあげられなかったのは私も悪いと思っていたので、大人しくしている事を条件にアンナリーザの同席を許した。


 しかし、それは間違いだった。

「お兄さん熊のモフモフになるの? どっちかっていうと豚のモフモフの方がぴったりだよ!」

 熊の獣人になる事を希望した恰幅のいい男性に言い放ったアンナリーザの一言がこれである。


 とりあえず、私はすぐにアンナリーザをつまみ出し、その人のカウンセリングと施術が終わるまでの間、ニコラスにアンナリーザを預けた。


 施術も終わり、次に予約している人の時間までは少し余裕がある事を確認して、私は二階のアンナリーザの部屋へと向かう。

 ドアを開ければ、ベッドの上で膝を抱えて座るアンナリーザの背中をニコラスがさすっていた。


「アン、大人しくしててって言ったでしょう?」

「お仕事お手伝いしようとしただけだもん……豚さん可愛いもん……」

 私がアンナリーザに話しかければ、拗ねたようにアンナリーザが言う。


「とにかく、もうアンは仕事に同席させられないわ。家で遊ぶなら、静かに遊んでね」

 そう言って私が部屋から出て行こうとすると、アンナリーザは声を荒げた。


「もうっ! ママは私と仕事、どっちが大事なの!? お仕事ばっかでつまんない! ずっとママと遊んでない! 魔法も教えてくれない!」

 振り返れば、ベッドの上に立って今にも泣きそうな顔のアンナリーザがいる。


「ごめんねアン、でも、もう少しだから。もう少ししたらお仕事も落ち着くから」

「私は今ママと一緒にいたいの!」

 アンナリーザは大きな目からポロポロと大粒の涙をこぼしながら私に言う。


「ママのバカ! もう知らないもん!」

「待ってアン!」

 それだけ言い残すと、アンナリーザは窓から飛行魔法で飛び去ってしまった。


「……追わないのですか?」

「……追いかけて捕まえても、今の私にアンの納得できる条件なんて出せないもの」

「そうですか。では私が追いかけます。夕食の頃には戻るのでご心配なく」

 ニコラスはそれだけ言うと窓から背中から羽を生やして飛び去る。


 夕方になると、ニコラスが宣言通りアンナリーザを連れて帰ってきた。

 けれど、アンナリーザはずっと不機嫌なままで、その日の夕食は随分と静かだった。

 翌日にはいつも通りだったけれど、その頃からだ、アンナリーザが夜、私のベッドに潜り込んでくるようになったのは。


 それから少しもしないうちに魔術学院の入学式があり、アンナリーザは休みの日以外は朝から夕方まで学校に通い始め、私達の生活もちょっとずつ変わっていった。


 事業拡大の工程も順調に進み、母の会社が経営する美容魔術の店でも獣人化の施術を受けられるようになってからは、私の所に来ていた予約もそちらに振り分けて、私の一日に受け持つ人数も十人前後まで減って大分楽になった。


 休みをアンナリーザと合わせてニコラスやクリス達と出かけたりもできるようになったし、たまに何か警戒した様子で絡んでくるテオバルトは鬱陶しかったけれど、全てが順調にいっているように思えた。


 そう、あの時までは。


 ある日、家の前の街灯に、あるビラが貼られていた。

 何かと思って読んでみれば、私個人のゴシップと、獣人化魔法による健康被害だとか親から貰った大事な身体を勝手にいじるなんて倫理的にありえないだとか、そんな内容だ。

 辺りを見回すとそのビラはそこかしこに貼られている。


「男好きレーナ・フィオーレ、結婚を噂される恋人や、人間に化けられて高度な知能を持つ魔物を使い魔にして囲い込むに飽き足らず、既婚者男性にまで手を出す……」

 これはもしかして、テオバルトの事を言っているのだろうか。


 ビラの内容は私個人に対するゴシップや獣人化魔法の健康被害、倫理的問題についてのあおり文句が載せられており、詳しくは本日発売の週刊オーディエンス新聞にてと書かれている。


 週刊オーディエンス新聞は、週に一度発行されている、有名人のゴシップや噂話、陰謀論やらあんまり教育によろしくない下らない話などを載せている下世話な新聞だ。


「レーナ! 新聞は読んだ!?」

 なんで私がこんな新聞に大々的に取り上げられているのだろうと思っていると、慌てた様子で母がコレットさんを連れて家の前に転移魔法でやって来た。


 コレットさんの手には恐らく今日発売の分だと思われる週刊オーディエンス新聞がある。

 私はとりあえず話を聞くため二人を家に招き入れた。


 玄関に戻れば、アンナリーザも出かけて、朝食の後片付けも済ませたニコラスとクリスが出かける準備をしている所だったけれど、二人は私達の物々しい様子をみて不思議そうな顔をした。


「まず、流し読みでいいので読んでみてください」

 コレットさんにオーディエンス新聞を渡され、私は言われるがままに目を落とす。

 横からクリスとニコラスも新聞を覗き込む

……すごい、新聞の半分以上が私や獣人化魔法関連の記事だ。


「うわあ……酷い書かれようだね」

 私の横でクリスが顔をしかめる。

「……私はこの時代の文字はよくわからないのですが、なんと書いてあるのですか?」

 そしてその反対側でニコラスが不思議そうに首を傾げる。


「端的に言うと、最近この町に帰ってきたSランク冒険者のレーナとかいう魔術師は一時期はもてはやされていたけれど、実際は倫理観の崩壊した危険人物で、そんな人間の提唱する魔術なんてロクなもんじゃない……みたいな感じかな」

 ものすごく大雑把にクリスが記事の内容をまとめる。


 実際はそんな上品な言い方じゃなく、もっと下世話で下品かつ邪な妄想が過分に含まれた書かれ方をしてはいるけれど、大体そんな感じだ。

 私が一通り目を通して新聞を閉じると、コレットさんが静かに口を開いた。


「これは非常に由々しき事態です……けれど、同時に大きなチャンスでもあります」

 ニヤリと不敵にコレットさんは笑う。


 ……ものすごく、大事おおごとになりそうな気がしてならない。

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