第52話 モフモフとお金と私

「あら、アンナリーザちゃんも来ましたのね」

 ローレッタに教えられた魔法陣でアッシュベリー家へと転移すれば、ローレッタは既に紅茶の用意をしている所だった。


「エリーに会いに来たよ! ……私、すごく心配なの」

 アンナリーザはローレッタと顔を合わせるなりそう言って前に出た。


「心配? テオバルトは戦闘魔法はからっきしなので、怪我したのはテオバルトだけでエリックは無傷ですけれど……」

「ああ、アッシュベリー家に婿入りしてもその辺は相変わらずなのね……」

「ええ、すぐに私に助けを求める連絡が来たので、そこまで大怪我はしませんでしたけれど」


 新しいカップを用意してお茶を入れながらローレッタが頷く。

 テオバルトは昔から補助魔法は得意だったけれど、攻撃系の魔法の才能が壊滅的に無かった。

 それでも魔法研究においては特に問題はなかったのだけれど、今回のエリック君のように、突発的な事件や事故に遭遇すると防戦一方になってしまうのだ。


 つまりテオバルトは、ローレッタが助けに行くまで九歳の息子に一方的にやられ続けていたらしい。


「私が心配してるのは、エリーがテオバルト先生とケンカしてる事なの……」

 ローレッタに促されて席に着きながら、アンナリーザはしょぼんとした様子で呟く。


「それなら、もう誤解は解きましたし大丈夫ですわ。あの手のゴシップは嘘ばかりですもの」

「じゃあ、二人共もう仲直りした?」

「ええ、もう大丈夫ですわ」


 心配そうに訪ねるアンナリーザに、ローレッタが微笑みながら頷く。

 アンナリーザがこんなにエリック君の事を気にかけているなんて、アンナリーザの中ではエリック君は弟分扱いらしいけれど、こうして周りの人間にも心を砕けるようになったなんて、と娘の成長を感じる。


「なら、明日私がまたこの家に遊びに来て、テオバルト先生の植物園を見せてもらったり、エリーと一緒に遊ぶ約束はなくならない?」

「……そんな約束してたの?」

「うん。なのにその後エリーがテオバルト先生とケンカを始めて帰っちゃったから、約束がなくならないか心配だったの」


 ……どうやら、アンナリーザが心配していたのはエリック君の事ではなく遊びの約束が反故ほごにされないかという点だったらしい。

 つまり、心配というのはエリック君を思いやっての事ではなく、単純に自分の予定が潰れないかという心配だったのだ。


 なんというか、先程までの私の感動を返してほしい。


「……えーっと、それで、一応新聞記事の釈明というか、もうテオバルトには聞いたと思うけれど、別に私とテオバルトとは何もないのよ。確かに度々私の所に来てたけど、その事はクリスも知ってたし……」

 もうアンナリーザの事は一旦置いといて、私は本題に入る。


「ええ、その事なら最初から疑ってなんていませんわ。第一、正義感と家族愛に溢れるテオバルトがそんな事する訳ありませんし、テオバルトはレーナの好みからは随分と外れていますもの」

「ローレッタが信じてくれて嬉しいけれど……私の好み?」

 ローレッタの言葉に私は首を傾げる。


「私、学生時代から色恋にまったく興味がなさそうなレーナが将来誰かを好きになるとしたら、それはどんな相手なのか気になっていましたの」

「そう、だったの?」

 そんな風に思われていたなんて知らなかった。


「レーナは結婚しないで研究一筋みたいな人生を送るのかとも思っていましたけれど……やっぱりなんだかんだであのブリジッタ・フィオーレの娘、という感じですわね」

「どういう意味!?」


 うんうんと、納得したようすで頷くローレッタに、思わず私は席を立ち上がる。

 間違っても恋愛関係で母と一緒にされてしまうなんてゴメンだ。


「いえ、親子揃ってかなりの面食いというか、中性的で利発そうな見た目の方が好きですわよね。うちのテオバルトはどちらかというとワイルド系ですし」

「うっ……」


 確かにそういう括りではクリスや私の今までの歴代の父親や母の恋人達の見た目は通じるものがあるかもしれない。

 だけど、彼等のダメ男ぶりを考えると、そこで男の趣味を一緒にされてしまうのは心外だ。


「ち、違うわよ! 私はクリスの中身をちゃんと見て……!」

「でも、もしレーナが僕の見た目も好きだというなら嬉しいです。それだけレーナをつなぎとめられる要素が多いって事ですから」

「あら、お熱いこと……」


 抗議する私の横で、クリスがにっこりと笑って答えれば、ローレッタが生暖かい目で私を見てくる。

 確かに、こういうのはムキになって否定するほど嘘くさく聞えてしまうものだけれど、なんだか納得いかない。


「ねー、エリーと遊んできちゃだめ?」

「エリックは今、反省中ですから、明日遊んであげてください」

「はーい……あ、そうだ、私トイレ行きたい!」

 退屈そうだったアンナリーザは、急に何かを思いついたように席から立ち上がる。


「そう、じゃあ今日はもうお暇しましょうか。こんな時間に訪ねてそう長居するものじゃないわニコラスも待ってるし」

 すかさず私はアンナリーザの手を握って席を立つ。

 そろそろアンナリーザの集中力も限界だろう。


「やーだー探検すーるーのー!」

「あっさり本音が出たわね……今日はもう遅いから明日にしなさい」

「アンナリーザちゃん、また明日、待ってますわ」

「うー……わかった」


 ローレッタがにっこり笑ってアンナリーザに言えば、渋々といった様子でアンナリーザもそれに頷いた。


 その翌々日、町中に今流行りの画家に描かせた、誰とは言っていないけれど、明らかに私としか思えない猫耳をはやした女性が金髪と黒髪のイケメンを侍らせている、『フィオーレ美容魔術』という社名入りのポスターが張り出された。


 当初の打ち合わせには無かったけれど、直前に出たアイデアなのか、金髪の男にはいぬ耳と尻尾が、黒髪の男には羊のような角とコウモリのような羽がはえている。

 ポスターはたちまち評判となり、張られたポスターを盗む人間まで現れた。


 同じ原画を使って刷られた二つ折り広告の片側には、『当社で獣人化していただいたお客様は人間に戻る際の施術費用が無料!』『獣人化したら、子供も生まれた時からモフモフに! ※親が当社で獣人化された場合に限り、無料で人間に戻せます』という、宣伝も書いてある。


 直前に週刊オーディエンス新聞で取り上げられたこともあり、いい話題づくりになったのか。獣人化希望の人間は殺到した。

 結局、私は施術を行える魔術師を追加で育成するまでの間、事業を拡大する前と変わらぬ忙しさで働く事となってしまった。

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