第47話 モフモフフェチのコニーちゃん

「……は?」

「なんで、クリスとニコラスがデートする事になってるのよ?」

「それは私が説明しましょう」


 私と母が呆気に取られつつクリスに詳しい事情を尋ねると、ニコラスがクリスの後ろから現れた。

 ……なぜか、先程の女に化けた姿で、しかも今回はうさぎの耳まで付いている。


「アンの作戦はこうです。まず、うさぎの耳をはやした絶世の美女に化けた私が明日、クリスと人目の多い場所に出かけます」

「……それで?」

 ゆるくウェーブのかかった長い黒髪をかき上げながらニコラスが説明を始めたので、私はとりあえず話を聞いてみる事にした。


「クリスが人前でこれ見よがしに私を褒めるのです」

「すると、どうなるのよ?」

「私を羨ましがった人々がモフモフに興味を持ってみんなモフモフになりたがるそうです」

「……二人はその作戦、上手く行くと思ってるの?」


 私が尋ねれば、ニコラスは肩をすくめ、クリスは困ったように笑う。

「さあ? 上手くいかなくてもその時はその時で、またアンと一緒に作戦会議を開いて次の作戦を立てるだけです」

「まあ、アンもすごく楽しそうだったし、僕もこれ位なら付き合ってもいいかなって」

 どうやら二人も本気でアンナリーザの計画が上手く行くとは思っていないようだ。


「つまり、アンは二人のその様子を離れた場所でこっそり見てる訳ね」

「ううん、アンはアンで布教活動に励むみたい。細かい事は僕達に任せるから、手分けしてモフモフの良さを広めるんだってさ」

「そっちの方が問題じゃない!」


 クリスの言葉に私は思わず声をあげる。

 モフモフの良さを広めるだなんて、一体何をする気なのだろう。


「そんな手当たり次第に知らない人に声をかけて、誘拐でもされたら危ないわ!」

 母も心配したように言う。

 確かにアンナリーザは心配だけれど、私が心配しているのは誘拐よりも、また変な事をして大勢の人に迷惑をかけないかという事だ。


「どうせダメだと言っても聞かないだろうし、明日はこっそり様子を見る必要がありそうね……明日も施術の予定が三人程入っているからすぐに後をつけるという事もできなそうだけれど……」

「それなら、私が明日アンちゃんの後を付けるわ。可愛い孫のためだもの!」


 とりあえず、仕事が終るまでは前回作ったものよりも俊敏性を上げた人工精霊をアンナリーザにつけておくかと考えていると、母がアンナリーザの偵察を買って出た。

 正直、ずっと横にいられると騒がしそうなのでご遠慮願いたい。


「……仕事はいいの?」

「今は権利だけ私に残してもらって、美容魔法をどうプロモーションして行くかは経営担当に丸投げだから、私、研究以外には特にやる事ないのよね」


 ……それはそれでどうなのか。

 私が家を出る前はもう少し自分でも商品の売り込みとか色々していた気もするけれど。

 まあ、信頼できるビジネスパートナーを見つけて、研究に専念できる環境を整えてもらっているというのなら、ある意味理想的ではあるのだけれど。


 こうして私と母は翌日、アンナリーザを尾行する事になった。

 昼過ぎに今日の分の勉強を終えたアンナリーザが出てくるのを母が待ち伏せして、透明化魔法を駆使して後をつける。


 私はその後今日予約していた獣人化希望の人達にカウンセリングと施術を施し、全員さばききってから通信用の人工精霊でどこにいるのか通話してその場に向かった。

 現場に着けば、なぜか獣人化したアンナリーザが大人達に褒められている。


「何があったの?」

「レーナ、すごいのよ! アンちゃんったら引ったくりを捕まえたのよ!」

 少し離れた場所で私が尋ねれば、興奮気味に母が答える。


 なんでも、出かけて早速獣人化したアンナリーザは、しばらく屋根や塔など、高い所にのぼって町の様子を観察していたらしい。

 そして、引ったくりを見つけると、犯人の上に跳び下りてそのまま捕まえたという。


 母の説明を聞きつつアンナリーザの様子伺っていれば、ひったくりの被害者らしきお姉さんと何か話して、お菓子のような物を貰っている。


 連行されていく犯人や、ニコニコしながらアンナリーザと話している大人達をしばらく見ていると、やがて皆それぞれの方向に歩いて行った。

 その場にお菓子を持って一人ポツンと残されたアンナリーザは、耳をぺたりと伏せて、なぜかしょげている。


 それからアンナリーザは猫耳がはえた人間の姿になると、広場の噴水の前に腰掛けて、ひとりお菓子を食べだした。


「なんで急にしょんぼりしてるのよ……」

「さっきこっそり通信用精霊を側に行かせて話を聞いてたんだけど、お礼を言われた時に、獣人の良さみたいなのを語ったけど、軽く流されたのがショックだったみたいね」


 私の疑問に母が横から答える。

 そりゃ、引ったくりを捕まえてくれたお礼を言ったら、

「このモフモフのおかげで捕まえられたんだよ!」

 と言われても、そうなんだ~としか言いようがない。


「というか、なんで誰もアンナリーザのあの姿につっこまないのよ……」

「あら知らないの? 魔術学院の五次試験以降、ここら一帯でアンちゃんの事を知らない人なんていないわ。最近は好んで獣人になろうとする人もいるみたいだけど、あの歳で獣人になってる子なんてアンちゃんくらいだもの」

 ……薄々気づいてはいたけれど、思った以上にアンナリーザは有名人になってしまっているようだ。


 私がため息をついていると、お菓子を食べ終わったアンナリーザが、何か思いついたのか急に明るい顔になって、ロッドを出して飛行魔法をかけて飛び立った。

 慌てて私達も後を追う。


 妙に上機嫌になったアンナリーザが向かったのは、この辺では一番大きな図書館だった。

 図書館などの施設では、盗難防止の為に透明化魔法等特定の魔法を無効化する結界が張られている。

 そのせいで私達は普通にアンナリーザにも見えるようになってしまったので、こっそり遠巻きに本棚の影からアンナリーザを観察する。


 アンナリーザは司書さんと何か話した後、何冊かの本を持ってきてもらって読み始めた。

 そのままアンナリーザは閉館時刻まで本を読み続け、読んでいる途中だった本を借りて、家路につく。


「……アンちゃん、普通に読書を楽しんでたわね」

「一体何がしたいのよ……」

 私と母はずっとアンナリーザを隠れながら観察していたせいでヘトヘトだ。

 結局、私と母の取りこし苦労だったのだろうか。




「あ、ママお帰り~」

 家に帰れば、一足先に家に戻っていたアンナリーザがリビングで本を読んでいた。

 椅子に腰掛けた途端、今日の疲労がどっと押し寄せてきて、私はテーブルに頭を乗せる。


「アン、今日は何してたの?」

 テーブルの上に上半身を倒したまま、私は前の席に座るアンナリーザに尋ねる。

「モフモフの姿で何か良い事したら皆モフモフってすごいってなると思ったんだけど、みんなモフモフの話を聞いてくれなかったの……」

 耳をぺたんと伏せて、しょげたようにアンナリーザが言う。


「それで思いついたんだけど、皆がモフモフに憧れるようなお話をデボラお姉ちゃんに幻覚で皆に見せてもらったら、いいんじゃないかって思ったの!」

「つまり、それでめぼしい本を探してるのね」


 私は既にアンナリーザが何をやっていたか見ていたからなにを言いたいのかはなんとなくわかるけれど、いきなりこれを言われて理解できるかは怪しい。

 アンナリーザには文字だけではなく、物事を順序だててわかりやすく説明する訓練も必要そうだ。


「うん! この本とかすごく面白いよ! モフモフ最初の方にちょっとだけしか出ないけど!」

「それ、モフモフ宣伝になるの?」

「ならない……」


 弾けるような笑顔で本の表紙を見せてきたアンナリーザだったけれど、当初の目的をすっかり忘れていたようで、私に指摘されたらハッとした顔になった後、大きな耳を伏せて困ったような顔をしていた。


「ただいまー……」

「ただいま帰りました!」

 そうこうしているうちに玄関から物音がして、クリスとニコラスが帰ってきた。


「おかえり、ニコラスは随分楽しそうね、クリスはかなりくたびれてるけど」

「うん、まあ色々あって……」

 げっそりした様子でクリスは言う。


「レーナ、この娘の名前はコニー、レーナの友達で今はうちに泊まってる、現在一人旅中のとある理由で素性は明かせない謎の女です!」

 疲れているらしいクリスの横で、ニコラスは自身に満ちた表情で現在自分が化けている美女の設定を語りだす。


「何その設定、適当感が酷いわね……」

「なんかその、皆がニコラスを取り囲んでものすごい勢いで質問攻めにするから……」

 私がつっこめば、クリスが小さくため息をついた。


「アン、私は今日、とても頑張ったのですよ?」

「そうなの? よくわからないけど、ニコ頑張ったんだね、よしよし」

「ふふっ、もっと撫でてください」

 一方ニコラスはアンナリーザへ得意気に頑張ったアピールをしている。


「何があったのよ?」

 そう尋ねずにはいられない。

 するとクリスは静かに語り出した。


「それが、なんか僕がレーナと住んでるのに浮気をしてると思われちゃって、とりあえずこの子は今家に遊びに来てるレーナの友達って答えたんだけど、そしたら今度はニコラスが本当にそうなのかとか、今はフリーなのかとか男の人に聞かれだして……」


 どうやら女に化けたニコラス……コニーは町でモテモテだったらしい。

「まあ、随分と美人に化けたものね」

 言いながら私は身体を起こしてアンナリーザとじゃれるコニーを見る。


 きめ細やかな白い肌に美しい黒髪と長いまつげに覆われた透き通るような青い瞳……豊かな胸にほっそりとした腰、スリットから見える長くて白い脚に、たまに動く黒いうさ耳と臀部の不自然なふくらみは、服の下にある尻尾を想像させる。


 美人で上品なのに色気がある。

 確かに女の私から見てもかなりモテそうな見た目だ。


「返答に困る質問が多かったのですが、そこで私は当初の目的を思い出して何を聞かれても全部モフモフの素晴らしさを語る方向に繋げていきました!」

「かなり強引な感じだったんだけど、そしたらなんか、勝手にみんなの中でモフモフフェチのコニーちゃんみたいなキャラクターが出来上がっちゃて、男の人達は自分達も獣人化すれば、みたいな期待を抱いちゃったみたいで……」


「話しかけてきた男達は次第にモフモフは素晴らしいと口々に言い出し、他の人達は皆一様に黙って私の話を聞いていました。間違いなく良い宣伝になったでしょう」

「うん、ものすごく注目されてたね。下心とか、嫉妬とか、羨望とか好奇とか、いろんな視線を独り占めだったよね……」


「……大体何があったのかは把握したわ」

 なんというか、クリスの苦労が忍ばれる。


「そうなんだ! 私は全然ダメだったのに、ニコすごいね!」

 アンナリーザは、どこまで話を理解したのかはわからないけれど、目をキラキラさせながらニコラスを見る。


「はいっ! これからはもっと私の事を頼りにしてくれていいんですよ!」

「ありがとう! これからもよろしくね、ニコ」

「もちろんです!」

 なぜか手を取り合って二人の絆が強まったようだけれど、私としては色々ご遠慮願いたい。


「そうだ、クリス」

「え、な、何?」

 思い出したようにコニーがクリスを見て、クリスがびくりと身体を揺らした。


「今日の成功はクリスから学んだ事を上手く生かせた結果でもあります。ありがとうございます」

「……僕、なんかした?」

 とても嬉しそうにコニーは笑うけれど、クリスは心当たりが無いようで不思議そうに首を傾げる。


「ええ、笑顔で相手に近づき、友好的な態度で心を開かせ、思わせぶりな仕草で相手の気を引く、クリスの行動を観察して取り入れた結果です!」

「ぼ、僕、そんな事してた……?」

「割と日常的にそんな感じよ?」


 コニーの発言にクリスは驚いたようだったけれど、実際普段のクリスの行動を分析するのならこうなるだろうなと私は頷く。


「クリスは無意識でやっていたのですか? ……なる程、アレを計算ではなく素でやってしまうからこそ、クリスはモテるのですね……」

 このクリスの反応は予想外だったようで、コニーは意外そうな顔をした後、少し考えるような素振りを見せた。


「えっと……」

「なんにせよ、クリスにはまだまだ学ぶ事が多そうなので、これからもよろしくお願いしますね」

 コニーは立ち上がってクリスの前に右手を差し出す。


「う、うん……!」

 クリスは一瞬きょとんとした様子だったけれど、すぐに嬉しそうな顔になってその手を握り返した。




 翌日から、私の元にやってくる獣人化を希望する人間が異様に増えた。

 男はかっこよくて強そうに見える、女は美人でセクシーに見える獣人を希望する人が多くて、元となる動物の能力と言うよりは、獣人化した時の見た目で選ぶ傾向が強くて、私は首を傾げた。


 そして、その頃から獣人になった後、あえて人間への変化を中途半端な状態にして獣耳や尻尾を出すスタイルが流行りだす。

 少ししてから、完全に獣人化した姿で町を歩く若者もちらほらと現れだした。


 しかも、その大部分が冒険者でもなんでもない、一般人だ。

 戦闘の為でもなんでもなく、ファッションとして獣人化が流行りだしたのである。


 私は、この時点で既に嫌な予感はしていた。

 ……それはすぐに的中することになったのだけれど。

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