第46話 モフモフプレゼンテーション
「どうしたもこうしたも、多分聞いた通りだと思うけれど、それの何が問題なのかしら」
私は持っていたスプーンを置いて母を見る。
「問題だらけよ! レーナも自分が獣人になる事は嫌がっていたじゃない! なのになんで他の人を獣人にしてるのよ!」
「私は本人達の意思を尊重しているだけよ。決して高くないお金を払うのだって、その人達が獣人化する事それだけの価値を見出しているって事よ」
自分がされて嫌な事は相手にしてはいけないというのは基本的な事だけれど、相手がそれを望んでいるのなら、その限りではない。
「だからと言って、生まれ持った身体をそうやって好き勝手に遺伝子ごといじるなんて、人間のやって良い事じゃないわ」
わなわなと興奮した様子で母は言う。
「そうは言うけれど、リザレクションは生まれ持っての先天性の遺伝子疾患の治療にも使われているわよね。それで今も多くの人達が助かっているわけだけれど、それも人間のやって良い事じゃないって言うの?」
「それとこれとは別よ。その魔法は多くの人の命を救うけれど、獣人化魔法は親やそのまた親から代々受け継がれてきた人の身体を冒涜しているようにしか思えないわ」
私が尋ねれば、母はそんな事もわからないのかと言うけれど、自分の感じ方や考えを押し付けないで欲しい。
「でも、獣人化魔法で身体能力が上がれば、それで危機に瀕した時の生存確率も上がるだろうし、冒険者稼業でも何でも、ちゃんと稼げればそれだけで貧困から脱出できたり、子供を十分に養えたりできるだろうし、それも人を救うという事にならないかしら?」
「そんなものは屁理屈だわ!」
「母さんは自分が気に食わない、気に入らない事に対してなんでもそうやって聞く耳を持たずに考えもしようとしないから、男関係の失敗が続いたのよ」
ため息混じりに私が言えば、
「今は幸せなんだからいいでしょ!」
と返ってきたけれど、そうやって偶然上手くいった事に満足してそれまでどうして自分が失敗を繰り返していたのか、その事を顧みない姿勢は研究者としていかがなものかと思う。
これ以上は食事中にする話ではないだろう。
場所を移す為私が席から立ち上がれば、隣の席に座っていたアンナリーザも一緒に椅子から立ち上がって声を張り上げた。
「ママもおばあちゃんもケンカしちゃダメー!」
隣を見ればアンナリーザが猫耳をピンと立てて私と母を威嚇するように交互に睨みつけていた。
「ち、違うのよアンちゃん、これはケンカじゃなくてね……」
途端に母の態度が大人しくなる。
「おばあちゃんはモフモフが嫌いなの……?」
「えーっと、嫌いとか、そういう事じゃないのよ?」
今にも泣きそうな声でアンナリーザが尋ねれば、母は困ったようにたじろぐ。
「モフモフになると暗い所でも色んなものが良くわかるし、色んな音も聞えるようになるし、においもよくわかるし、とっても高くジャンプできたり、高い所から跳び下りても平気なんだよ!」
どうやら、アンナリーザなりに獣人化することによるメリットを母にプレゼンしているらしい。
「アン、おばあちゃんは、モフモフが生理的に受け付けられないらしいわよ」
私はアンナリーザの肩に手を置き、優しく語り掛ける。
「せいりてき?」
「モフモフは気持ち悪いから嫌だって」
アンナリーザにも理解できるような言葉に私は言いなおす。
「おばあちゃん、私の事も気持ち悪いから嫌いなの……?」
耳をぺたんと頭につけて、心底悲しそうにアンナリーザは母に問いかける。
「そ、そんな事言ってないでしょ! アンちゃんは最高に可愛いわ! でもね、世の中にはその良さがわからない人も沢山いるの。おばあちゃん、それでアンちゃんが傷つくのは見たくないのよ」
すると、母は自分は獣人化については嫌だとは思わないけれど、他の人間がなんと言うか、という内容の言い訳をしだした。
……これは、言質をとったと考えていいのだろうか。
「じゃあ、おばあちゃんは私の事好き?」
「もちろん大好きよ!」
か細い声でアンナリーザが尋ねれば、母は力強く頷いた。
「じゃあモフモフも?」
「……アンちゃんの事は大好きだけれど、そのモフモフのせいでアンちゃんがからかわれたりしないか心配なのよ」
獣人化の事をアンナリーザが尋ねれば、途端に母はトーンダウンする。
アンナリーザもその言葉に黙り込み、しばらくリビングを沈黙が支配する。
「わかった! じゃあ私、モフモフの良さを色んな人に知ってもらう! それで、皆モフモフになったら大丈夫だよね!」
突然、アンナリーザが名案を思いつたとばかりに、満面の笑みでそう宣言した。
「んん? え? 大丈夫って何が……?」
母もアンナリーザが何をするつもりなのかわからず、ポカンとしている。
私は嫌な予感しかしない。
「ニコ! ニコは色んなものに変身できるんだよね? 手伝ってくれる?」
「アンの頼みなら仕方ありませんね!」
アンナリーザが向かいの席に座るニコラスに声を弾ませて声をかければ、ニコラスはアンナリーザに頼られた事が嬉しいのか、ろくに話も聞かずに二つ返事で頷いた。
「待ちなさいアン、ニコラスを使って何をするのよ」
「えへへ~ないしょ! ニコ! ご飯食べたら私の部屋で作戦会議ね!」
「わかりました!」
私の質問を適当にあしらいつつ、アンナリーザはニコラスに声をかけると、急いで夕食を食べ始める。
ニコラスもアンナリーザの言葉に頷いた後、夕食をいそいそと食べ始める。
「私も参加するわ」
「お、おばあちゃんもお話聞きたいわあ~」
「二人はケンカするからダメ!」
ニコラスとアンナリーザだけだと何をしでかすかわかったものではないので、私も参加しようとしたけれど、母共々却下されてしまった。
「ぼ、僕も仲間に入れて欲しいな~なんて……」
「クリスはケンカしないからいいよ~」
このままでは歯止め役がいなくて大変な事になってしまうと思っていると、今まで大人しく話を聞いていたクリスが手を上げる。
……とりあえず、クリスが歯止め役兼連絡係として入ってくれるのなら、まだ何とかなるかもしれない。
それからアンナリーザは夕食を食べ終わると、ニコラスとクリスを連れて自分の部屋に引っ込んでしまった。
残された母と私はクリスの報告をリビングで待つ事となる。
夕食の後片付けも終わり、雑談の延長で始まった医療魔法と倫理的な禁忌についての解釈の議論が大いに白熱し、口論に発展しそうになった頃、クリスが報告にやって来た。
私達は当初の目的を思い出して、大人しく席に座る。
「それで、どうだった?」
「うん、なんか明日、僕とニコラスでデートする事になった」
困ったような、満更でもないような様子でクリスは言った。
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