第40話 アンナリーザは空元気
アンナリーザとエリック君が既に面識があるらしいと知った私は、すぐに人工精霊を飛ばしてその事をローレッタに報告した。
返事はすぐに返きて、昨日から異様に次の試合に向けて張り切っている理由がわかったという事と、それならそれで好都合なので作戦に変更はないという内容だった。
そして迎えたアンナリーザとエリック君の試合当日。
スタジアムはざわめき、私は絶句していた。
エリック君がグリフォンを召喚するのに合わせて、アンナリーザもニコラスをドラゴンの姿で召喚したのだ。
「親の使い魔使うなんて反則だろそんなの!」
「昨日運営の方に問い合わせた所、裏で別の術者が使い魔を操っていない限りは問題ないと聞きました。私は私の意志でアンナリーザの召喚に応じてこの場にいるのですから何も問題は無いですよね」
「いや、色々おかしいだろ!?」
エリック君の意見ももっともだ。
というか、わざわざ魔術学院の試験運営にまで問い合わせていたとは。
「……ねえ、本当にアレ大丈夫なの?」
クリスが心配そうに私に尋ねてくる。
「一応はね。ほら、ニコラスの首の所に模様があるでしょう?」
私はニコラスの首にある首輪のような模様を指差す。
「アレが使役術式で私がニコラスを支配している証なんだけど、効力のある指示を出して従わせてる時はあの紋章が光るのよ。つまり、光ってないって事は私の指示じゃなくてニコラスが自分の意思で行動しているって事になるの」
「僕は魔法の事はよくわからないけど、でも一応使い魔が主人から拘束力のない指示を受けて従ってるかもしれないけど、それはいいの?」
「その場合はどう振舞うかは使い魔の自由って扱いになるのよ。精霊を呼び出して力を借りる魔術師もいるけれど、その場合は両者の間に結ばれているのは使役契約じゃないから、その辺の兼ね合いでしょうね」
基本的に使い魔というのは自分の主人以外の言う事は聞かないというのもあるだろう。
しかし、一番の問題点としては、そもそもドラゴンのような上位の強力な力を持った魔物が使役術式もなしに術者以外に従うなんて誰も想定していなかっただろうという事が大きい。
「怯むな! 行け! ダミアン!」
ニコラスを威嚇していたグリフォンが、エリック君の指示で雄叫びをあげてアンナリーザに向かっていく。
同時に首元の赤い紋章が光る。
「ほら、拘束力のある命令を下すと、その実行中はあんな感じで光るのよ」
「た、確かに、あれだとすぐわかるね……」
私は試合を見ながらクリスに説明する。
グリフォンがアンナリーザに襲い掛かるも、あっさりとニコラスの尻尾に叩き落とされ、立ち上がろうとしたところで、ニコラスのブリザードブレスで氷付けにされてしまった。
「”ウィンディ”!」
直後、エリック君はニコラスの隙を突いて風魔法でアンナリーザを吹き飛ばそうとする。
普通に戦ってもニコラスに勝てないのなら、ニコラスの気がそれた瞬間に術者のアンナリーザを戦闘スペースから押し出してしまおうというのは賢明な判断だ。
しかし、風魔法で吹き飛ばされそうになったアンナリーザは、あっさりとニコラスの尻尾にキャッチされ、ドラゴンの巨大な羽を使った羽ばたきで、反対にエリック君が場外に押し出されてしまった。
……なんというか、子供達が遊んでいた所にいきなり大人が乱入して一人勝ちしてるような大人気なさがある。
場外に吹き飛ばされたエリック君は尻もちをついただけのようだったけれど、その場に座り込んで呆然としていた。
エリック君が壁に叩きつけられなかった所を見ると、一応ニコラスも手加減はしたのだろうけれど、試合の台無し感が酷い。
アンナリーザもニコラスを召喚した当初は得意気だったのに、試合が終った今ではオロオロしている。
試合の後に予定されていた私とアンナリーザとローレッタとエリック君の四人での夕食会は、エリック君が思った以上に落ち込んでしまってそれ所ではないという理由でキャンセルになった。
ローレッタは私にこっそりとお礼を言ってきたけれど、正直子供相手にゲームで大人気なく勝利するよりもいたたまれない。
試合はアンナリーザの勝利に終り、一部からアレは反則じゃないのかという意見も寄せられたようだったけれど、審議の結果問題ないと判断された。
ただ、毎回ドラゴンに出てこられたのでは試合にならず、受験者の適性をみるのも難しいので、出来れば次回からはドラゴンが参戦しないようにして欲しいと学院にわざわざ呼び出されて『お願い』されてしまった。
ニコラスは不服そうだったけれど、学園側の言う事ももっともなので、今後アンナリーザの試合中はニコラスは観戦席で大人しくさせるという事を私は了承する。
翌日の三回戦、アンナリーザの相手はデボラちゃんだった。
デボラちゃんの幻覚魔法によって自分の位置を間違って知覚させられたアンナリーザは、
「アンちゃーん、そんな端っこにいたら落ちちゃうよーこっちこっちー」
というありきたりな誘導にひっかかり、自分から場外に落ちて負けてしまった。
ただでさえ毎回トラブルを起こすアンナリーザに幻覚魔法なんて憶えられたら厄介なので、ある程度分別がつくまで成長してから教えようと思っていたのがあだになってしまったようだ。
「すごいすごーい! デボラお姉ちゃん! 何今の!?」
「幻覚を見せる魔法だよ~、私、察知魔法の次に幻覚魔法が得意なんだ~」
「へ~! 幻覚魔法ってすごいんだね!」
しかも、アンナリーザは幻覚魔法に興味を持ってしまったようで、負けたというのにあまり悔しがる事も無く目をキラキラさせながらデボラちゃんにアレコレ質問をしている。
……ダメだ。完全に勝敗よりも幻覚魔法の方に興味が移ってしまっている。
まあ、エリック君との試合の後、アンナリーザもちょっと落ち込んでいたようなので、気がまぎれるのはいいかもしれない。
それに、考えてみたらダリアちゃんならともかく、デボラちゃんなら魔法を教えても内容が伝わらなそうなので、多分大丈夫だろう。
……いや、前みたいに独学で幻術を習得するかもしれないので、本人の興味が他に逸れるまでは常に誰かしら監視をつけた方がいいかもしれない。
そう考えながら私は、妙にはしゃぎまくるアンナリーザを見る。
デボラちゃんに質問を繰り返す割に話を聞いていないような、注意力散漫なような。
………………。
アンナリーザも、落ち着くまでにはしばらく時間がかかるかもしれない。
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