第41話 エリック父現わる
三回戦でアンナリーザを破ったデボラちゃんは、四回戦で負けてしまった。
いくら相手に幻覚を見せた所で、そんなに広くも無い闘技スペースで全体攻撃を食らってしまってはどうしようもない。
一方ダリアちゃんは順調に勝ち進んでいる。
飛行魔法の加速に使うピンポイントでの風魔法や、浮遊魔法よりも精密で素早い動きが出来る飛行魔法の応用など、以外にダリアちゃんの得意な魔法は戦闘向きだった。
ばら撒いた鉛球が延々相手を追尾して突撃してきたり、突然見えない風の刃が装備を切断したりしてくるのだ。
遮蔽物のない狭い空間でそれをやられるのは辛いものがあるだろう。
ダリアちゃんが試合を終えて観戦席に帰ってくれば、ここぞとばかりに母が迎える。
「お帰りなさい! とってもかっこよかったわよダリアちゃん! さすがだわ!」
「ありがとう、おばあちゃん」
「やったわね、ダリア」
「お母さんもありがとう」
母に抱きしめられてひとしきりワシャワシャと撫で回されるのから開放され、リアとの会話もそこそこに、今度はダリアちゃんの前に既に敗退してしまったアンナリーザが駆け寄っていく。
「ダリアお姉ちゃんすごーい! とっても強いんだね!」
「ふふん、まあね」
アンナリーザが羨望の眼差しを向ければ、ダリアちゃんが得意気に笑う。
「……ダリア、合格内定おめでとう」
「ありがとう。次は今日デボラと戦った相手だから、仇を取れるように頑張る!」
「……うん」
ダリアちゃんが茶化すように言えば、デボラちゃんは困ったように笑った。
五回戦、つまり順々決勝まで進めれば合格が内定していただけに、今日の四回戦で敗退してしまったデボラちゃんは色々と悔しい事だろう。
「今日はもうお姉ちゃん達の試合終わったし帰っていいよね、デボラお姉ちゃん、幻覚魔術教えて! ダリアお姉ちゃんは通訳!」
アンナリーザは隣にいたデボラちゃんに抱きつくと、早速元気に幻覚魔法を教えて欲しいと言い出した。
「通訳?」
「うん、たまにデボラお姉ちゃんの言葉よくわかんないから」
「あー……、それはしょうがない」
妙に納得した様子でダリアちゃんはアンナリーザの言葉に頷くけど、こっちとしては全然よくない。
「じゃあ私、デボラお姉ちゃんとダリアお姉ちゃんと遊びに行って来る!」
「待ちなさい、アン」
「なあに?」
デボラちゃんとダリアちゃんの間に入って二人と手を繋いだアンナリーザが当然のように出て行こうとするので、慌てて私は呼び止める。
アンナリーザ達は立ち止まって不思議そうにこっちを見るけれど、そういえば、なんて言って止めたらいいんだろう。
「…………ニコラスが一緒に行きたそうなんだけど、連れてってあげてくれない?」
結局出て来たのはそんな言葉だった。
昨日、ニコラスとクリスにはアンナリーザが幻術魔法に興味を持ってしまったけれどまだ覚えさせたくないので、興味が薄れるまで他の事で気を引きたいという内容の話をしたので、私の意図はわかるはずだ。
ニコラスの方をチラッと振り返れば、普通について行っていいの? みたいな感じでソワソワしている。
「……やだ!」
「嫌!?」
しかし、帰ってきたのはアンナリーザのはっきりした拒絶だった。
ニコラスの方を見てみれば、ショックの余り放心している。
「う~ん、私は大丈夫だよ? ちょっとドラゴンの背中に乗ってみたいし」
「ほら、遊ぶのも人数が多い方が楽しいんじゃない?」
さすがにまずいと思ったのか、デボラちゃんやダリアちゃんも口々にフォローする。
「……じゃあ、クリスならいいよ!」
が、どうしてもニコラスは連れて行きたくないらしいアンナリーザは、クリスを指名した。
そしてその瞬間、ダリアちゃんとデボラちゃんの目の色が変わった。
「え、僕? でも僕は魔法の事とかわからないし、話についていけるかなあ」
「じゃあ、魔法以外の遊びする?」
「私、前からクリスさんと話してみたかったんだ~」
「うん、色々聞きたい事もあるし楽しみ~」
アンナリーザが他の遊びを提案すれば、ダリアちゃんやデボラちゃんも口々に賛成する。
「え、そう? じゃあ、お言葉に甘えてご一緒させてもらおうかな」
こうしてクリスは三人に連れ去られるような形で観戦席を後にした。
……まあ、アンナリーザの気を逸らせたので良しとしよう。
「……アンナリーザが、一昨日の試合が終わってから、話しかけてもまともに返事してくれないんです」
やっと放心状態から回復したらしいニコラスが私の横で呟く。
「私はただアンナリーザの役に立って喜んでもらいたかっただけなのに、試合には勝利したのに、何がいけないんでしょうか……」
随分と気を落とした様子でニコラスが言う。
「人間の社会はドラゴンの社会と違って、ただ強いだけじゃモテないのよ。まあ、これから学んでいけばいいわ」
「レーナ……」
あんまり目に見えて落ち込んでるのでアンナリーザにするように頭をポンポンと撫でながら励ましてやれば、ニコラスがこっちを向いて驚いたような嬉しそうな顔をした。
同時に背後からの二人の視線に気づく。
そう、ここにいるのは私達だけじゃない。
リアと母もいるのだ。
「……さて、それじゃあ私達もそろそろお
とりあえず、何か言われる前に退散するとしよう。
私はニコラスの手を引いて足早に観戦席の出口へと向かう。
スタジアムの中は人が多く集まるので事故防止のために闘技場や保守点検などの作業目的以外の転移魔法や飛行魔法の使用は禁止されている。
ニコラスと出口に向かって廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「おーい、レーナ待ってくれ!」
こちらに向かって走ってくる足音も聞えて振り返れば、そこには見覚えのある男がいた。
「……テオバルト?」
「ああ、久しぶりだな」
軽く手を上げながら私達の目の前にやって来た男はテオバルト・アッシュベリー。
ローレッタの夫で、アッシュベリー家の婿養子。
魔術学院時代、私の二つ上の学年にいた先輩だ。
「へえ、君が噂のドラゴン君か、随分と仲が良さそうじゃないか」
テオバルトがニヤニヤしながら見てきて、ニコラスと手を繋いだままだったと気づいた私はすぐに手を離す。
「いや~、家に行ってもいないし、もしかしたらと思ってこっちに来て正解だったよ」
おどけたようにテオバルトが言う。
「あら、私に何か用?」
「そりゃあもう! レーナに聞きたい事だらけさ! これから少し時間をいいかい? よかったらそっちのドラゴン君も一緒に」
大げさな手振りにおちゃらけた態度で、ニコニコと笑顔を浮かべながらテオバルトが提案してくる。
……私は、昔から彼が苦手だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます