第43話 レーナは頭を抱える

「なんか、回を追うごとに人は増えてたけど、今日になってから急に人が増えたね」

「そりゃあ、このお祭りのメインみたいなものだもの」

 下の観戦席を見渡しながらしみじみと言うクリスに私は言う。


 事実上、消化試合となっているオフィーリア魔術学院の最終試験の第五試合が行われているスタジアムは人で溢れている。

 毎年、第五試合からは一気に観覧希望者が増えて、受験関係者か受験者の家族以外だと、チケットを手に入れるのも大変になるのだ。


 戦うのは合格内定者であると同時に、国全体の魔術学院受験者の上位八人であるから、白熱した試合が期待できるし、その年の試合のレベルでこの年の受験者のレベルをなんとなく見ているところもある。


 本日最初の試合は、ダリアちゃんと、前回の試合でデボラちゃんを負かした筋肉隆々の男の人だ。

 その戦闘スタイルは直接的な攻撃魔法ばかりだけれど、その一つ一つの火力は高く、そのシンプルさゆえに対策が難しそうだ。


 ダリアちゃんも開幕早々彼の猛攻を防御するのに手一杯になっている。

「ああっ、鉛球も全部はじかれちゃった」

「押されているわね、ダリアちゃん……」

「……ねえ、例えばこの状況だった場合、レーナならどう切り抜けるの?」

 魔術師同士の戦いには疎いクリスが試合を見ながら私に尋ねてくる。


「防御魔法の硬度を保ちながらそのまま広げていって相手を押し出すわね」

「……ダリアは無理よ。というか、お姉ちゃんの基準の戦い方を聞いても多分参考にならないわよ、言ってみればそれは魔力消費の大きい力技でねじ伏せるようなものなんだから」

 私が答えれば、離れた席に座っていたリアが口を挟んでくる。


「だから、これはあくまで私だったら、の話よ」

「なるほど、確かにレーナらしいですね」

「そこで引かずに笑ってくれる所がクリス君のいいところよねえ」

 私の言葉に、クリスがクスクスと笑えば、更に母が口を挟んでくる。


 ここ最近、連日試合観戦のためにこの個室になっている特別観戦席に通って顔を合わせているせいか、すっかりクリスはリアやその娘達、私の母とも打ち解けたようだ。


 ちなみにニコラスは壁際の席で反対の壁側でデボラちゃんと仲良く試合観戦をしているアンナリーザを気にしながら、落ち込んでいる。

 昨日から朝と夜の挨拶以外アンナリーザと話せていないらしい。


 そんな事をしているうちに、相手の渾身の攻撃と思われる一撃を防いだダリアちゃんの防御魔法が一撃を退けると同時に砕け散った。

 それに合わせてダリアちゃんがフラつく。


 いかにも魔力切れという様子のダリアちゃんに相手がトドメを刺そうとした瞬間、ダリアちゃんは大きく飛び上がって攻撃をかわす。

 素で跳んだにしては高度が出すぎているので、一時的に飛行魔法を使ったか、風魔法か何かの補助を使っているのだろう。


 そしてダリアちゃんが空中で攻撃を打つ体制をとれば、瞬時に相手もダリアちゃんの攻撃に備えて目の前に防御魔法を展開しようとする。

 しかし、それよりも一瞬早く、背後から一拳よりも少し大きいくらいの大きさに固まった鉛球が彼の頭を直撃した。


 ダリアちゃんは飛び上がって彼の注意を引きつけている間に当たりに散らばった彼の死角にある鉛球を集めて彼の後頭部へとぶつけたのだ。

 昏倒した彼はしばらく目を覚まさなかったので、試合はダリアちゃんの勝利となった。


 試合が終って救護班の回復魔法で倒れていた彼が目を覚まして身体を起こすのを眺めていると、後ろから子供特有の甲高い声が聞えてきた。


「おいアン! なんで俺に勝った次の試合であっさり負けてるんだよ! それじゃあアンに負けた俺が弱いみたいだろ!」

 振り向けばそこには母親譲りのミルクティー色の髪をぼさぼさにして、少し息を切らしたエリック君がいた。


「エリー!?」

 驚いたようにアンナリーザが声をあげる。

「勝負だアン! 今度こそ俺が勝つ!」

 エリック君はアンナリーザの座っている席の前までやってくると、力強く啖呵を切る。


「それと、人間に化けてるとかいうこの前のドラゴンはどいつだ!」

「……私ですが」

「いいか、今に俺は強くなってお前にだって一人で勝てるくらい強くなるんだからな!」

 きょろきょろと辺りを見回しながら言うエリック君にニコラスが名乗り出れば、今度はニコラスにも啖呵を切る。


「あと、アンの母親のレーナって人は……あんただな!」

「まあ、そうだけど……」

 今度は私の顔を見た瞬間、すぐにわかったようだ。

 まあ、アンナリーザの顔はそのまま私の子供の頃の顔なので、顔を見ればすぐにわかるだろう。


「今に俺はアンにもドラゴンにもあんたにも負けない強い男になってやるんだからな!」

「え、私?」

 そして、なぜか私はエリック君に『いつかお前を超える』宣言をされてしまった。


「アンタは天才らしいけど、俺は超天才なんだからな!」

「はあ……」

 なぜかエリック君から妙に対抗心を燃やされている。


「勝負するなら、この前遊んだ森までどっちが早くつくか飛行魔法で競争しよ! その後は木のぼりして木の実取って、川でどっちがすごい水魔法を使えるか勝負して、それから……」

 そして、いつの間にか側までやって来ていたアンナリーザが、エリック君に話しかける。

 そわそわして何をして遊ぶか指折り数える様子は明らかに嬉しそうだ。


「最初の競争はともかく、今度勝つのは俺なんだから、次の勝負を決めるのは俺だ!」

「でも私がいつも勝つよ?」

「今日は俺が勝つ!」

 きょとんとするアンナリーザに、エリック君が声をあげる。

 まだ二人共子供でアンナリーザの方が少し背が高い事もあり、どちらが年下なのだかわからない。


「……アン、暗くなる前には帰ってくるのよ。それと二人共危ないからスタジアムの中では走らないようにね」

「うん!」

「よし! 外に出たら競争だ!」

 私が注意したからか、二人共ソワソワした様子で早歩きしながら部屋を出て行った。

 ニコラスは私の横で死にそうになっていた。


「なぜ、私の方が強いのにアンはあの子供の方がいいのでしょう……」

「まあ、なんだかんだで同世代の友達ってアンにとって初めてだものね。普通の同世代の子だったら色々と相手の子が心配になっちゃうけど、エリック君ならその辺は大丈夫そうだし、安心したわ」

「私は全く安心できないのですが……」


「アンちゃんね~、初めて自分がお姉さんになれる友達ができて嬉しかったってエリーちゃんの事言ってたよ~弟が出来たみたいで嬉しいけど、妹だったらもっと良かったって言ってたよ~」

 ニコラスが悔しげに唸っていると、さっきまでアンナリーザと一緒にいたデボラちゃんがエリック君に対するアンナリーザの気持ちを教えてくれた。


 一応エリック君の方がアンナリーザより一歳年上なのだけれど……なんというか、ちょっとエリック君が可哀相になった。

 もしかしたら、アンナリーザの中ではエリック君は弟や妹のような加護すべき存在で、ゆえにあの試合ではニコラスがエリック君を一方的にいじめているように見えたのかもしれない。


「……ニコラス、多分なんだけど、今日アンナリーザが帰ってきたら、試合ではやりすぎた。弱い者いじめをするつもりは無かった。って言って謝ったら許してもらえるわよ」

「なる程、確かにアンナリーザは博愛精神に溢れていて弱者の助けになろうとする優しい心の持ち主です。アンナリーザが私に怒っていたのはそこだったのですね……!」


 盲点だったと言わんばかりにニコラスがハッとした顔で私を見る。

 それにしても、ニコラスの中でアンナリーザは美化されすぎじゃないだろうか。




 その日の夕方、帰ってきたアンナリーザにニコラスが私のアドバイス通りに謝った所、

「私もいじわるな態度とっちゃってごめんね。これからはエリーの事いじめないであげてね」

 と言っていたので、私の考えは正しかったようだ。


「ちなみに、エリーが私に真剣勝負を挑んできた場合はどうしましょう?」

「うーん、エリーはわざと負けてあげようとするとすごく怒るから負ける必要は無いけど、出来るだけ大怪我はさせないようにしてね。私まだヒールしか使えないから」

 完全に扱いが加護対象である。


「あ、そうだ、今日はエリーの家にも遊びに行ったの。そしたらエリーのお父さんが、『それでも人は分かり合える』ってお母さんに伝えてって言ってた!」

「ああ、そう……」


 めんどくさい。


 きっとテオバルトは無事私の抱える問題を一つ解決して、これから昔のような信頼を取り戻していこうとか考えているのだろう。

 そもそも、学生時代からそんなに信頼していなかったけれども!

 だけど、妙に周りが盛り上がってたのでそういう事にしておいた方が楽だったのだ。


 嫌な目の付けられ方をしてしまったなと思っていた十日後、アンナリーザに合格通知が届いた。

 ダリアちゃんだけでなく、デボラちゃんにも合格通知が届いたそうだ。

 これでアンナリーザが学校で孤立するようなことはなさそうでホッとしている。


 その後、ローレッタにエリック君も受かったらしいと聞かされると同時に、現在テオバルトは魔術学院で講師をしているらしいという事を知り、私は愕然として頭を抱えた。

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