第5章 モフモフは続くよどこまでも♪

第44話 好きにしたらいいと思う

「レーナ、ちょっと相談があるんだけど……」

「どうしたのよクリス」

 アンナリーザとニコラスが仲直りした数日後の夜、私が寝室で寝る準備をしていると、クリスが神妙な顔をして訪ねて来た。


「実はニコラスの事で……」

 部屋に迎え入れてベッドに二人並んで座りながら話を聞けば、私が予想した通りの相談内容だった。

「ああ、最近ものすごく見られてるわよね。やたらクリスの後に着いていこうとするし」


「そうなんだよ! どうしよう、これってもしかしてニコラスは僕の事……」

 クリスは顔を赤らめて、恥ずかしそうに頬を両手で覆う。


「待ちなさい、アレは熱視線ではあるけれど、睨んでる感じじゃない? てっきり私は、ニコラスがクリスの後を着いていこうとするのをやめさせてくれって話かと思ったのだけれど……」

「違うよレーナ! 確かにたまにちょっと怖い顔してる時もあるけど、話しかけてみたらいつものニコラスだったよ」


 私の言葉に、クリスが驚いたように頭を横に振って否定する。

 もし、やめさせてほしいなら私からニコラスに言っておくし、それでもやめないようなら使役魔術を使ってでもやめさせる事はできるのだけど、どうやらクリスの相談はそういう話じゃないらしい。


「そうなの? 私はてっきり鬱陶しいからニコラスが今後まわりをうろちょろしないようにして欲しいって頼まれるとばかり……」

「いや、それは別に問題ないというか、むしろ僕に興味を持ってくれたのは嬉しいと言うか……僕が相談したいのはどうやったらニコラスと上手に話せるかって事なんだ」

 もじもじしながらクリスが言う。


「別に普通に話しかければいいじゃない」

「無理だよ! ニコラスが好み過ぎて緊張して何話していいのかわかんないもん!」

 私が首を傾げれば、クリスは顔を真っ赤にして抗議してくる。

 普段、誰とでも物怖じせずに普通に話せるクリスとは思えないような発言だ。


「話題はなんでもいいから、話したいなら話しかければいいでしょ。ドラゴンってもっと大食いだと思ってたけど普段そんなに食べないね、とか」

「あ、それこの前聞いたら、元々ドラゴンって数ヶ月に一回でも食事できれば十分身体を維持できるんだって。でも一度に食べる量はすごいから、普段の食事じゃもの足りないみたい。でも、本気でお腹がすいたらふらっと森に行って食事すればいいから特に困ってないって言ってた」

「なんだ、普通に話してるじゃない」


 そんな感じで既に雑談が出来るのなら、別に私に相談するまでもないような……。

「いや、でも、僕その時ガッチガチに緊張してたから、結構な頻度で沈黙を挟んで全く話が弾むって空気じゃなかったんだ……!」

 今度は落ち込んだ様子でクリスは言う。

 どうやら、楽しくおしゃべり、という空気にはならなかったようだ。


「まあでも、一応ニコラスもちゃんと答えてくれてるし、そこは慣れじゃない? というか、それこそ、最近なんかやたら後着いてくるけどなにか用? って聞けばいいじゃない」

 ニコラスの真意を確認するためにも、これは重要だと思う。


「そんな事言って、『最近太ったな~って思って見てた』とか言われたら立ち直れないじゃないか! 聞かなければまだ、もしかして僕の事……? って、希望を持てるだろう!?」

 クリスは急になんだかめんどくさい事を言い出した。

 勝手に夢見て一喜一憂しているくらいなら、さっさと真相を確かめて、そのうえで対策を考えるのが建設的だと思うのだけれど……。


「もう、結局クリスはどうしたいのよ?」

「うぅ……もっとこう、ニコラスと気軽におしゃべりしたい。仲良くなりたい……」

「なればいいじゃない」

「なり方がわからないからこうやって相談してるんじゃないかぁ!」

 普段、息をするように周りの人間の好感度を上げまくっているクリスとは思えない発言だ。


「ニコニコしながら好意的に話しかけとけば大丈夫よ。ニコラスはアンナリーザが大好きみたいだけど、つまりそこにニコラスの好みがあるんじゃない?」

「つまり、僕も獣人になれば……!」

「……どうしてそうなるのよ」


 なぜ、そう発想がとんちんかんな方向へ行ってしまうか。

 そういえば、母も普段はちゃんと私の話を聞いてくれていたのに、男がらみの話の時だけはほとんど私の話を聞かなかったなあ……と、ちょっと懐かしい気分になった。




「今日はねっ、デボラお姉ちゃんにこの本を読んでもらうんだ!」

「良かったわね。でも、デボラちゃん達の所に行くのは今日の分のお勉強が終わってからよ」

「むー、わかってるもん」


 翌朝の食事の席で、アンナリーザは以前母に買ってもらったらしい怪談の短編集を見せてきた。

 オフィーリア魔術学院の入学試験に合格したアンナリーザだけれど、入学まではまだ一月程時間がある。

 他の魔法学院の入学試験はこれから始まるし、入学試験に落ちた受験者達はこれから別の学院の入試を受けたり、今年はもう魔術予備校へ行って来年を目指すのか、それとも進学そのものを諦めたりと様々だ。


 一方受かったアンナリーザは、学院へ入学までの一ヶ月、時間を持て余していて、最近はデボラちゃんに幻覚魔法によるイメージ映像つきで本の読み聞かせをしてもらうのがお気に入りのらしい。


 アンナリーザは数日前まではデボラちゃんの幻覚魔法にご執心だった。

 けれど、私としてはそれでアンナリーザが幻覚魔法なんて憶えられては困るので、デボラちゃんとダリアちゃんにアンナリーザに頼まれても幻術を教えないようにお願いして、二人は快く了承してくれた。


 けれど、アンナリーザはデボラちゃんに幻覚魔法を教えて欲しいとせがむ。

 どう乗り切るのだろうと思っていたら、アンナリーザへは得意のデボラ語録で幻覚魔法については説明し、ダリアちゃんは元々幻覚魔法が苦手で使えなかったので、予備校の先生もデボラと同じ事言ってたけどわからないと言ってごまかしたそうだ。


 二人の説明にアンナリーザは酷く落胆した様子で、見かねたデボラちゃんが昔話を幻覚魔法によるイメージ映像付きで話して聞かせてくれたらしい。

 それに随分と感動したらしいアンナリーザは最近、毎日自分の好きな本をデボラちゃんに読み聞かせてもらいに行っている。


「……クリスは今日、どのようにして過ごしますか?」

 アンナリーザの話が一段落したところで、ニコラスは鋭い眼光で隣に座るクリスをギロリと見た。

「ぼ、僕は、そろそろ生活も落ち着いてきたし、冒険者ギルドに行って仕事を斡旋してもらうつもり」

 クリスはいきなり今日の予定を聞かれた事にちょっと驚きつつも、ちょっと嬉しそうに答える。

 なぜ、睨まれてちょっと嬉しそうなのか。


「私も付いていっても?」

「え、僕はかまわないけど……」

 突然のニコラスの申し出に、クリスは私の方をチラチラと見てくる。


「いいんじゃない? クエスト内容によっては愛馬とか猟犬とか連れてくる人もいるし」

「ドラゴンその扱いでいいのかな……」

「ちゃんとクリスの指示に従ってクリスの仕事を手伝うのなら私は反対しないわ。どう? できる?」

「もちろんです。初めての事なので拙い点もあると思いますが、どうぞよろしくお願いします」

「こ、こちらこそよろしく……」

 めんどくさいので、クリスもいいならさっさと話をまとめてしまう。


「それにしても、最近ニコラスはどうしてクリスについてまわってるの?」

「レ、レーナ!?」

 けれどその前に、最近ニコラスがクリスに付きまとっている理由をはっきりさせなくてはならない。


 顔を赤くしてクリスは声をあげるけれど、クリスはもう少しドラゴンであるニコラスに対して警戒心を持った方がいい。

 クリスもそこそこ強いけれど、単独でニコラスに襲われた場合、一人で撃退できるとは限らないし、悪意を持ってクリスに付きまとっているのなら危険だ。


「気づかれていましたか……」

「そりゃ、アレだけ見てればね」

 むしろ気づかれてないと思っていた事が驚きだ。


「実は最近、クリスは随分と多くの人間達に好かれている事に気が付きまして、その秘訣はなんなのかと探っていたのです」

 ニコラスは急に神妙な面持ちになって、言いにくそうに話した。


「ああ、確かにクリスはモテモテだものねえ」

 言いながら日頃のクリスのモテっぷりを思い出す。

 クリスの事を好き過ぎる過激派もいるけれど、基本的にクリスは人当たりがいいので男女問わず好かれる。


 尾ヒレの付いた修羅場の騎士の噂を聞いて始めクリスを警戒する人もいるけれど、長く付き合っていると大体和解できる。

 たまにそこから過激派へ進化してしまう女の子もいるけれど……。


 あと、女子にモテるというだけで、男達から一目置かれたり、モテない男からどうやったら彼女が出来るのかと相談されたりする事もあるらしい。

 そうして親密な間柄になれば恋の一つも芽生えそうなものだけれど、男同士の赤裸々な話を聞いたり、男同士の女の子に比べると雑な扱いを受けてしまうとすっかり引いてしまって、ちょっと良いなと思っていた相手でも冷めてしまうらしい。


 クリスの理想は御伽噺に出てくるような王子様なので、現実の男のそういった部分を目の当たりにしてしまうと幻滅してしまうようだ。


「私はそれを知りたいのです……クリス、私にどうやったら人間から好かれるようになるのか、教えてもらえないでしょうか」

 ……そういう意味では、今回のニコラスの申し出はクリスが冷静になる良い機会かもしれない。


「良かったじゃないクリス、ニコラスと仲良くなるチャンスよ」

「ちょ、ちょっとレーナ!」

「私と、仲良くなるチャンス?」

 私とクリスのやり取りに、ニコラスが不思議そうに首を傾げる。


「せっかく家族になったんだもの。クリスもニコラスともっと仲良くなりたいと思っていたのだけれど、きっかけが掴めなかったのよ」

「そうだったのですね。私もクリスには色々と聞いて学びたい事は沢山あるのです。既に一緒に住んでいてこう言うのもなんですが、改めて、これからよろしくお願いしますね、クリス」


 私が説明すれば、ニコラスは嬉しそうに顔を綻ばせた。

 それをまじかで見たクリスの顔はみるみる赤くなる。

「う、うん、まかせて……!」

 クリスは元気良く返事をした。


 クリスの好きにしたらいいと思う。

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