第48話 モフモフ事業計画

 アンナリーザの学校もそろそろ始まるという時期に、私は頭を抱えていた。

「無理、このままだと客をさばききれない……」


 ニコラスの宣伝が上手く行ったせいか、獣人化希望の客は日に日に増え、今では私はアンナリーザが昼過ぎに遊びに行って、日が暮れて帰ってくるまでずっと働いている。

 しかし、それでも一日に対応する客の数を上回るペースで予約が入り続け、今では三ヶ月先まで予約でいっぱいだ。


「ママ~今日は寝る前に本読んで! 幻覚魔法で中身見せて~」

 夕食も食べて風呂にも入り、あとはもう寝るだけになった頃、アンナリーザがパタパタと本を持ってソファーで横になっている私の元へやってきた。


「ごめん、無理」

 私は首を横に振ってアンナリーザに謝る。

 獣人化魔法を昼から連続で使い続けて体力的にも集中力的にもそろそろ限界だ。

 それに、アンナリーザはもう寝るだけでも、私にはこの後まだ仕事が残っている。


「アン、レーナは疲れているのです。代わりに私と遊びましょう! この前クリスにこのカードを使った遊びを教わったのです」

 アンナリーザを追いかけてきたニコラスが、ゲーム用のカードを持ってアンナリーザを別の遊びに誘う。


「あ、それデボラお姉ちゃんとダリアお姉ちゃんとやった事ある! クリスとママもやろうよ!」

「じゃあ、僕も仲間に入れてもらおうかな」

 アンナリーザは夕食の片づけをしていたクリスや私も遊びに誘ってくる。

 クリスはちょうど片付けも終わったようで、手を拭きながら答える。


「ママは明日の準備があるから、三人で遊んでらっしゃい。あんまり夜更かししちゃダメよ」

 アンナリーザの事は二人に任せて、私は身体を起こす。


「……ニコ、クリス、行こうっ」

 アンナリーザは不服そうにぷくーっとほおを膨らませて睨んだ後、拗ねたように二人を連れて自分の部屋のある二階へ上がっていってしまった。


 最近は獣人化魔法による商売が忙しくてアンナリーザをあまりかまえていないのはわかっている。

 けれど、ただでさえ仕事に追われて疲れているのにアンナリーザのめんどうまでみていたら本当に身体が持たない。


 朝から昼まではアンナリーザの勉強を見て、それが終われば日が暮れる頃まで獣人化希望の人達に施術していく。

 リザレクションは元々魔力消費が激しく、かなり集中力を必要とする魔法なので、その応用である獣人化魔術も消耗が激しく、一日に数十人も相手にすると疲労感が酷い。


 こんな時、家事やアンナリーザの世話を私の代わりにやってくれるクリスやニコラスがいてくれるのはありがたいと最近しみじみ思う。


 さて、連絡用の精霊達による予約の申し込みを今日中に整理しておかなければ。

 私の元に届いた連絡用の精霊を確認していると、母からのものもあった。

 明日は朝から大事な話があるので、それまでは出かけないで家にいて欲しいという内容だった。

「母さん、いつも事前に連絡なんてしないのに……」

 不思議に思ったけれど、よほど大事な用なのだろうか。


 翌日の朝食が終わる頃、我が家に母が知らない女の人を連れてきた。

 見た目は二十代後半のようにも見えるけれど、最近は美容魔術がかなり普及してきているので見た目の年齢は当てにならないだろう。


「レーナ、私の会社で経営業務を一任してる、ビジネスパートナーを紹介するわ」

「始めましてレーナさん、私はブリジッタさんの会社で主な経営業務を任されています、コレット・バルニエです。今日はレーナさんにとってもいい話を持ってきました!」


 挨拶もそこそこに母は会社の経営担当だとコレットさんを私に紹介した。

 コレットさんはニコニコと笑みを浮かべながら、力強く私の手を握る。


「いい話?」

「獣人化魔法の事業を拡大しませんか?」

「……は?」

 コレットさんの突然の申し出に、私は首を傾げる。


「現在この町の若者の間では獣人化は密かなブームとなりつつあります。しかし、お店の方は他に獣人化魔法を扱える人がおらず、レーナさん一人で回されているご様子。そろそろ一人で商売するのには限界を感じているのではありませんか?」


「ま、まあ……」

 堂々とした様子ではきはきと状況を話すコレットさんに、私は少し気圧されてしまう。


「ブリジッタさんにお話をうかがった所、獣人化魔法はリザレクションを習得していれば容易に扱えるようになるというのは本当ですか?」

 確認するようにコレットさんは尋ねてくる。


「本当よ。獣人化魔法の発案者であるジャックが理論や術式、過去の膨大な実験結果などの資料を全部譲ってくれたから、リザレクションに関する知識と技術のある人間なら読めば大体理解できると思うわ」

「なるほど、ちなみに権利関係はどうなってますか?」

 私が説明すれば、コレットさんは私の言葉に頷きながら更に聞いてくる。


「ジャック自身はこの研究資料の権利を放棄して、商業利用してもかまわないし、もし獣人化魔法に興味を持った人間がいたらその資料を全て見せてあげてくれとも言われてるわ」

「つまり、その辺は完全にフリーな訳ですね。後からそのジャックさんが現れて、その資料や術式の権利を主張してくる可能性はありますか?」


「無いと思うわ。ジャックは町中の人間を無理矢理獣人化させようとした程の獣人好きで、研究資料を私に託したのだって、獣人化魔法がもっと世間に広まる事を願っての事だから」


「では、その獣人化魔法を他のリザレクションを習得している魔術師達に教えて、複数の店舗で獣人化魔法の施術を有償で行っても、問題は無い訳ですね?」

「まあ、そうなるわね……」


 コレットさんと話しているうちに、だんだん彼女が何をしようとしているのかわかってきた。

「レーナさん、これは大きなビジネスチャンスですよ。リザレクションを習得している魔術師なんて、生物系の研究者位なものです」


「でしょうね」

 彼女の言葉に私は頷く。


 リザレクションは元々習得するために必要な知識量や要求される技術の高さの割に日常生活では殆ど役に立つ場面はない。

 つまり、そんなものを進んで習得しようとする人間はかなり限られてくる。


「個人で魔術研究をしている魔術師達は、常に金策に苦労していると聞きます。そこで、その人達を安定的で、そこそこ良い給料で雇って獣人化魔法を習得させて支店を出させれば、すぐにでも事業を拡大できます」

 自信ありげにコレットさんは言う。


「そう上手くいくかしら? まず、リザレクションを習得していて個人で研究している魔術師をどう集めるのかとか、店舗の問題とかあるでしょ? 相手が信頼できる人かもわからないし……」


「大丈夫、既に我が社で働いている魔術師の中でめぼしい人を十六人程選出して話をつけておきました。店舗も、この町に複数の店舗を構えている我が社の美容魔術店からスペースを提供します」

 私の懸念に、コレットさんは大丈夫だと大きく頷いてその理由を説明する。


「えっ」

「選出した十六人は、皆さん優秀で資金稼ぎに貪欲な方達ですし、二年以上我が社での実務経験もありますので、その辺はご安心ください」

「そ、そうなの……」

 思った以上に話が既にかなり進んでいて私は困惑する。


「後はレーナさんさえ頷いてくだされば、明日にでも順番にレーナさんの仕事を直接見てもらいつつ四人ずつ研修をさせていただいて、半月後には各店舗に彼、彼女等を配備して、大々的に広告を打ってしかけます!」

「な、なるほど……」


 力強く言うコレットさんに、私は咄嗟に簡単な相槌しか返せなかった。

 コレットさんのこの事業に対する意気込みがすごい。


「予約情報も一括管理して、それぞれの支店に振り分ける形にする事で、店ごとの偏りも失くせます! 魔力も我が社の契約魔術師達から直接仕入れるので運用コストも安くできます!」

「か、母さんはそれでいいの……?」

 私はコレットさんの隣にいる母に恐る恐る聞いてみる。


 確かにそうなれば色々と今私が抱える問題も解決するけれど、それは母の会社の前面バックアップが大前提となる。

 獣人化魔法に対して元々かなり否定的だった母が、この事をあっさり承認するとは思えない。


「……うちの会社がレーナの商売に協力するのには条件があるわ」

「条件?」

 母は静かに話を切り出す。


「今後はレーナの研究や商売に口出しはしないから、もう二度と、勝手にいなくならない事と、私の研究を必ず引き継ぐ事を約束してちょうだい」

「……わかったわ」


 母の言葉に私は頷く。

 この前の言い合いで母も色々と考えたらしい。

 結局、前回私が母と決別して家を出たのも、母が私の研究にケチをつけて、それが口論になった末の事だ。

 このままではまた前回と同じように私が母との決別の道を選ぼうとするとおもったのだろう。


「じゃあこれで決まりですね! これから忙しくなりますよ~!」

 両手を胸の前で合わせ、コレットさんは満面の笑みを浮かべる。


 こうして、その日から私達は獣人化魔法による商売の事業拡大に向けて動き出した。

 この時、私は余り深く考えていなかった。

 自分が世間からどう見られているかなんて。

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